第19話 甘いケーキと毒の味
「リゼ……あなた――」
アルフォンスとリゼがいる場所はたぶん、貴族学校の寮内。
王家の人間だけが使うことが許された最上階の部屋だろう。
そう思い、訪ねたまではよかった。
「オフィーリア、できればリゼットさんを責めないであげてほしいんだ。彼女はずっと君のことを心配していて……」
「それは、わかるけれど、だからってこれは……ねぇ?」
テーブルに並べられたティーカップに、甘いお菓子の数々。
そして、フォークに刺したケーキを口に咥えたリゼが、だらしのない姿のまま静止している。
「お、落ち着かせるために、お茶とお菓子を用意したのだけれど……なんて言えばいいのか」
「アルフォンス? あなた……リゼを甘やかし過ぎじゃないかしら、私の専属が肥えてしまったら、どうしてくれるの?」
「ふぃふれいですよ。おじょうしゃま!」
「……口の中の物を、まずは飲み込んでから話しなさい。私の専属ともあろうものがみっともないわよ?」
とはいえ、庭園でのレクトールとのやりとりに、ルシアンを傷つけてしまったこと。
それに……エステラとの会話と、いろんなことが重なり過ぎたせいで、精神的に疲れが溜まっていたから、気持ちがほんの少しだけ楽になった気がした。
「す、すみません。ですけど……これは――」
「俺がリゼットさんに勧めたんだ。ほら、オフィーリアのことを気にしすぎて、今にも飛び出してしまいそうだったからさ」
「それは別に……いいのよ? ただ、そう。ふふ、食べ過ぎよ……まったく」
あまりの温度差に、思わず頬が緩んで笑みがこぼれる。
「それで……オフィーリア。兄上とは何を話したのか、教えてもらってもいいかな?」
「あら、聞きたいの? アルフォンス……あなたが聞いても、あんまり気持ちがいいものではないわよ」
「それくらいわかっているさ。それに……兄上が、あのような演説をしてしまった以上、本心で俺が望んでいなくても、王位継承争いはもう避けられないからね」
「……そうね。あなたはただ、私との手紙でのやり取りで、周囲に望まれるのならって、応えてくれただけだもの」
結果的に、アルフォンスが王位継承権を意識してくれたのは嬉しいけれど、これも全て……レクトールの盤上の出来事だと思うと、気に入らない。
本来なら、私が時間をかけてゆっくりと、ことを進めていくつもりだった。
けれど、現実はそれを……許してはくれない。
「んー、でもお嬢様? アルフォンス殿下もなんですけど、どうやってレクトール殿下の立場を脅かして、支持を得るおつもりなんですか?」
「……そうね。私の考えていた盤面では、五大貴族をアルフォンス側に入れて、派閥を強固なものにしようと思っていたのだけれど」
「あぁ……グロリアンサ侯爵家のルシアン小侯爵や、スコルピナ子爵家のユフィール令嬢が、兄上の派閥にいる以上、俺は……難しいと思う」
「それなら、ルシアンの方はたぶん……解決しそうよ? 色々と面倒なことはあったけれど、サフィーラが説得してくれているはずだもの」
言葉にしながら、リゼの隣に腰かける。
そして、彼女が食べ残していたケーキを一切れ口に入れ、甘い香りを感じながら目を閉じる。
「……さすが、王家御用達のケーキね。とても上品で、心にも贅肉がついてしまいそう」
「けど、オフィーリアにはついてないだろう? だから……大丈夫だよ。それに、見る限り、結構疲れてるみたいだから、甘い物を食べて気を休ませるのも必要だよ」
「大丈夫と言うまでにあった、言葉の間が気になるわね。けれど……えぇ、そうね。ありがとう、私は大丈夫よ」
とはいえ、ルシアンのことは時間が解決してくれるだろうけれど、問題はスコルピナ子爵家のユフィールだ。
私の記憶が間違ってなければ、子爵家を滅ぼした際、確かに彼女の命も奪ったはずだったのに、死体は見つからなかった。
