第17話 灰色の未来
レクトールがいなくなった庭園で二人、静寂だけが場を支配する。
「いやぁ、なにあれ……凄まじかったね。フィーちゃん、大丈夫?」
「え、えぇ、問題ないわ。けれど、そうね……サフィー? 私のことよりも、あなたの方が心配よ。ほら……その、私の秘密を知ってしまったでしょ?」
「秘密? あぁ……あの、リューネベルク公爵家の青薔薇についてのこと? 他にもごちゃごちゃと、長ったらしく話してたのは覚えてるっすけど、もう……忘れたっすね」
あの出来事を簡単に忘れられるはずがない。
けれど、今は……その気遣いが純粋に嬉しいと思う。
「それにさ……うちやフィーもそうだと思うんだけど、貴族である以上、それぞれが表には出せない秘密の一つや二つ、あって当然じゃない?」
「……そうね。けれど、今まで秘匿され、表に出ることがなかったリューネベルク公爵家の秘密を知ってしまったのよ? その……怖くないの?」
「んー、そりゃあ、うちその秘密を知って、五大貴族や下級貴族たちに言おうとしてるなら、この場で処罰を受けても文句は言えないけど、親友の秘密を言いふらすほど、軽い女になったつもりもないし?」
「……ありがとう」
私らしくいられるように、いつも通りに接してくれる、サフィーの距離感を見ていると……気が楽になる。
彼女の前でなら、貴族らしくないと言われてもいい、身分に捕らわれず本当の意味で、対等な親友でありたい。
「素直にお礼を言われると、なんだかむず痒いっすねぇ。ここはフィーちゃんらしく、傲慢な態度でいいんすよ?」
「……そう? なら、感謝するわ」
「そうそう、こういうのでいいんすよ。気兼ねない関係っていうのは大事っすからね。肩書だけに縛られると、なんもできなくなっちゃうじゃないっすか」
そう微笑むサフィーを見ていると、彼女も私と同じ気持ちなのだと思う。
けれど、互いに思いが通じ合っていても、私はグランツェルの月。
いくら親密な関係になれたとしても、五大貴族と私ではあまりにも立場が違う。
(……こういう時、誰とでもすぐに仲良くなれる……そんなあなたが、羨ましいわ)
「んー、けど、レクトールがあんな感じになってる以上、うちらができるのはアレっすねぇ。少しずつ、あちら側の派閥から切り崩していくしかないっすね」
「……そのために、ルシアンをこちら側に引き入れるのでしょう?」
「それはそうだけど、あれはめんどくさいよ? まぁ、できる限りの手は打ったんだけどねぇ」
「あら、あのわずかな時間で、もう何かしたの?」
手を打ったとは言うけれど、ルシアンが何かできるとは思えない。
あの演説で首をかしげていたのを見るあたり、思うところがあったようだけれど、そんな簡単に寝返るほど、軽い男でもないはずだ。
「何かしたもなにも――」
サフィーが、庭園へと向かうために、私たちが通ってきた通路に視線を送る。
すると……そこには、何があったのか理解できていないのか、唖然とした表情でこちらを見るルシアンの姿があった。
「この通り、うちらが広間から離れた後、間をおいてついてくるように話しておいたんすよねぇ」
「ちょっと待って、それだと……私の秘密が、グロリアンサ侯爵家にも知られてしまったことになるじゃない。サフィー、あなた何を考えてるの?」
「フィーちゃん、何を言ってるんすか? この男に人の話を盗み聞きする覚悟があると思ってるの?」
私の疑問に答えながら、手でルシアンに入ってくるように促す。
「……全部、計算尽くってこと? サフィー、そういうところ、本当にレクトールと同じ王家の血が流れているのね。嫌らしいところがそっくりよ?」
とはいうけれど、サフィーのそれはいやらしいと言うより、心強く感じる。
もしかしたら……レクトールのように、誰かを支配しようという意思が無いからだろうか。
「あれに似てるっていうのは勘弁してほしいっすね」
「それは悪かったわね。けど、褒めているのよ?」
「それはわかるっすけど、言い方ってものがあるんじゃない?」
周囲の様子をうかがいながら、ルシアンが庭園の中へと足を踏み入れる。
そして、私たちの前まで来ると、サフィーに促されるまま、先ほどまでレクトールが座っていた椅子に腰かけた。
「それで? ルシアン、あんたはどこまでうちらのやり取りを聞いたんすか?」
「どこまでって、ここは僕なんかが入っていい場所じゃないからね。ずっと隠れていることしかできなかったよ」
「ほら、全然聞いてないでしょう? 仮にもうちと同じ、グランツェルの五大貴族なら、盗み聞きするくらいの度胸はあってもいいのに、情けないっすねぇ」
「……なぜ、入ってきたばかりなのに、婚約者である君に、ここまで貶されなければならないんだ」
