第2話 まだ見ぬ明日への思考
いったい、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
二人が部屋を出てから一人、ベッドの上で枕を相手に行き場のない感情を吐き出し続けたおかげで、だいぶ……気持ちが落ち着いてきた、とは思う。
「……困ったことになったわね」
以前の人生で、クラリッサが死んだ理由を理解してしまった。
それに……国内外で死者が増えだした後に、レクトールが行った行動の意味も、何もかも全て。
「たしか……レクトールが、死の染料に対する画期的な治療法を見つけたのよね」
レクトールが見つけた治療法には、リューネベルクの青薔薇が使われている。
けれど……彼が毒を薬に変えられるわけがない、となると……自然と答えが見えてきてしまう。
「あなたは、あの時もスコルピナと繋がっていたのね」
なら、スコルピナ子爵家が滅ぼされた理由も何となく予想ができる。
(ユフィールは、レクトールの弱みを知っている)
彼からしたら、自身の行いの裏を知っている相手を生かす理由がない。
とはいえ、今世ではどうだろう、私がジルと接触したおかげで、彼らが青薔薇を手に入れることは、できなくなった……はず。
「いや、待って? それならなぜ、レクトールは王都の屋敷に来て……屋敷に地下があるか、ジルに聞いたの?」
この場合、女隊長が誘拐したリューネベルクの血縁から情報が漏れたと、今は見た方がいい。
それに……薬になると彼が言っていたのなら、青薔薇に実際に触れたと考えるべきか。
「……改めてやってくれたわね」
女隊長オリヴィア・リディルが、レクトールと協力関係になっているせいで、事態がややこしいことになった。
それも……私の頭では処理しきれないほどに、状況がめまぐるしい。
「……私の知識はどうせ、以前の人生から来る経験則だもの。それ以上のことにかんしては、どうやっても後手になってしまうわ」
だからこそ、ルシアンのような二重間者がいてくれるのは、彼に負担をかけてしまうけれど、素直に嬉しいと思う。
だって、私の中では滅ぼすのに最も苦労した相手であると同時に、心のどこかで親しみを感じていた相手でもあったのだから。
「私にできることを考えてはみたけど、リューネベルクの血縁の誰がオリヴィアに誘拐されたのか……それがわからなければ、お父様に調べてもらうにしても、どこから手をつければいいのか……」
誰が攫われたのかを含めて、時間を掛ければお父様に調べてもらうことはできるかもしれない。
けれど、骸公爵と呼ばれ、国内外問わず恐れられているあの人の前に、今もだんまりを決め込んでいる一族の者が、果たして自ら出てくるのだろうか。
「……ダメね。そのために時間をかけ過ぎてしまったら、情報がどこから漏れたのかわかった時点で、クラリッサが死んでしまうわ」
彼女には、死の染料が使われたドレスを着ないように、注意を促しているとはいえ、今になって思うと……初対面の相手に言う言葉ではなかったと思う。
(クラリッサからしたら、いきなりそのドレスを着るのを止めて、他の色にしたほうがいいって言われても、意味がわからないわよね)
相手に疑問だけを与えて、答えを渡さずに去るだなんて、あまりにも……失礼なことをしてしまった。
「仮にクラリッサが、私の忠告に耳を傾けて着ないようにしてくれても、フロライト伯爵家が許すわけが……ないわね」
個人の考えと、フロライト伯爵家としての考えは別だ。
グロリアンサ侯爵家ほどではないとはいえ、国の財政を担う以上、ある程度の外交は必要になる。
彼らからしたら、他国との交流も兼ねて隣国から手に入れたドレスを着ないという選択をすることは不可能に近い。
「エステラが貴族学校に来てしまった以上、クラリッサの意思ではもう、どうすることもできない……のよね」
そう思うと、次にこちら側に引き入れるために接触するのは、ナイトロード侯爵家のラインハルザではなく、フロライト伯爵家のクラリッサを優先した方がいい。
(……彼女が亡くなってからじゃ遅いもの)
とはいえ、どうやって彼女に接触すればいいのか。
この前は……相手から近づいて来るとは思っていたけれど、今はそれも現実的ではない。
「一応、私が貴族学校の寮で彼女を呼びつければ、クラリッサも断れずに部屋まで来るでしょうけれど……それで信用が得られるのかと言われたら、無理ね」
アルフォンス側に来てもらうにしても、信用してもらわなければ意味がない。
特に……フロライト伯爵家は皆、人と話すことを苦手とする一族である以上、お互いに信頼しあえる関係にならなければ、会話すらまともにしてくれないはず。
「……フロライト伯爵家、改めて考えてみるとすごい、厄介ね。まさか簡単に滅ぼせた家門が、最も接触が困難な存在になるとは思わなかったわね」
なら、この場合……クラリッサと関わるのに最も必要な人は誰か。
アルフォンスは違う、彼と今会わせてしまったら、それこそ……余計な警戒を生んでしまう。
ルシアンは、二重間者という役割がある以上、動いてもらうのは無理だ。
ならサフィーラはどうだろうか、そう思いはしたけれど、性格の相性が良くないと、私の勘がそう言っている。
「……どうすればいいのよ」
ここまで一人で考えても答えが出せないのなら、私ではどうにもできないということなのだと思う。
なら、こういう時に頼れて、甘えていい相手と言えば一人だけ。
「もう、呼んでもいいわよね?」
ベッドから降りて、テーブルへと向かうと、私の専属を呼ぶための鈴を手に取る。
そして、静かな室内に……透き通った音色が響き渡った。




