第5話 広間での再会
リゼを専属にするとは言ったけれど、王家のご子息方の前に連れて行くわけにはいかない。
まだ未熟な彼女が、レクトールの前でほんのわずかな隙でも見せたなら、私でも……守ることはできない。
「——彼女が、我が国の月。リューネベルクの姫君、オフィーリア様ですか?」
広間に入ると、椅子から立ち上がった懐かしい声の主が、優雅な仕草で近づいてくる。
「レクトール殿下。私の娘と戯れるのは後にして、もらえないだろうか」
「……すみません、リューネベルク公爵。オフィーリア様があまりにも美しかったので、我を忘れてしまいました」
私の手を取り、優しく微笑む姿は……当時は気づけなかったけれど、今は作り物めいて見える。
(レクトール。あなた……そんな顔をしていたのね)
レクトールがわずかに頬を赤らめていることに気づいていたら、あの時の私は何を思ったのだろうか。
かわいい? それとも……私も同じように照れていた? どっちにしろ……今の私が選ぶ答えは変わらない。
「レクトール様。放していただけませんこと? これでは挨拶ができませんわ」
「……美しい」
「あなた、私が放してと言っているのが、聞こえていないのかしら?」
「あ、す、すまない。つい……見惚れていた……いました。ご無礼をお許しください、我が国の月の姫よ」
レクトールの手から自分の指を引き抜くと、ドレスのスカートに手を添えて、淑やかに頭を下げる。
「お父様。オフィーリアが参りましたわ。そして、この国の双子の太陽であらせられるレクトール・アウグスト・フォン・グランツェル殿下、ならびにアルフォンス・レオンハルト・フォン・グランツェル殿下に、ご挨拶を申し上げますわ」
「……ほう」
視界の隅で、お父様が誇らしげに頷いているのが見えた。
そして、私の挨拶にいち早く反応したアルフォンスが、椅子から立ち上がり、小走りに私の前まで来る。
「俺……いえ、わ、我が国の月。オフィーリア……えっと」
「続きは、ローゼ・フォン・リューネベルクよ?」
「ごめん、ありがとう。あぁ……オフィーリア・ローゼ・フォン・リューネベルク公爵令嬢に、ご挨拶を申し上げます」
「ふふ、よくできたわね」
たどたどしいけれど、最後まで逃げずに言い切った。
褒められて、誇らしげに笑う姿が可愛らしい。
「レクトール殿下、あなたは私に挨拶をして……くださらないのですか?」
「どうして……あなたは私ではなく、アルフォンスに笑いかけるのですか」
アルフォンスが椅子に戻ってから、私にしか聞こえない声で、レクトールが呟いた。
(もしかして、あなた……アルフォンスに嫉妬しているの?)
責めているようで、縋っているようで、それなのに底だけが冷たい声。
まるで、自分には手に入らないものを求めているようで、ひどく滑稽だった。
「わ、私は……今、なにを?」
「あら? 何か……言っていたのかしら?」
「……失礼いたしました。我が国の月、オフィーリア・ローゼ・フォン・リューネベルク公爵令嬢に、ご挨拶を申し上げます。我が名はレクトール・アウグスト・フォン・グランツェル。青薔薇の姫にお目にかかれましたこと、心より光栄に存じます」
お父様の言うように、たしかに……レクトールは聡い。
当時の私なら、同じ状況に置かれても、ここまで完璧な仮面をかぶることはできなかっただろう。
とはいえ、幼い彼が嫉妬を表に出すだなんて、こんな面白い姿を見られるとは思わなかった。
(前の私なら、きっとこの危うさすら、王家の美しさと勘違いしていた……と思う)
現に……目の前で微笑む姿は、世辞を抜きにしても美しい。
「ご丁寧なご挨拶、痛み入りますわ」
私が微笑み返すと、レクトールは一瞬だけ満足そうに目を細める。
「挨拶は済んだようだな。レクトール殿下、まずは席に着かれるといい。……いつまで私の娘を立たせているつもりだ?」
