第20話 冷めたティーカップ
考えれば考えるほど、私には……ユフィールをどうすればいいのかわからない。
仮にリューネベルク公爵家の秘密を知っているのだとしたら、こちら側に引き入れること自体、危険だとしか言えない。
「んー、それなら……やっぱり、ここはお嬢様が頑張らないとですねぇ」
「……リゼ? あなた、何を言っているの?」
「何をって、お嬢様がアルフォンス殿下にリューネベルク公爵家の秘密を知りたいのかって聞いたってことは、スコルピナ子爵家のユフィールさんは……その、あれを知っているということなんですよね?」
「……そうね」
私に頑張れというけれど、いったい……どうしろというのか。
まさか、本当に二人で仲良くお茶の席で話をして、交流を深めろと? もしそうだとしたら今すぐにでも断ってしまいたい。
(あぁ、でも……エステラに、三人でお茶会をしようって、提案してしまったから……どっちにしろ、逃げ場はなかったわね)
ユフィールと友人になるのは、できれば避けたい。
とはいえ、妥協案を考えるのなら……親密な関係にはなれないとしても、利害の一致した関係なら築けるかもしれない。
「頑張ってはみるけれど、期待はしないでちょうだい。その……私はユフィールとの相性が、すこぶる悪いと思うから……」
「はは、オフィーリア。もしかしたら、相性が悪い者同士で、逆に噛み合うかもしれないよ?」
「アルフォンス……そんな、数学の授業みたいなことを言わないでほしいわね。人間関係は数字では割り切れないのよ?」
「けど、憂鬱な気持ちは少しばかり、薄れたんじゃないかな」
「……そうね」
アルフォンスの言うように、少しだけ……気持ちが楽になった気がする。
そう思いながら、冷めたティーカップに指を添え、香りの薄れた紅茶を口に運ぶ。
「お、お嬢様? 紅茶が必要なら、新しく淹れ直しますよ?」
「大丈夫よ。冷たくなった紅茶も、こうして口に運べばおいしいもの」
けれど……無意識にとはいえ、アルフォンスの前で、リゼが口をつけたかもしれない紅茶を飲んでしまったのは、さすがに作法がなっていなかった、とは思う。
「……そういえば、オフィーリアの紅茶を用意してなかったね。ごめん、使用人を呼んで淹れさせるよ」
「気持ちだけで結構よ? 作法としては……よろしくはないけれど、私たちの間でそんな堅苦しさはいらないはずでしょう?」
「まぁ……たしかに、手紙のやり取り然り、気兼ねない関係ではあるけど、親しい仲ほど礼儀を重んじるべきだと、俺は思うよ」
「あら、そんな……礼儀を重んじるからって、一定の距離を取られてしまうのは悲しいわね。思わず涙が零れてしまいそうだわ」
困ったように笑うアルフォンスの前で、わざとらしく目元に指をあてて泣く真似をしてみせる。
「さすがにそれは……リゼットさん、どうすればいいと思う?」
「むむむ……リゼットお姉ちゃんの分析によると、お嬢様が年相応な仕草をするのは珍しいので、付き合ってあげたほうがいいと思いますよ?」
「リゼットお姉ちゃん……か、いつかの庶民体験を思い出すね。でも……たしかに、こういうのも悪くないのかな」
椅子から立ち上がったアルフォンスが、私の前まで来て片膝をつくと、優しく手を取る。
そして……顔を覗き込むようにして、視線を合わせると――。
「オフィーリアお嬢様、どうか……涙をお収めください。あなたの涙を見ていると、俺も悲しくなってしまいます」
「あら、それはレクトールの真似かしら?」
「うん……似てるかな?」
「まったく駄目ね。レクトールならきっと『君に涙は似合わない、だから……私の前では笑っていてほしい』とでも言うのではないかしら」
「……言いそうだね。けど、俺はそういうのは好きじゃないかな、兄上のことは尊敬しているけれど、なんでも綺麗な言葉で着飾るのは、相手に失礼だと思うからさ」
不器用なまでに真っ直ぐな気持ちは嬉しいけれど、アルフォンスが王位を継いだ時のことを考えると、本当にこれでいいのかと思ってしまう。
もちろん……どのような形であれ、私も彼の隣で支えるつもりではあるけれど、この素直さは、上に立つ人間としては危険だ。
(サフィー、ルシアンの説得……うまくいったのかしらね)
だからこそ、腹芸のできないアルフォンスには、グロリアンサ侯爵家が必要だ。
ルシアンは……いろいろと貴族として見れば、問題が大きいけれど、それも時間とともに解決するだろう。
