第5話 紫毒の微笑み
ハチミツのように甘ったるい色の眠たげな瞳が、不思議そうな顔で私のことを見ている。
(……ユフィール)
まさか、いや……同じ階にいるのだから、いずれ会うことになるとは思ってはいた。
けど、まさかこのタイミングで遭遇するだなんて……最悪だ。
「ねぇ? あなたぁ……こんなところでなにをしているのぉ?」
「あぁ……僕は、その」
「ぼくわぁ? んー?」
ユフィールが、自身の紫色の髪に触れると、わざとらしく首をかしげ、私へと近づいてくる。
「あらぁ、あなた……オフィーリアさんみたいなぁ、香りがするのねぇ」
「そ、それは、僕はリューネベルク公爵家の、使用人見習いで……」
「……へぇ」
あらかじめリゼと話し合って決めていた、他の貴族に疑われた時のやり取りを思い出しながらそう言葉にする。
「使用人見習いちゃんがぁ、どうして……ここにいるのぉ?」
「お、お嬢様への言伝をお預かりして来たんです。けど、部屋がどこかわからなくて……」
「あら、そうなのねぇ? じゃあ、ちょっと待ってて?」
ユフィールが私の部屋へと近づいていく。
「そ、その……なにを?」
「なにをって、こうするのよぉ」
扉の前に立つと、ドアに取り付けられたノッカーを叩く。
「オフィーリアさぁん? あなたの使用人見習いが来ているわよぉ?」
そう言葉にしながら、二度、三度とノッカーを叩き扉を鳴らす。
けれど、一向に部屋から誰も出てこないのを見て諦めたのか、困ったように手を頬に添えて首をかしげる。
「あなたのご主人様わぁ……今は留守のようねぇ。……ごめんねぇ、お姉ちゃんあなたの力になれなかったみたい」
「あ、あの、いえ……ありがとうございます」
「いいのよぉ? けど、そう……ねぇ。あなたさえよかったらなのだけれど、オフィーリアさんが帰ってくるまで、私の部屋でお茶でもいかがかしらぁ?」
「そ、それは……」
どうして、彼女からお茶に誘われているのかがわからない。
(……あなたからしたら、リューネベルク公爵家の人間は皆、実験の道具のはずでしょう?)
なのに、こんなに優しくされるのは……私の中にあるユフィールの人物像とあまりにもかけ離れ過ぎていて、混乱しそうになる。
「だ、大丈夫、です。その……知らない人のお世話には、なれないので」
「あら、そう? んー……わたしわぁ、スコルピナ子爵家の次期当主候補、ユフィールっていうの」
「ぼ、僕は、ローゼンヴァルトのローザです」
「ローゼンヴァルト……へぇ、あなたぁ、オフィーリアさんの専属さんと同じ出身なのねぇ?」
もし名前を尋ねられる時があったら、リゼの弟を名乗ることになってはいるけれど、まさか……ユフィールが彼女のことを知っているだなんて、思わなかった。
(……いや、でもレクトールから聞いているのなら、あり得るのかもしれないわね)
「もしかして、弟さんかしらぁ? それとも……無理に声を低くしているように見えるしぃ、妹さん?」
「あ、そ……それは、その」
「んー気になるけど、やっぱりどちらでもいいわねぇ。でも、そう……困ったわぁ。さすがに私でも、専属さんのご家族を無断で部屋に招き入れるわけにはいかないわねぇ」
そう言葉にしながら、スコルピナ子爵家の紋章が描かれた扉の前へと歩いて行くと、柔らかな笑みを浮かべて私へと振り向く。
「ローザちゃん……だったわよねぇ? あなたを部屋に入れるわけにはいかなくなっちゃったけどぉ……少しだけ、ここで待っていてちょうだい?」
「……うん」
「ふふ、いい子ねぇ。私ぃ、あなたのように素直な子、好きよぉ?」
扉を開けて、部屋の中に入っていくユフィールの背中を見ながら、以前の人生で……彼女がどのような最期を迎えたのかを思い出してみる。
(スコルピナ子爵家の魔薬の材料に、私の毒を混ぜた……のよね)
彼女の一族は、魔薬の精製をした際、実際に想定通りの効能か調べるために自身で服用し、症状を細かく記録していく。
