第6話 花緑青の部屋
クラリッサを探して寮全体を回ってみたけれど、どこにも……彼女の姿が見当たらない。
それどころか――。
「フロライト伯爵家のご令嬢……ですか? そういえば今日は見てないですね」
「……いや、ここ二、三日姿を見ていない気がするよ?」
「だよねぇ」
……困ったことになった。
まさか、クラリッサの姿を誰も見ていないだなんて、思ってもいなかった。
「……ところで君、クラリッサ嬢になにかよう、あ、ちょっと!」
「ごめんなさい。その……ありがとうございました!」
誰も彼女の居場所を知らないのなら、ここにいる必要はない。
そう思い、お礼の言葉を残して足早にこの場を去る。
「な、なんだったんだ? あの子」
「……さぁ?」
通路の先を曲がって、階段を上る時にふと……そんな声が聞こえたような気がした。
(……帽子で顔が隠れているとはいえ、まじまじと見られたら、眼の色で正体がばれてしまうかもしれないもの)
とはいえ、ユフィールのように私の正体に気づいてはいなくても、男装していることは見抜かれてしまうかもしれない。
「……とはいえ、悪いことをしてしまったわね」
相手に対して、とても失礼なことをしてしまった、とは思うけれど、これに関してはもう……割り切るしかない。
「とりあえず、彼女の部屋を訪ねてみようかしら」
そう言葉にしてみるけれど……正式な挨拶もなしに、相手の部屋を訪ねていいものだろうか。
今の私は、リューネベルクの使用人見習いだとはいえ、その役割を演じている以上、家門に泥を塗るわけにはいかない。
「……あ、そうね。こうすれば?」
ポケットの中から、一枚の紙とペンを取り出すと、手すりの上にインクの入った瓶を置いて、壁を下敷き代わりに手紙を書き始める。
「あら……困ったわね。封蝋がないじゃない」
使用人見習いを演じるために必要な道具をリゼから受け取ってはいたけれど、そこまでは持っていなかった。
いや……さすがに、ポケットの中に火種と蝋を持ち歩いていたら、それこそ疑いを掛けられた時点で、どう言い訳をすればいいのかわからなくなってしまう。
けれど、必要な時に無いのは……不便だ。
「……サフィーの真似をして、次からはドレスや服の下に隠しポケットでも付けようかしら」
とはいえ、手元に無い以上はこの状態で渡すしかない。
そう思い丁寧に折りたたむと、ペンとインク瓶をポケットにしまって、手紙を手に階段を上る。
(……こう、一日に何度も階段を下りては上るを繰り返していると、さすがに疲れるわね)
しばらくして、再び五大貴族と私の部屋がある階へと足を踏み入れると、ゆっくりと……静かに呼吸を繰り返して、息を整える。
そして、周囲の様子を窺うと、クラリッサの部屋の前へと足を進め……。
「……フロライト伯爵家のクラリッサ様に、我が主オフィーリア様から、お手紙をお預かりしてきました」
ドアノッカーを叩きながら、扉越しに部屋の向こう側にいるかもしれないクラリッサへと声を掛ける。
(……あら、返事がないわね)
もしかして、彼女は……寮から貴族学校に通っているのではなく、王都の屋敷から来ているのかもしれない。
そう……思った時だった。
「あの、オフィーリア様からの、お手紙……ですか?」
ゆっくりと扉が開いたかと思うと、部屋の中から地味な茶色い髪と瞳のエステラが顔を出して、私のことを見ていた。
(……なんで、エステラがここにいるのよ)
「え、オフィーリア……様?」
「……ば、あなた!」
「え、あ、ちょっと、おまちくださ……」
目を大きく開けて、私の名前を口にしたエステラの口を手で塞ぐと、急いでクラリッサの部屋の中に入る。
そして、静かに扉を閉めると、壁に押し付けられた状態で、苦しそうにもがいている彼女から手をどけ、かぶっていた帽子を脱いだ。
「……あなたね。私が変装しているのを見て、名前を呼ぶだなんて、何を考えているの!?」
「え、へ、変装……ですか? あぁ、はい。とても、お似合いだと思い……ますよ?」
「お似合いって……まぁいいわ」
今はエステラとまともに話している場合じゃない。
だって、ベッドの上で上体を起こしながら、驚いた表情でこちらを見ているクラリッサと、目が合ってしまったのだから……。
「……オ、オフィ、オフィーリ」
「クラリッサ、大丈夫……? 最近、姿を見てないって聞いたわよ?」
「あ、あの、あのその、えっと」
私の顔を見ながら何かを言おうとしているのか、口を忙しく動かしているクラリッサを見て、どう言葉を返せばいいのかわからなくなる。
「あぁ、えぇっと、エステラ? 私……こういう時、どうすればいいのかしら?」
「……そう、ですね。焦らせずに、その……落ち着いて聞いてあげてください」
「そうなの? ……まぁ、わかったわ」
部屋の奥、クラリッサのいるベッドへと近づくと、エステラが座っていたであろう椅子へと腰かける。
「クラリッサ? 急に押しかけてしまってごめんなさい。私……あなたに会いに来たのよ? これ、えぇっと……挨拶の手紙を書いたのだけれど、受け取ってもらえるかしら?」
「て、てが、みって……その、ふふ、オフィーリア様、作法が変、です……よ?」
「えぇ、たしかにそうね? 本来なら手紙を届けるのが先だもの。それで……顔色、すごく悪いようだけれど、大丈夫なのかしら?」
クラリッサの部屋は一面、死の染料が使われた壁紙に覆われて、彼女の着ている服も、花緑青のように美しい緑。
そして、近づいたからこそわかる、血の気が引いた青白い顔。
今にも倒れてしまいそうな彼女を見て、その状況を察してしまうのだった。




