第27話 馬車の停留所にて
リゼがお菓子を持ってきてくれてから……しばらくして。
「さすがにこれ以上、長居するわけにもいかないね。オフィーリアにも予定があるだろうから、僕たちはこれで帰るよ」
「まぁ……それもそうっすね。フィー? 昨日は色々とあって疲れたと思うから、無理しないでちゃんと休むんだよ?」
そう言いながら席から立つ二人のために、急いでドアを開けたリゼへと、サフィーとルシアンがお礼を言いながら出て行った。
「お嬢様、これからどうしますか?」
「……そうね。とりあえず今日はもう王都の屋敷に戻りたいわね」
「お屋敷に……あぁ、でも、そうですね。お嬢様は昨日、青薔薇の毒を摂取していませんから、そろそろ飲まないとですものね」
それもそうだけれど、できることなら必要な時以外、学生の寮にいることは避けたい。
レクトールに遭遇することは避けたいし、何よりも……サフィーが言っていたように、昨日は色々なことがあり過ぎた。
(……さすがに疲れたわね)
今の私が生きている時間は、すでに知っているものから遠くかけ離れている。
「リゼ、まだここは貴族学校なのよ? 誰に聞かれているかわからない以上、軽はずみに口にしていいことではないわ」
いや、唯一……変わらないものは、未来のレクトールと今の彼が重なって見えて、心のどこかで安心感を覚えてしまったくらいか。
「あ……はい、そうですね。気をつけます」
「えぇ、そうしてちょうだい。けど……そう、別にあなたも知っている通り、一日や二日、紅茶を飲まなかっただけで弱まるほど、今の私にあるものは弱くないわよ?」
「それはそうなんですけど……」
リゼと共に部屋から出ると、周囲の様子を窺いながら庭園に足を踏み入れる。
遠くで、楽しそうに会話をしている生徒たちの姿を見ると、今が彼らにとって他家との交流を深める大事な時間なのだと思い、少しだけ羨ましくなってしまう。
(……以前の私は、この大事なことさえ出来ていなかったのね)
そのまま誰にも会うことなく、正門を出て貴族学校から離れる。
「ところでリゼ? 一つ……いいかしら?」
「いいですよ? 一つでも二つでも、なんでも聞いちゃってください」
「いえ、一つだけでいいの。私たち……どうやって、王都の屋敷に帰ればいいのかしら」
出てすぐのところにある、馬車の停留所にリューネベルク公爵家の馬車が迎えに来ているわけでもなく。
また……下級貴族たちが使う乗り合いの馬車も、この時間には来ることがない。
貴族学校だというのに、人の姿のない閑散とした雰囲気に、思わず乾いた笑みが浮かんでしまう。
「……あぁ、すみませんお嬢様。私、帰りの馬車を手配するのを忘れてました」
「まぁ、そういう時もあるわよ。けど、これは困ったわね」
「はい、一応貴族学校から離れた場所に、人を乗せるような立派な馬車とは違いますけど、庶民の方たちが移動に使っている荷馬車ならあると聞いたことはありますが……その、うーんって感じですよ?」
「その、うーん? が何かわからないけれど、リゼがおすすめできないのなら……やめた方がいいかもしれないわね」
どうすればいいのかと思いながら、雲一つない空を見上げる。
本来であれば、上級貴族が外を無防備に出歩くことすら、非常識ではあるけれど、こうなってしまっては……仕方がない。
「……リゼ、せっかくだから王都の屋敷まで歩くのはどう?」
「歩くってお嬢様、貴族学校からお屋敷までは……その、だいぶ離れてますよ?」
「ふふ、それくらい別にいいじゃない。それに……そう」
「……お嬢様?」
「ほら、サフィーと初めて会った時に教えてもらったお店とかあるじゃない? この機会に見て回るのも、面白いとは思わない?」
あの時の失敗以降、リゼにお父様が私のために用立ててくれたお金を持たせるようにしている。
さすがに二人で庶民街の連れ込み宿に入る気はないけれど、それでも到底私一人では使い切れない金額だから、問題ない……とは思う。
「私としては、お嬢様がそれでいいのでしたら構いませんけれど、その……えぇっと」
「……どうしたの?」
「あの時、足が疲れたって言ってたじゃないですか? 本当に……結構歩きますけど、大丈夫ですか?」
「……別に、それくらい大丈夫よ? 自分で行きたいって言ったのだもの、後でそんな弱音を吐くような弱い令嬢に見える?」
認めたくはないけれど、たしかに私は……同年代の子たちと比べたら体力はないとは思う。
でも、自分で決めたのだから、行けるところまでは歩いてみたい。
「あぁ……でも、リゼ? とても言いづらいのだけれど、いい?」
「……はい? お嬢様、どうしました?」
「また、足が痛いってなったら、その……手を繋いで歩いてもらっても、いい……かしら?」
けど、今の私の隣には、最も信頼している専属のリゼがいる。
少しくらいなら、甘えても……きっと、大丈夫なはず。
「……何を笑っているの?」
「ふふ、お嬢様もアルフォンス殿下と同じで、お年頃なんだなぁって思ったら、つい?」
「お年頃って、何をバカなことを言っているの?」
「バカって酷いですよ? ただ私は、こうやって甘えてくれながらも、どこか見栄を張ってしまうお嬢様が好きっていうだけなのになぁ」
「……恥ずかしい言葉はやめなさい。聞いていて耳まで赤くなってしまいそうだもの」
慣れていないせいか、面と向かって好きと言われると……どうすればいいのかわからなくなる。
「そんな可愛らしいお嬢様も好きですよ? ……あぁ、でも、うらやましいですねぇ。ほら、私にはたくさんの弟や妹がいるじゃないですか」
「……それがどうしたの?」
「だからと言ったら、どうなのかなって思うんですけど、お嬢様のように色々と悩んだりとかする前に、お姉ちゃんなんだから大人にならなきゃって、精一杯だったから、うらやましいなぁって?」
「まったく、それこそ……何を言っているの? 私の隣にいるあなたは、立派なリゼお姉ちゃんではなくて、私の専属よ? 誰かに甘えてこられなかったのなら、私に甘えればいいじゃない」
瞬間、リゼの瞳が大きく見開かれる。
そして、頬を赤く染め、両手を顔に当てると――。
「お嬢様の容姿で、その言葉は……逆に微笑ましいですね?」
「ここでその……残念な発言が出るとは思わなかったわよ」
「だって、私がリゼお姉ちゃんをやめたら、オフィーリアちゃんが甘えたい時に、甘えてもらえないじゃないですか」
「ふふ……それもそうね。なら、今まで通り、私のリゼお姉ちゃんでもいてくれる?」
「もちろんです。なんなら、歩き疲れたらお姉ちゃんとして、背負ってあげましょうか?」
そんな軽口を言いながら、馬車の停留所から離れていく。
たしか……サフィーに教えてもらったお店の中に、とっても美味しい料理を出してくれる隠れた名店があったはず。
二人で思い出作りに行くのもいいかもしれない、そう思うと自然に頬が緩んだ気がした。