「……そうですね。すまない、オフィーリア様。いつまでも立たせておくなんて、辛い思いをさせてしまったね」
お父様の言葉に従い、椅子へと戻るレクトールを見送ってから、私はお父様の隣の椅子に腰かける。
改めて見ると、双子だというのに……不思議なほどに共通するところがない。
王族として相応しい態度をとるレクトールと、未熟ながらも努力が感じられるアルフォンス。
顔立ちこそよく似ていて、髪型で見分けはつくけれど、以前の私は、どうだったのだろうか。
レクトールに目を奪われて、彼が何を話してくれていたのかすら、まともに覚えていない。
「皆、席に着いたな。では……オフィーリア。此度の王家のご子息方の来訪に関してなのだが——」
「もちろん存じておりましてよ? 同じ年に生まれた太陽と月の顔合わせですわよね?」
「わかっているのならいい。ただ……次からは、公的な場ではないとはいえ、人の言葉をさえぎらないようにしなさい」
「……ごめんなさい」
「わかったのならそれでいい。それで……先ほどは、レクトール殿下と何を話していたのだ?」
ここで以前の私だったら、何も考えずにレクトールと話したことを口にしていただろう。
けど、お父様はきっと……それを求めてはいない。
「お父様? 子供同士のやり取りにまで、口を出すおつもりですの?」
「……どうやら過保護が過ぎてしまったようだ。レクトール殿下、こちらの非礼をどうか許してもらえないだろうか」
「いえ、私は気にしておりません。アルフォンスは……どうだい?」
「あ、俺も……いえ、私も気にしておりませんので、問題ありません!」
お父様が静かに頷くと、テーブルに置かれた、王家の紋章が刻印された封筒へ手を伸ばす。
「申し訳ないのだが、先ほど……レクトール殿下とアルフォンス殿下から直接預かった手紙を確認したい。しばし、屋敷の中でも見て回っていただけないだろうか」
「わかりました。でしたら、そうですね……リューネベルク公爵家が誇る、青薔薇の庭園を拝見したいのですが、よろしいですか?」
「構わん。オフィーリア、殿下方をご案内して差し上げなさい。屋敷の者に茶会の準備もさせておく。庭園でゆっくりと、子供同士、親睦を深めるといい」
「えぇ……是非、そうさせていただきます」
レクトールが椅子から立ち上がり、優雅に頭を下げる。
それに続いて、アルフォンスが慌てながらも、彼の真似をする姿が、少しだけ微笑ましい。
「では、庭園にご案内いたしますわ……と言いたいのですが、その前にお父様? お耳をお借りしてよろしいですか?」
「……どうした?」
「その……とても私的なことなので、お二方には聞かれたくないのです」
「大人びてきたと思っていたが、そういうところはまだ、子供なのだな。……よかろう」
お父様は小さく息を吐くと、椅子に座ったまま、私の方へ身をかがめてくれた。
「気に入ったメイドができましたの。名前はリゼット……私の専属にしていいかしら?」
「……最近、街から奉公に来た娘だったな。身元に問題はない。構わん……おまえの好きにするがいい」
「ふふ、ありがとう、お父様。愛しておりますわ」
「……なるほど。これは思った以上に私的だな。話が済んだのなら、早くいきなさい」
「はい、お父様。いってまいります」
椅子から降りてレクトールを見ると、彼は穏やかな表情で、口元だけを微笑ませていた。
けれど、アルフォンスは少しだけ気まずそうに、困ったように視線をそらして、両手で耳を塞いでいた。
「お待たせして申し訳ございません。では……庭園にご案内いたしますわ」
「……もう、いいのかな?」
「えぇ、アルフォンス殿下、お気遣いありがとうございます。レクトール殿下も感謝いたしますわ」
「構わないよ。これくらい当然のことだからね」
小走りに近づいて、二人を促すように手を取ると、広間を出て庭園へと向かう。
けど……何故だか……昔の記憶とは違い、レクトールの手が強く握り返していた。