ただ……問題として考えるなら、彼が滅びの未来を知ってなお、レクトール側にいることを選ぶ可能性があるということくらいか。
「私は……あなたのそういうところ嫌いじゃないわよ? 相手をしっかりと見て接しようとするところに好感を持てるもの。それに……」
「……それに?」
「レクトールが民を導く王になるのだとしたら、あなたは民に寄り添う王になればいいじゃない。どちらも似てはいるけれど、本質は違うのよ?」
「はは、さっきとは違って、また……大人びたことを言うんだね」
「そう? けれど……そういう二面性があるのも、貴族の世界では必要でしょう?」
とは言うけれど、アルフォンスには似合わない。
できるのなら……このまま、真っ直ぐなあなたでいてほしい。
「んー、とりあえず……微笑ましくて素敵だなぁとは思うのですけど……ユフィール様のことはお嬢様に、ルシアン様のことはサフィーラ様に任せるとして、ほかの五大貴族はどうします?」
「……そうね。ナイトロード侯爵家やフロライト伯爵家の出方次第かしら。アルフォンス? あなたから見て、ラインハルザ小侯爵はどうなの?」
「ラインハルザは難しいと思う。ナイトロード侯爵家は、王家に忠誠を誓っているし、なによりも、魔法の代償のせいで、兄上に敵対することも……俺と敵対することもできないからね」
「魔法の代償で……ねぇ。どういうものかは気になるけれど、私からは聞かないでおくわ。あなたが必要だと思ったら教えてちょうだい」
ラインハルザがこちら側に来ることが難しいのなら、リゼに協力してもらうのはどうだろうか。
あの時の様子を見る限り、彼女といることは満更でもないみたいだったこともそうだけれど、騎士である以上、剣を持っているのだから……庶民を蔑ろにできないはず。
(わかってはいるけれど、レクトールのような考え方で人を動かすのは……なんだか、嫌な気分になるわね)
「ねぇ……リゼ? あなた、ラインハルザのことをどう思う?」
「んー、めんどくさい人だとは思いますけど、とても実直で、好ましい人だとも思いますよ?」
「そう、なら……あなたがやってみる? ラインハルザもリゼと接していた時、満更でもなさそうだったもの」
「それは、オフィーリア。君は……自分が言っていることをわかって……いや、改めて言わなくてもわかっているか」
アルフォンスが、問い詰めるような視線で私を見る。
「……もう、結婚して子供がいてもおかしくない歳なので、ラインハルザ様さえよければ是非って言いたい気持ちですけど、ほら……私、庶民じゃないですか。貴族様と婚姻していいんですかね」
「本来なら難しいだろうね。一応……グランツェルでも長い歴史の中で、庶民と結ばれた一族はいるけど、全員魔法の力を無くして、最後は家格を失ってしまったから……」
「……そうよね。提案はしてみたけれど、ナイトロード侯爵家の小侯爵ともあろう人が、自ら一族を危険にさらすようなことはしないわよね」
庶民と貴族では……そもそも、人としての在り方が違う。
私たちは生まれつき、魔力を操る才能があるけれど……庶民にはそれがない。
恋物語としては、とても理想的ではあるけれど……現実は、溶け合わない水と油のように残酷だ。
「リゼットさん。貴族や王家が結婚するには、互いに魔力が釣り合わなきゃいけないんだ。そうでないと……一族が代々受け継いできた魔法の力を失ってしまうかもしれないからね」
「……残念ですね。あぁ、私にもお嬢様やアルフォンス殿下のように、魔力を扱える才能があったらなぁ」
「ふふ、こればっかりはしょうがないわ。でも……魔力がなくても、リゼはとても素敵よ?」
——嘘。
ずっと側にいたからわかる。
誰にも言えない、伝えられない……私だけが気づいた、リゼの秘密。
「当然です! だって私はお嬢様の専属ですからね」
「ふふ、そうね。けど困ったわね……ラインハルザについて、どうすればいいのか。これでは判断が難しいわ」
「……彼のことは、俺が何とかしてみるよ。俺はほら、ナイトロード侯爵家の魔法の代償を知っているから、覚悟を決めれば大丈夫……だと思う」
「その覚悟が何かはわからないけれど、もしもの時は任せるわね」
ラインハルザのことをアルフォンスに任せられるのなら、フロライト伯爵家の令嬢クラリッサについては私が何とかしよう。
そう思いながら……陽が暮れ、昏くなり始めている遠くの空を、窓越しに見つめた




