第23話 均衡の天秤
「まず確認だ。君は交渉の席につくとして、僕に出せる条件はなんだい?」
「私が今出せるのは、あなたが欲している情報に対して、誠実に応えるくらいね。ルシアン、あなたは?」
「君の返答次第では、限りなくアルフォンス側に近づくと言ったら……どうだい?」
これは餌だ。
ルシアンが提案した条件に、私が少しでも一喜一憂しようものなら、そこから主導権を奪われてしまう。
逆に、彼が私の言葉を少しも疑わずに信じるようなことがあったら、それこそ……何か裏があると考えた方がいい。
「……手強いね。少しくらい喜んでくれてもいいじゃないか」
「今ので喜ぶように見えるほどに、私の価値は低いのかしら?」
「そんなことはないよ。君に価値をつけるのだとしたら、領内の一部を売りに出しても足りないくらいさ」
「あら、今度は随分と……お高く見られたものね」
「ハイアンドローと同じだよ」
王都に滞在している貴族間で、流行っている遊びに例えられても困る。
「残念だけれど、私は昨今の流行には疎いのよ。教えてくださらないかしら?」
「一から十三までの数字の中で、高いか低いかを当てるゲームのことだよ」
「それはとんだ確率論ね。その条件なら今の私の価値は八くらいかしら、とても危険な位置にいるのね」
「的確だね。上下どちらに賭けても、こちらが一方的に負けてしまいそうで、とても恐ろしいよ」
「嘘おっしゃい。その眼で先を見ているくせに、随分と巧みに嘘をつくのね」
砂糖ツボの底に余った砂糖蜜のように、甘い嘘をつくルシアンに警戒しつつも、言葉の裏が読めないでいる。
「嘘も交渉に必要だからね。それとも……交渉の席で、なんでも素直に言うとでも思っているのかい?」
「あら、私はあなたに嘘をついていないのに……酷いわね」
「……嘘をついていないくせして、毒を混ぜるのがうまいあたり、さすがリューネベルク公爵家のご令嬢って感じだね」
「ふふ、ありがとう。あなたのその嫌らしい性格も、グロリアンサ侯爵家の小侯爵って感じで、嫌いよ?」
「それは申し訳ない。交渉の席で、相手を怒らせてしまうだなんて、グロリアンサ侯爵家の人間として失格だ」
わざとらしく、大げさな態度でそう言葉にするルシアンを見ながら、交渉の落としどころを探ってみる。
ルシアンが求めているのは、グロリアンサ侯爵家を正しく扱える相手かどうか……だろうか。
もしそうなら、アルフォンスが今は無理だったとしても、代わりに私が間に立つとしたら?
(……それだと、アルフォンスとグロリアンサ侯爵家の間で板挟みになってしまうわね)
ならここでルシアンに、アルフォンスなら信用に値する人物だと伝えたらどうだろうか。
「……ねぇ、ルシアン? アルフォンスは、今のあなたから見たら信用できないかもしれない。けれど……彼なら大丈夫よ?」
「その大丈夫の先に見えるものは、グロリアンサ侯爵家が滅びる未来だね。例えアルフォンス殿下に人を惹きつける魅力があったのだとしても、私情を捨てきれない人間に王が務まると、君は本当に思うのか?」
「思うわ。完璧な人間は存在しない、たとえアルフォンスがあなたの言うように、王としての立場が務まらないほどに未熟だったとしても、足りない部分を補うのが臣下ではなくて?」
「臣下……ね。仮にグロリアンサ侯爵家が、アルフォンス殿下の未熟なところを理解したうえで、彼の派閥に入ったとする。そうなった時に……僕が見た破滅の未来はどうなる? 君はまさか、それすらも変えてみせるとでもいうのかな?」
そのために私は今、ここにいる。
以前の人生で滅ぼしてしまったあなたたちを生かして、今度こそ……未来を自分で選び直すために。
「そんな未来、私が変えてみせるわよ。仮に五大貴族が滅びるというのなら、それこそ……グランツェルが滅びるという凶兆よ?」
「……そうか。なら試させてもらうけれど、僕が入る派閥はレクトールか、それとも……アルフォンス殿下。どっちが正しいと、君は思う?」
「私に聞かなくても、わかっているのではなくて?」
「もちろん。レクトールについていけば……確実に滅びるけれど、グロリアンサ侯爵家を扱う器量はある。一方、アルフォンス殿下は私情を混ぜてしまうが、君が手綱を握っているかぎり、道を踏み外すこともない」
——その言葉が、嫌に耳に残る。
これではまるで、私がいないとアルフォンスは進む道を間違える、と言っているように感じた。
「それがわかっているのなら、選ぶべき道は決まっているじゃない」
「……それでも僕は、レクトールの下に行くよ」
「それじゃあ、交渉の意味がないじゃない」
「僕が選んだのは、二人の下につく道じゃない。オフィーリア、君の下につくということさ」
ルシアンが私の下につく。
まさか、彼からその言葉が出てくるとは思わなかった。
「……意外ね。私はアルフォンス殿下の派閥の人間よ? その下につくという意味をわかっているの?」
「もちろん、わかっているさ。僕個人としてはアルフォンス殿下を……まだ、信用することはできない。なら、君を通して先を見据えて、彼を値踏みしようっていうことさ」
「あなたって、本当に嫌な人ね。けれど……嫌いじゃないわよ? そういうの」
けれど、これで交渉の場は完全に、どちらに傾くわけでもなく、均衡が保たれた。
ここからは私たちの間で、互いの利益のために何ができるのかを伝える場だ。
「値踏みするのは構わないわ。……それで? 私の下につくのなら、私のために何をしてくれるのかしら?」
「君が欲しいのは、レクトールが今何をしようとしているのかという情報だろう? 僕ならそれを集めることができる」
「……バカね。そんなことをして、レクトールにバレたらどうするつもり? それこそ、あなたが避けたかった滅びに近づいてるじゃないの」
「そんなヘマはしないさ。なぜなら……オフィーリア。僕は君やアルフォンスのことをレクトールに話すからね」
彼のやろうとしていることは、まさに今の私にとって最も必要なことだと思う。
「まるで……二重間者ね」
けれど、それ以上に……この提案は危険だ。
あのレクトールが、自ら危険要因を内側に置くわけがない。
「その通りさ。もちろん……そのために、君がやらなければいけないことはわかっているね?」
「えぇ、レクトールが満足する情報に、嘘を交えて伝えればいいのよね?」
「さすがだね。交渉と商談に嘘はつきものだ。どんなに外交に優れた人間でも、裏にはどす黒い感情が渦巻いている……まぁ、現グロリアンサ侯爵の受け売りだけどね」
ルシアンの言葉に思わず、小さく吹き出しそうになる。
あまりにも似つかわしくない、グロリアンサ侯爵の受け売り。
以前の人生の彼ならそうなりえたかもしれないけれど、今のルシアンには無理だ。
「……ふふ、らしくないことは言わないほうがいいわよ? けど……そうね。なら私からレクトールへと流す情報を選んであげる。例えば……そう——」
伝えた言葉をルシアンがレクトールに伝えたら、いったいどんな顔をするのだろうか。
反応を想像しながら、彼がもっとも望んでいて、私がもっとも望んでいない思いを口にした。




