第8話 青薔薇への憧憬
エステラが薬を飲み干してしまったことには思うところがあるけれど、彼女が無実であることを証明するには、これ以上のものはない。
「……それで? この染料のことなのだけれど、あなたの国で作られたものなのよね?」
「……はい。私の父……エスペライザの王が主導する計画によるものです」
「計画……ね」
エスペライザの王の計画。
そう聞くと、この染料が世界に出回っている意味の大きさが脳裏に浮かぶ。
「これだけ美しい色だもの、よほど……世界に自慢したかったのかしら」
「いえ、その……初めは、そういう気持ちもあったとは思います。けど、国内で毒性が見つけられてからは……」
「……欲に駆られたということね」
静かに頷くエステラを見ながら、以前の人生を思い出す。
グランツェルの外でも多くの死者を出して、いったい隣国は何がしたかったのだろうか。
辛うじて、症状の進行を抑える薬があるのだとしても、犠牲者が出てしまってからでは……意味がない。
仮に被害者に施しの手を差し伸べるのだとしても、そこに救いがないのなら……ただの陶酔だ。
「それでフロライト家まで犠牲にして、隣国の王様は何をしたいのかしら?」
「エスペライザは魔法を失った代わりに、医学や薬学……それに工業が大きく発展してきました、いえ……発展せざるを得ませんでした」
「あら、いきなりあなたの国の説明なの? それって、話が長くなりそう?」
「あ、そう……ですね。私の国では、魔法が使えないけれど、周辺国は魔法の恩寵に与っている。それが、父は許せなかったんです」
「だから、染料の毒性を使って、滅ぼそうとでもいうのかしら? もしそうだとしたら、国の王にしておくにはだいぶ、いえ……恥ずかしいくらいに稚拙な人なのね」
ただ自分の思い通りに動かすために、周囲を犠牲にするのなら……それはもう、レクトール以下の愚王だ。
彼はまだ、国を支配するだけの頭と才能がある……けれど、隣国の王は自分の欲のためにしか動かないとなれば、先は暗いだろう。
「それは違います! 父は……この薬を毒に冒された人たちに服用させ、進行を遅らせている間に、治療薬を作り出し無償で周辺諸国へと行きわたらせる……つもりなんです」
「それはまぁ、随分と慈善的ね。いたずらに犠牲者を出したわりには、やることが汚いじゃない?」
自分で言葉にしながらも、過去の行いを思い出す。
ソルライト辺境伯領を滅ぼした際、私も同じようなことをしたけれど……今になって思えば、あれはエスペライザの王と同じ、ただの自己陶酔だったのかもしれない。
たとえそれで、数えきれない命が救えたのだとしても、住む場所を奪われ、故郷を失った者たちは何を思うのだろうか。
(……今更、あの頃を思い浮かべて後悔するだなんて、本当に遅すぎるわね)
「……私もそう思います。だから……いえ、だからこそ私はグランツェルに来たのです。その、レクトール殿下が去年、隣国に来たときは驚きましたけれど、あの人には国を背負う覚悟と、才能があるとわかった……ので」
「覚悟と才能……ね。あなた、悪いけれど男を見る目がないわよ? それにレクトールがこの国を出たって、そんな話……聞いたことがないわ」
「それは、あの方曰く、グランツェルの王城には長距離の移動を得意とする貴族がいらっしゃるとかで、その方はもうご存命ではないらしいのですが。私をエスペライザから連れ出すために、お力を貸してくださったそうなんです」
「それは……また、聞いてるだけで涙が出そうな美談ね」
王家に仕える貴族に関しては、私もそこまで詳しくはわかっていない。
けれど仮に、そのような魔法を持っている家門がいるのだとしたら、距離が遠くなればなるほど命を削るような、重い代償があってもおかしくはない。
(気づいてないかもしれないけれど……レクトールは、人の命を使いつぶしてあなたに会いに来たのよ?)
王家に仕える者からしたら、王族のために命を消費することは誉れある行動だとは思う。
けれど、相手がレクトール……それも、人を駒としか見ていない彼のために使われたのは、真実を知らないとはいえ残酷だ。
「あの、オフィーリア様はもしかして、レクトール殿下のことが、お嫌いなのですか?」
「そうね。好きか嫌いかと言われたら、好きではないわね」
「……それは何でですか? 将来、他国の王家に嫁ぐための道具として生まれましたけど、あの人は、とっても立派な方だと思います」
「あなたから見たら、そうなのでしょうね。そこまでレクトールのことを慕っているのなら、あなたが私の代わりに婚約すればいいじゃない」
瞬間、エステラの頬が朱色に染まり、耳まで赤くなっていく。
そして……両手で顔を隠すと、指の隙間から私を見る。
「あ、あの方は、私には勿体ないです。魔法も使えない、それどころか……エスペライザよりも先に、スコルピナ様と共に治療薬を作ろうとしている、あのような立派な方とはその、釣り合いません」
「……とりあえず、あなたの中でレクトールの評価が高いのはわかったわ」
「そ、それだけではないんです。実は私……本来でしたら今ではなく二年後にグランツェルに留学し、アルフォンス殿下か、その弟君と懇意になるために送り出される予定だったのですよ?」
そうは言うけれど、あの頃のエステラが……アルフォンスたちと親密な関係になっていた姿を私は見たことがない。
「……今更だけれど、自国の事情をそんなに話してしまっていいのかしら?」
「か、構いません! だって、オフィーリア様は私の憧れで、それに……私、あなたになりた、ちが、その、あなたのようになりたいんです!」
「ちょっと落ち着きなさ――」
私の言葉を聞く前に、顔を隠したエステラが小走りに部屋を出て行ってしまう。
(友人になりたいとは以前、エステラには言ったけれど、随分と個性的な人……だったのね)
エステラが出て行った後の僅かに開けられたままの扉から視線を移し、どうしたものかとクラリッサの方を見る。
すると、気まずそうにしながらもわずかに頬を赤らめ――。
「あ、あの、その……わた、し、恋愛はわからな、いんですけ、ど、同性同士も、あるって、本で読みました、よ?」
「……バカをおっしゃらないでくださらないかしら? 私とエステラはそんなんじゃないわよ」
「で、でも、けど!」
「でも、も……けど、でもないの。あなたは病人なんだから、ここじゃなくて私の部屋に連れて行くから、そこでちゃんと休みなさい」
「え? そ、そんな、オ、オフィ、オフィーリア様!?」
ここにいると余計にめんどうなことになる。
そう思いながら、クラリッサの背を支えてベッドから起き上がらせると、彼女に肩を貸して部屋を出るのだった。




