第3話 青薔薇のためらい
「んーそれなら、エステラ王女にお願いしてみたらどうですか?」
「……え?」
鈴の音を聞いて部屋に入ってきたリゼに、このままではクラリッサの命が危ないこと、そして……どうすれば疑われずに接触できるのかを相談してみたら、悩むことなく、すぐに答えが返ってきた。
「だってそうじゃないですか。私にはその死の染料についてはわからないですけど、隣国が関わっているなら、現地の人を頼ったほうがいいと思いませんか?」
「そ、それはそうだと思うけれど……相手は、隣国の第三王女、れっきとしたお姫様よ? いくら私がリューネベルク公爵家の令嬢とはいえ、気軽に話しかけていい相手ではないわ」
「……けど、スコルピナ子爵家とのお茶会には一緒に行くんですよね?」
「それとこれとは別よ」
リゼの言うように、エステラに頼るのはいい考えだと思う。
とはいえ……そうなると、必然的にレクトールに接触するリスクが高くなる以上、不用意な行動はしたくない。
「まぁ、けど……そうしたら、レクトール殿下と会ってしまう可能性がありますよねぇ。そう思うと……めんどくさいですねぇ」
「あら、ずいぶんと直接的な言い方をするのね」
「だって、そうじゃないですか。ジルくんへの接触の仕方もそうですけど、いやらしいの一言以外に、言い表しようがないじゃないですか」
口をとがらせながらそう言葉にするリゼを見ながら、窓へと近づいていく。
そして、カーテン越しに前庭を覗き込むと、小さく息を吐く。
(考えれば考える程、クラリッサに接触するのが難しく感じるわね)
女性にしては、少しだけ低く感じる落ち着いた声。
それだけでも特徴的なのに、あの……人と話す時に言葉を上手く出せないかのような話し方。
「……ねぇ、リゼ。クラリッサはたぶん、頭が凄く良い人よ? エステラに頼ったとしても、こちらの考えを読まれてしまうのではないかしら?」
「えぇ? 頭がいいって言っても、ルシアン様ほどではないですよね。なら……大丈夫じゃないですか?」
「だと……思いたいわね」
たぶん、クラリッサは頭の回転が速すぎるせいで、人と話すことが苦手なのだと思う。
現に、歴代のフロライト伯爵家の当主は皆、特定の分野を除いて、人との対話を苦手としていることで有名なことから、間違いなく……これは、魔法の代償なのだろう。
「んー、私……あらためて考えてみて思うんですけど、エステラ王女に頼ると、レクトール殿下に会うかもしれない。アルフォンス殿下に頼ると……めんどうなことになりそうですし、なら、お嬢様がもう、直接クラリッサ様の元へ行けばいいんじゃないですか?」
「……え? は? リゼ、あなた何を言っているの? 私はそれができないから、あなたに相談しているのに……」
「相談も何も、簡単なことじゃないですか。クラリッサ様に直接こう言えばいいんですよ。『私と友達になろう』って」
「……む、無理よ」
「何が無理なんですか? サフィーラさんや、ルシアン様とはお友達になれたじゃないですか。あの時は二人から近づいて来てくれましたけど、今度は……お嬢様が勇気を出す番ですよ?」
カーテンに触れている手に力が入る。
自分から、相手との距離を近づけたことが今までなかったせいで、友達になればいいと言われても、どうすればいいのかわからない。
いや……違う、エステラの時は言えたけれど、あれは……そう、身分が私よりも上で、他国の人間だったからできた。
けれど……クラリッサは違う、自分から近づいてしまえばそれこそ、私の友人になれと圧をかけてしまうようなものだ。
「……難しいなら、リゼお姉ちゃんが手を繋いで一緒に行きますよ?」
「だ、大丈夫よ。私は……ほら、大丈夫、だもの」
「オフィーリアちゃん? 本当に大丈夫な人は、何度もそうやって言わないんですよ?」
「……わかってるわよ。ほんっと、私の専属は生意気ね」
「あれ? 嫌でした?」
嫌なわけがない。
ただ、私がリゼに甘えてしまっているだけ。
「……ねぇ。私からクラリッサにお友達になりましょうって、言うとして、どうしたら……いいと思う?」
「ふふ、そうですねぇ。オフィーリアちゃんは、素直になれないところがあるから……もう、性格を着飾ったりせずに直接ドーン! と行っちゃいましょう?」
「あなた、すっごい難しいことを言ってるってわかってる? 私は公爵家の令嬢で、クラリッサは伯爵家の令嬢なの、家格が……違うのよ?」
「オフィーリアちゃ……いえ、お嬢様は、身分でお友達を選んだり、話す相手を決めるのですか? それだと、私との関係ってなんだったのかって、感じになっちゃいますよ?」
「それは——」
違うと言おうとしたけれど、振り向いた瞬間に視えたリゼの顔が、とても真剣で言葉に詰まってしまう。
私は……間違えてしまったのかもしれない。
(だって……そうでもないと、リゼがここまで言うわけがないもの)
「……ごめんなさい、私が間違えてたわ。だから、リゼ? 私にどうすればいいのか教えてくれる?」
「ふふ、はい! それでこそ私のお嬢様です。なら庶民仕込みのお友達の作り方を伝授してさし上げますから、椅子に座って作戦会議と行きましょうか!」
「……そうね。じゃあ、お願いね? 私のリゼ」
「はい、任されちゃいました!」
私の言葉に応えるように返事をした後、急いで紅茶とお菓子の準備を始めるリゼを見て、微笑ましい気持ちになりながら椅子へと近づく。
そして、腰かけて頬杖をつくと、彼女がいてくれることに小さな幸せを感じて、頬が緩んだ気がした。




