第4話 青薔薇の装い
リゼから聞いた庶民流の友達の作り方に、思わずそんなことができるわけがないと言いたくなった。
けれど……否定するよりも、まずはやってみたほうがいい。
そう思い、練習を重ねているうちに月籠りから十日の月日が経った。
「お嬢様? ジルくんのこと……本当にあれで良かったんですか?」
「えぇ、本当は私の近くに置いておきたかったけれど、そんなことをしたら……レクトールが何をするかわからないもの」
あれ以降、ジルにレクトールを近づけさせないために、リューネベルクへと戻そうと思ったけれど、お父様に連絡した時に彼がどうなってしまうのか。
どのような結果を想像しても、間違いなく厳しい処罰を受けることになる。
「だからって、王都の屋敷に駐在しているリューネベルク公爵家の騎士を護衛につけるだなんて、やり過ぎじゃ……」
「たしかに本来ならやり過ぎだと思うわ。けれど、護衛というよりは監視ね。レクトールの駒になってしまった以上、何が起きるかわからないもの」
とはいえ、護衛といっても……彼らもレクトールの駒になっている可能性はある。
そう思うと安全だとは思えないけれど、誰が味方で敵なのかを考え始めたら、それこそすべてを疑わなければいけない。
「……そう、ですね。けどお嬢様? 十日ぶりの貴族学校ですけど、大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ? まぁ……講義も貴族として、できて当たり前の教育を受けるくらいだから、直ぐに取り戻せるもの」
「なら、いいのですけれど……その、庶民仕込みの友達作りのほうは?」
「ま、まぁ、そこは……えぇ、頑張ってみるわ」
「……本当ですかぁ?」
今の私たちは、十日ぶりに戻った貴族学校の寮で、王都の屋敷から持ち込んだ家具に囲まれている。
「えぇ、本当よ? だって私のリゼ仕込みなのよ? 完璧にこなしてみせるわよ」
「ふふ、お嬢様。クラリッサ様とお友達になれるように私、応援してますね?」
「えぇ、期待していてちょうだい?」
まだ荷解きが済んでいない荷物の中から、私の衣服を取り出してはクローゼットにしまっていくリゼの背中を、口元に運んだ紅茶の湯気越しに眺める。
「それにしてもお嬢様? 寮の部屋に青薔薇の花弁を持ち込んで……本当によかったのですか?」
「えぇ、大丈夫よ?」
「ですけど……あの、リューネベルク公爵家の秘密をこんなところに置くだなんて、何かあったら……私」
「その何かなんて、絶対に起こらないから安心してちょうだい」
「……はい」
吐き気がするほどに、甘い香りがする青薔薇の紅茶を口に含む。
「ほら、紅茶に乾燥した花弁を混ぜるくらいなら、よくあることでしょう?」
「お嬢様の言いたいことはわかりますよ? けど……お嬢様は慣れてるとは思いますけれど、青薔薇の紅茶の匂いって結構、甘ったるい感じじゃないですか」
「……そうね?」
「だから、香水や香で誤魔化そうにも、寮内で淹れるのはさすがに、無理がある気がして……だから」
リゼはそう言うと、荷物の中から小瓶を取り出して、私の前に置く。
そして、封を開けると——。
「……あら、いい香りね」
「お嬢様もそう思います? リューネベルク公爵領から王都に移動する際に執事長様から、もしもの時にって渡された物なんです」
「もしもって……まったく、あの方は何というべきか。本当に……用意周到ね」
「すごいですよねぇ。それでですね……この小瓶の中身を青薔薇の紅茶の中に数滴垂らすと?」
リゼがテーブルに置かれているティーポットの蓋をあけて、小瓶をかたむけると、一滴、二滴と数えながら入れていく。
すると、徐々に室内に充満していた甘い紅茶の匂いが薄れ、まるで……青薔薇で作られた香水に似た、落ち着いた香りへと変わる。
「……ねぇ、リゼ?」
「え? あぁ、どうしました?」
「こんなに便利な物があるのなら、紅茶を淹れる前に見せてほしかったわ」
「それに関しては、執事長様が言ってたんですよ。こういうものは必要になった時にしか見せてはいけないって」
「執事長は変なところで茶目っ気を出すと、お父様がよく愚痴をこぼしていたわね」
「まぁ、セレナイド様がまだお若い頃に、ソルライト辺境伯領に来た異国の人で、当時気に入ったからと、そのまま連れて帰ってきたという話があるくらいですし?」
……そんな話もあったような気がする。
とはいえ、リューネベルク公爵家の執事長としては申し分のない働きをしてくれている以上、私からは特にいうことはない。
ただ一つ、こんな悪ふざけをされたことだけを除いて……。
「リゼ、あなたは執事長のような人にはならないでよね?」
「……はい。あ、えぇっと、それよりもお嬢様? 私、結構荷物の整理に時間が掛かりそうなんですけど、そのぉ……」
「あら、そんなに大量の荷物を持ってきたかしら」
「あれですよ。ほら、お友達大作戦に必要な……」
「あぁ……あれね?」
庶民の間では、たとえ相手が異性だったとしても当たり前のように友人になれる。
名付けて……。
「お嬢様の男装計画、楽しみですねぇ。それに、今もそうですけれど、大変お似合いですよ?」
「……褒められても、どう反応すればいいのか。ぜんっぜん、わからないわよ?」
寮に備え付けられた鏡越しに映る自分の姿を見て、思わず小さなため息が出る。
長い髪を結って一か所にまとめて帽子の中に隠すのは別にいい。
けれど……まさか、私が男装をすることになるだなんて、夢にも思わなかった。
「そうですか? お嬢様は容姿が整ってますから、すっごいお似合いですよ? それに、このためにわざわざ貴族街に出て、衣装を集めたんですから……その、がんばってください!」
「言われなくても……頑張るわよ」
「……信じてますからね? それに、今のお嬢様のそばに私はいられないんですから、気を付けてくださいよ?」
私の隣にリゼがいたら男装している意味がない。
そう思い、静かに頷きながら椅子から立ち上がると、扉の前へと足を進める。
「リゼ、そろそろわた、いや……うん。僕、行ってくるよ、もう講義も終わって、寮に人が戻ってくるはずだからね」
「お嬢様、声ももう少し低めにしないと、鈴のように綺麗な声のままですよ?」
「……そ、そうだね」
練習したとはいえ、声を低くするのは難しい。
「まぁ、でも……お嬢様の年齢なら、声変わりしてる子も少ないと思うし、たぶん大丈夫かも?」
「……なら、いいわね」
ドアノブに触れて部屋の外に出ると、通路の窓から外の様子を窺う。
(クラリッサ……の姿はないわね)
そう思い、歩き去ろうとした時だった。
誰かが階段を上ってくる気配がする。
ここまで来るということは、五大貴族かそれとも……最上階の王族だろうか。
「——あら、きみぃ。見ない顔ねぇ?」
間延びした声を聞いて振り返ると、そこには……レクトールと同じくらいに会いたくなかった人が、微笑みを浮かべて私を見つめていた。




