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昏き深淵のオフィーリア~婚約破棄の末に処刑された公爵令嬢は、二度目の人生をやり直す~  作者: 物部 妖狐
第三章 死の染料と月影の姫

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第1話 狂い火の暗躍

 月籠りを終えて暫く、青薔薇の耐性が戻ってきたところで、リゼに頼んで庭師見習いの子を私の部屋に招いた。


「……へぇ、あなたが庭師見習いの――」

「リュ、リューネヴェルキュのごれいじょ……」


 けれど、この状況を見ると、彼を呼んだのは間違いだったのではないかと思ってしまう。

 緊張しすぎて呂律が回っていないどころか、視線もどこか遠くを見ている。


(なんだか……申し訳なくなってきたわね)


「そ、そんなに緊張しないでいいのよ? あなたを呼んだのはそう……ただ、お話がしたかっただけなの」

「お、お話、やっぱり……俺、なんかやっちゃいましたか!? 前庭の手入れがよ、よくなかった? じ、じいちゃん、俺、今日が命日かもしれねぇです」

「あぁ……」


 ここまできたら失礼を越えて、もはや微笑ましい。

 けれど、この反応は……貴族に対しては危険だ、皆が私のように感じるわけではない。

 相手次第では、その場で切り捨てられたとしても文句は言えないだろう。


「ねぇ、リゼ? この子……本当に大丈夫なのかしら」

「え、えぇっと、大丈夫だと思いますよ?」


 リゼはそう言うけれど、やはり心配になってしまう。

 こんなに平凡な子供が……レクトールの駒にされてしまうのかもしれない。

 そんな残酷な可能性を考えれば考える程、心が苦しくなる。


「このままじゃ埒が明かないわね。リゼ、この子の名前はなぁに?」

「はい、お嬢様。彼のお名前はジルくんです」

「ジルクン、なるほど……ジルクンさんって呼んであげた方がいいかしら?」

「お嬢様……ジル、くんです」

「あら、えぇっと、そう、ジルね?」


 ダメだ。

 月籠りが明けてから、急いで毒の耐性を戻したせいで……思考が安定していない。

 普段なら聞き間違えることのないところでさえ、こうして間違えてしまう。


「……ねぇ、ジル?」

「あ、は、はい!」

「そんな怖がらなくていいのよ? 私があなたを呼んだのはそう、少しだけ……話をしたかっただけなの」

「お、おはなし……です、か?」


 私の声に肩を震わせ、まるで捨てられた子犬のような眼で私のことを見る。

 これではまるで、本当に私がいけないことをしているようで、なんだかいたたまれない。


「えぇ、あなたが手入れをしてくれた前庭はとても綺麗だったわ。さすがは、我がリューネベルクに長年仕えてくれている一族の子ね」

「そ、そんな、オフィーリア様にお褒め頂けるなんて、こ、光栄です!」

「……そう? ふふ、光栄に思ってもらえるのなら、もうちょっと楽にしてくれていいのよ?」

「で、ですが。お貴族様に失礼なことをするわけには……」


 いや、もう……十分に失礼なことをされている。

 反射的に口から出そうになった言葉を飲み込んで微笑みを浮かべると、リゼの手を借りて椅子から立ち上がる。


「あなたの近くに行くけれど、怖がらないでちょうだいね?」


 そう言葉にしながら、返事を待たずにジルへと近づくと、屈んで彼と視線を合わせる。


「ねぇ、あなた……レクトールとお話をしたこと、ある?」

「レ、レクトール殿下、です……か? あ、はい。以前オフィーリア様を訪ねて来て、いなかった時に、なんどか?」

「そう、やっぱり……話をしていたのね」


 いくら予想をしていたとはいえ、事実になって欲しくはなかった。

 やはり……あの時のレクトールは、リューネベルク公爵家の秘密を知っていた。

 いや、以前の人生でも女隊長と接触していると予測していた時点で、当然のことだっていうのはわかっている。


(けれど、実際にこの目で見てしまうと、思うところがあるわね……)


「それで? ジルは……レクトールと何を話したのかしら?」

「は、はい。前庭の手入れを褒めていただけたのと……その、王都の屋敷には地下があるのかと聞かれました」

「……そう、まさかとは思うけれど、教えてはいないわよね?」

「も、もちろん! リューネベルク公爵家の秘密を口外してないです! し、信じてください!」

「えぇ、もちろん。私はリューネベルク公爵家に仕えてくれている一族を誇りに思っているもの、だから……そう、大丈夫よ?」


 口外していないとはいえ、レクトールとジルが今よりも長く交流を続けていたら、どうなっていたのだろうか。


「ねぇ、他には何か言っていなかった?」

「そ、その、私の婚約者に仕えている一族なら、僕もレクトール殿下にとって大事な存在だって、言って……くれました」

「レクトール殿下らしいですねぇ。お嬢様もそう思いませんか?」

「……そうね」


 いや、違う。


「オ、オフィーリア様、俺……レクトール殿下はとても立派な方だと思います! だから、ご、ご婚約なされていると知った時、すごい、うれしかったです!」


 ジルはもう、レクトールが配置した盤面の駒だ。

 この子を私のそばにおいていたら、いずれ……取り返しのつかないことになってしまう。

 それこそ、本当に首を落とす覚悟を決めなければいけないほどに……。


「ねぇ、ジル? 喜んでくれる気持ちは嬉しいわ。けれど……ごめんなさい、私はレクトールとは婚約していないの」

「……え? そ、それはどういうこと、ですか?」

「言葉のままの意味よ? 私は彼を慕ってもいなければ、恋すらしていないわ」

「は? ……え?」


 けど、それでも構わない。

 たとえ危険だとしても、私はリューネベルク公爵家に仕える一族を決して傷つけようとは思わない、いや……思いたくない。


「なら、あれはなんだった……んですか?」

「……あれって、何かしら?」

「レクトール殿下が言ってました。リューネベルクの青い薔薇を秘匿された毒ではなく、国を救う薬にするって、だから……オフィーリア様が、教えたのかと思って、その」

「……どうしたの?」

「いずれ、世界を襲う死の染料に毒された患者を癒すために使うって、だから、お、俺、自分の一族が代々、青薔薇の管理をしてきたことを話しちゃった……」


 死の染料に、青薔薇が薬になる? そんなこと……私は知らない。

 いや……以前の人生で、フロライト伯爵家のクラリッサが病死したのは、まさか。


「レクトール! レクトール! レクトール! あなた……どこまでも私を! やってくれたわね!?」

「お、お嬢様?」

「オ、オフィーリア様!?」


 深淵のそこから膨れ上がった思いが、激情となって湧き上がっていく。


「……だ、大丈夫よ、けど、そうね。少しだけ一人にしてちょうだい」

「ですがお嬢様、その……はい、わかりました。ジルくん、私と一緒にしばらく外でお話しませんか? 前庭のことについて、リゼお姉ちゃんとお話しよ?」

「……え? あ、わ、わかり……ました」


 ジルを連れて部屋を出るリゼを見送ると、一人になった部屋でベッドの上で横になる。

 そして、怒りに任せて枕を顔に押し付けると、言葉にできない感情を吐き出した。

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