(……あの時はたまたまだろうと思って気にしてなかったけれど、今になって改めて考えてみると、違和感があるわね)
「問題は……スコルピナ子爵家ね。私なりに色々と考えてはいるのだけれど、こちら側に引き入れる手段が思い浮かばないわ」
「お嬢様? 思い浮かばないとは言いますけど、スコルピナ子爵家はお薬と毒を扱う名家なんですよね? なら……お友達になってしまうのはどうですか?」
「お友達って、リゼ? あなた……私とユフィールの初対面は——」
リゼの言うように、交流を持てるのなら……友人になることはできるかもしれない。
そう思いながら、広間でのユフィールとの出会いをリゼとアルフォンスに伝えた。
「あぁ……それはもうなんていうべきか、すっごく変な人ですねぇ」
「噂に違わない人というべきか、スコルピナ子爵家らしいご令嬢だね」
「スコルピナ子爵家らしいって、なにか知ってるんですか?」
「何かって……そうだね。スコルピナ子爵家に連なる者の特徴なのだけれど、皆、薬と毒のことに関して、倫理観が欠如しているところがあるらしくてね」
スコルピナ子爵家のことに関しては、私よりも、王家に生まれたアルフォンスの方が詳しいはず。
五大貴族に名を連ねているとはいえ、グランツェルにおいて、貴族としての歴史が浅く、魔薬を用いた治療を国内で行ってきたくらいしか、私は知らない。
「俺の曾祖父、先々代王の頃に、他国からグランツェルに籍を移してもらったらしいのだけれど、その際……揉めることなく、やけにすんなりと交渉が進んだらしいんだ」
「もしかして……性格に問題があるから、国外に追い出したかったとか、そんな感じですか?」
「……率直に言うとそうなるね。それで、グランツェル内でも管理に困った結果、四大貴族の枠組みを増やして、五大貴族という立場に収めて、政務で縛り付けることにしたと、教育の時間で聞いたくらいかな」
とはいえ、いくら五大貴族という立場に縛り付けたとしても、ユフィールの性格に難がある以上、まともな管理をされているとは思えない。
(……どうして、そんな危険人物がレクトール側にいるのかも、私には到底、理解ができないわね)
いくら盤上に駒を配置したとしても、ユフィールを容易に制御できるとは思えない。
それこそ、何かしら彼女にとって利点があるようなことでなければ……。
「……利点、ね。まさか……いえ、レクトールならありえるわね」
「オフィーリア?」
「ちょっと、思うことがあっただけよ? けれど、そう……ね。アルフォンス? あなたはリューネベルク公爵家の魔法の秘密を知る勇気はある?」
「……ここであるって言えたら、格好がつくと思うけどまだ無理かな。王位を継いだら、嫌でも国内の各家門が持つ魔法の性質について、詳しく知ることになるけれど、今はまだ……ね」
「ふふ、アルフォンス? 私はあなたのそういう慎重で、自分のできることを理解しているところ、嫌いじゃないわよ?」
アルフォンスがリューネベルク公爵家の秘密に触れた時、どんな思いを抱くのか、気にならないわけがない。
以前の人生のように、それでも私を必要としてくれるのか、それとも……拒絶されてしまうのか。
(……でも、どのような結果であれ、アルフォンスが選んだのなら私は……その意志を尊重するわ)
けれど、今は……まだ来ていない未来を語るよりも、大きな問題がある。
(レクトールを通して、リューネベルク公爵家の秘密を……ユフィールが知っている可能性があるわね)
もし、レクトール側につく見返りとして、彼が王位を継いだ暁には……リューネベルク公爵家の青薔薇の毒について研究できることを取引の材料にしていたら、ユフィールが私に近づいて来た意図も理解はできる。
けれど……そう思えば思うほど、口に残った甘いケーキの味が、毒のように苦く感じた。




