第26話 抱いた疑念
三人で楽しい時間を過ごすのはいいのだけれど、一つだけ気になることがある。
「……リゼ、遅いわね」
「気にしすぎじゃない?」
「そう?」
いくらアルフォンスの元へお菓子を食べに行っているとはいえ……遅すぎる。
サフィーは気にしすぎだとは言うけれど、それでも、気になってしまう。
「ルシアン、あなた……私の言葉から、リゼの状況を視ることってできる?」
「……できはするとは思うけれど、過保護が過ぎるのはどうかと思うよ」
「別に過保護ってわけじゃ……いえ、ごめんなさい。あなたたちの言う通りね」
二人がいうように、今の私は……リゼに対して過保護になっているのかもしれない。
今まで彼女が側にいることを当然のように感じていたから、たった数時間であるはずなのに、気持ちが落ち着かない。
「こういう時は、話題を変えた方がいい気分転換になるっすからねぇ。んーそうだなぁ、ルシアン? なんか面白いこと話してよ」
「面白いことって、いきなりそんなことを言われて、はいそうですかと話せるわけがないだろ」
「まったく、使えない婚約者で嫌になっちゃう。うーん……そうだ、フィー? そういえば、隣国の第三王女様と、話して仲良くなったんでしょ? それについて話してほしいんだけど……ダメ?」
「エステラのこと? まぁ……いいけど、特に面白い話題でもないわよ?」
通路でエステラに出会った際のことを二人に伝える。
私としては、彼女に対して親しみを感じてはいるけれど……。
「……んー」
「サフィー?」
「いや、これはうちの勘なんだけど、その子……なぁんかありそうだなって、思うんだよね。ルシアンもそう思うっすよね?」
「僕は君みたいに、実践で学んだ勘はないから、そういうのはわからないね」
「……なら、そうっすね。エステラを留学させたのはレクトールなのに、どうしてあのバカと一緒にいないで、一人で行動してるの?」
たしかに……そう言われると、少しだけ気になることがある。
「サフィー? さっきも伝えたけれど、エステラは校長の元へ行くって言っていたでしょう?」
「……あぁ、まぁそれはそうなんすけど、あぁ、もう……なんて言えばいいんすかね。ルシアン、あんたの魔法でうちの考えを伝えてくれない?」
「いや、確証が持てない先を視るために、家門の人間を犠牲にはできないよ」
「あなたはそれでいいわ、けど……そう、私もサフィーの言葉を聞いて、少しだけ……本当に、少しだけれど気になるところが、たしかにあるわ」
広間で行われたレクトールの挨拶の後、エスペライザの王族である彼女なら気付いていたはずだ。
フロライト伯爵家の令嬢、クラリッサが……死の緑を着ていたことに。
(……いや、それとも私の考えすぎかしら。それに死の緑が大勢の人を殺すのはまだ先だもの、エステラが知らなかったとしてもおかしくはないわね)
「……フィー?」
「いえ、ごめんなさい。ちょっとだけ疑い過ぎてしまったみたい、バカね。友人を疑うだなんて……」
「友人って言っても、エステラ王女とはまだ、出会って一日しか経っていないだろう? 疑いを持つのは何もおかしいことではないと、僕は思うけどね」
「あら、ルシアン? それをあなたが言うの? あなただって、私やサフィーと会ってまだ一日しか経っていないじゃない」
「そ、それは……えっと、うん。ほ、ほら、馬車での出来事に関しては、ちゃんと反省してるよ」
本当に反省しているのなら、今のような軽口は出ないはず。
ルシアンの言っていることはもっともだとは思うけれど、ここで感情を優先してしまっては、サフィーが抱いた疑念も、私に芽生えた違和感も形にできない。
「反省しているのならいいわ。でも、そう……サフィーの疑いを晴らす方法があるわよ?」
「……あぁ、なるほどね」
「あら、こういう時だけは物分かりがいいのね。それとも、わかったふり?」
「もちろん、ちゃんとわかってるさ」
「ちょ、ちょっと? なんで……二人で勝手にわかり合ってるのさ」
ユフィールとのお茶会に、サフィーを連れて行けばいい。
先ほどは断ってしまったけれど、彼女がその場に同席して、エステラのことをその目で見れば、納得のいく答えが出せるはず。
「サフィー、えっと……ね? さっきは断ってしまったけれど、お茶会に来て……くれないかしら」
「それは別にいいけど……あぁ、うん、そういうこと? うちに直接エステラを見て判断しろってことでいいんすね?」
「……それに、私もどうして彼女をほんの少しでも疑ってしまったのか、理由が欲しいの。友人として信じるために……ね?」
とはいえ、そこにスコルピナ子爵家のユフィールがいるのが問題だ。
彼女が近くにいて、尚且つ……レクトールと親交を深めているエステラがいるとなると、あまりにも場所が悪い。
私たちのやり取りから、リューネベルク公爵家の秘密に触れられた場合、逃げ場がなくなってしまう。
「けど……うん、そうなるとユフィールの存在が邪魔ね。いっそのこと、呼ばないでいい気がしてきたわ」
「それは無理じゃないっすか? エステラにユフィールとのお茶会に招待するって伝えちゃった以上、はぶいてしまったら……スコルピナ子爵家の家名に泥を塗るようなもんっすよ?」
「言われなくてもわかっているわよ……まったく、本当に憂鬱ね。せっかくの紅茶が苦くなってしまいそうよ」
そう言葉にしながら飲んでしまったせいで、サフィーが淹れてくれた紅茶の味が、心なしか苦々しく感じる。
気持ち一つでここまで味が変わってしまうのなら、ユフィールとのお茶会では……どうなってしまうのだろうか。
「あぁ……それなら、僕がお茶会の当日にユフィール嬢を呼び出して、外に連れ出すなんてどうかな? ほら、そうすれば三人で話せると思うし」
「……あんた、その意味をわかって言ってる?」
「もちろん、君たちのために必要なことだろ? それに相手は僕やサフィーラと同じ五大貴族だからね。呼び出す方法はいくらでもあるさ」
「……サフィー、これはあなたの言っていることがわかっていないわよ?」
「そうみたいっすね。まったく……教育のし甲斐がありすぎて、目が回ってしまいそう」
サフィーの気持ちを理解できていないルシアンが、助けを求めるように私を見る。
けど、これに関しては私ではどうすることもできない。
そう思い、口を開こうとした時だった。
「……あら?」
扉をノックする音が部屋に響いて、私たちの視線がドアに集まる。
「……リゼ? ずいぶんと遅かったわね?」
すると、わずかに開いたドアからリゼが顔を覗かせていた。
「あ、はい。アルフォンス殿下から、色々と相談されちゃって……」
「……相談? なにかあったの?」
「んー、それは私とアルフォンス殿下の秘密ですよ? いくらお嬢様の専属と言えど、口止めされてしまってるので、あぁ、でも! 代わりに口止め料としてお菓子を沢山もらってきたので、皆で食べましょう?」
「……はぁ、口止めされてるなら言わなくていいのよ? でも、そうね。せっかくだから頂こうかしら」
話に集中しすぎたせいで、すっかり冷めてしまった紅茶にも合うのだろうか。
そう思いながら、リゼが手際よく並べてくれるお菓子に、私たちは手を伸ばすのだった。