その習性を利用したまではよかったのだけれど、問題として……当時、ユフィールの亡骸だけが見つからなかった。
(確かにこの目で、ユフィールが死ぬ姿を見たのに……)
目を離した瞬間に、青い粒子を残して消えてしまった。
その後は、レクトールに頼んで、亡骸の捜索をしてもらったが、グランツェル内に今まで彼女が存在していたという、痕跡すら残っていなかった。
「……今になって思えば、私がユフィールに苦手意識を持っているのは、それもあるのかもしれないわね」
サフィーラの時はまだ、彼女の死体が見つからなかったのは……辺境伯が何かしたのだろうと、自身を納得させることができた。
けれど……ユフィールはそうもいかない、名前と性別を残して、存在そのものすら見事に消してみせたのだから……。
「あれが魔薬の効果だとしても、あまりにも……規格外が過ぎるもの」
ただ、当時は意味がわからなかったけれど、今は少しだけ……わかる気がする。
ユフィールはきっと、青薔薇の秘密を知りレクトールの弱味を知った時点で、自分が殺されることを知っていたのだとしたら? あくまで予想の範囲をでないけれど、そう思うと納得がいく。
(ジルを通して青薔薇を手に入れていたのなら、スコルピナ子爵家の次期当主として様々な実験をするはず、そのあいだに……毒への耐性をつけていたら?)
そのおかげで生き延び、国外に逃げることができたのかもしれない。
「ふふ、お待たせぇ。……あら? ローザちゃん、怖い顔をしているけれど、大丈夫かしらぁ?」
「え、あ……はい」
「そう? ならいいけれど……んー? まぁ、そうとりあえずこれ、受け取ってねぇ?」
考え込んでいる間に、部屋から出てきたユフィールがティーカップを手に、私へと近づいてくる。
「……はい。ずぅっとオフィーリアさんをここで待っているのは大変でしょう? だから、足が痛くならないようにお薬を入れたお茶を用意したのよぉ? ちょっと味は変わってると思うけど、どうぞぉ?」
「え、あ……ありがとう、ございます」
ユフィールの手からティーカップを受け取ると、静かに頷いて口元へと運ぶ。
嫌な匂いはしない、けれど……口へと入れた瞬間。
「……ま、まずい」
「ふふ、でしょう? 私もそう思うわぁ」
口の中に広がった青臭い味と共に、鼻を通っていく甘い香り。
そして、最後に残った苦味に思わず咽せそうになる。
「けど、しばらくしたら身体が楽になるはずよぉ? だから、ローザちゃん、頑張ってねぇ」
「あ、ありが、とう……ございま、す」
「ふふ、あ……あぁ、そうだぁ。私からのオフィーリアさんへの言伝もついでに預かってもらえるぅ?」
「……はい」
私からティーカップを受け取りながら微笑むと、顔を耳元へと寄せる。
わずかに触れる息遣いに、くすぐったさを覚えながら、何を言おうとしているのか聞くために耳を澄ますと……。
「私ねぇ? オフィーリアさんとは本心からお友達になりたいって、思っているの。だから……お茶会、とても楽しみにしているわねぇって、ふふ、よろしくねぇ?」
そう言葉にして部屋の扉を開けると、私の返事を待たずに閉められてしまう。
「なんだったのよ……もう」
けれど、そう呟いた瞬間、僅かに開いた扉の隙間からユフィールが顔を出した。
「あ、そうそう、次わぁ……男の子の真似じゃなくて、女の子の時に会いましょうねぇ?」
驚きのあまり、どうすればいいのかわからなくなっている私に向かい、言葉を一つだけ残し、再び扉が閉じる。
「……ほ、ほんとうに、なんなのよ」
理解が追い付かず、思わず言葉に出てしまったけれど、たぶん……ユフィールには聞こえてないだろう。
そう思いながら、薬の効果が出てきたのか、わずかに軽くなった気がする体に驚きながらも、クラリッサを探すために寮内を歩いてみることにした。