「ルシアン、あきらめなさい。そもそも……グロリアンサ侯爵家の小侯爵ともあろう男が、婚約者に言われたからって、素直にこんなところに来ている時点で、何を言われても文句は言えないわよ?」
本来であれば、レクトールを支持しているルシアンが、サフィーに言われたからと……敵対派閥について来ること自体、あってはならないことだ。
私たちがいくら、彼をこちら側に引き入れるつもりであるとはいえ、あまりにも……優柔不断な行動だとしか言えない。
「……本当に酷いな。ついて来るように言ったということは、僕になにかやって欲しいことがあるのだろう? それなのにその態度は、あまりにも失礼じゃないか」
「失礼ねぇ……フィーちゃんを密室に連れ込んで、婚約者のうちというものがありながら、逢瀬を重ねていた男がよくもまぁ……」
「へ、変な言い方はやめてくれ、あれはただ……オフィーリア嬢が、レクトール殿下の婚約者だと思って、話をしたかっただけなんだ。結果的に、まぁ……おかげで色々と思うことがあったのはたしかだけどね」
「お、浮気っすか? いやぁ、仮にも五大貴族ともあろうものが、自らの家格に泥を塗るだなんて、凄いことをするんすね」
仲が良いのは別に構わないけれど、今ここで言い争いを始めるのは違う。
それこそ——
「二人とも……いい加減になさい。痴話喧嘩をするのなら後でやればいいでしょう? 私を巻き込まないでちょうだい」
「……それもそうだね。ルシアンさぁ、思うところがあったって言ってたけど、バカ王子の演説を聞いて、あんた……どう思って、何を見たん?」
「バカ王子とは、凄い失礼な物言いだね……。誰かに聞かれたら首が飛ぶかもしれないよ?」
「そんなん、実際に首が飛んでから考えればよくない? ……それで、どうなんよ。使ったんでしょ? グロリアンサ侯爵家の魔法」
サフィーの言葉に、モノクル越しにルシアンの目にわずかに影が差す。
そして、静かにうつむくと、弱々しく口を開く。
「……恐ろしいと思った。レクトール殿下が語る先にある未来が、何も見えなかったんだ。まるで、そう……太陽に燃やし尽くされたかのように」
「あら、ずいぶんと詩的ね。その恐ろしさの中に、あなたは何を見たの?」
「だから何も、いや……そうか、あれは、先が読めなかったのは、その先に……僕が存在していないということか? でも、なぜだ。僕はレクトール殿下を信じているのに、これはおかしい」
グロリアンサ侯爵家の魔法で、先が見えないということは、以前の人生と同じように、ルシアンはきっと……レクトールの手で、滅ぼされるのかもしれない。
「……ねぇ、私ならあなたのその疑問について、答えを出せると言ったらどうする?」
だから、これは賭けだ。
今から伝える言葉が、私の想像通りなら、ルシアンは間違いなく、グロリアンサ侯爵家が滅びる未来を視るはず。
「……聞かせてほしい。僕は、いや……私は、グロリアンサ侯爵家の小侯爵として、見据えた先の真実を知らなければいけないんだと……思うから」
「いい心掛けね。なら、グロリアンサ侯爵家の魔法で、血縁を犠牲にしながら、私の言葉の先を見なさい。そして、心に刻むのよ……もちろんサフィー、あなたもよ?」
「う、うちも?」
「えぇ、ルシアン、サフィー……あなたたちは、このままだと滅びるわよ」
けれど、ルシアンの反応を見た瞬間。
私が彼に……どれだけ、残酷な言葉を投げかけてしまったのかを理解した。
苦しげに表情を歪めると、咄嗟にモノクルを外し、自らの目を手で覆い隠す。
「そ、そんな……バカな、グロリアンサ侯爵家が、滅びる? 信じられるわけが……いや、でもこれは——そ、そんなバカなことがあっていいはずがない!」
「ちょ、ルシアン!? ちょっと、どこに行くのさ! ねぇ!」
モノクル越しに、どのような可能性を見たのか。
ルシアンが椅子から立ち上がると、サフィーの制止を無視しておぼつかない足取りで、庭園から走り去っていく。
「……サフィー、ルシアンを追いなさい。今の彼にはあなたが必要よ?」
「う、うん。けど、フィー、追う前にこれだけは教えて? うちらが滅びるって、レクトールが、何かやるってことだよね?」
「……まだ確証があるわけではないけれど、そうね」
「そう……なんだ。そこまでのバカだとは思いたくはないけど、今は……その言葉だけで十分、じゃあ……うち、ルシアンを追うから!」
サフィーが椅子を後ろに倒しながら立ち上がると、去っていったルシアンを追いかけていく。
「……私って、最低ね」
本来なら、もっとルシアンとの信頼関係を築いてから伝えていれば、きっとここまで傷つけることはなかった。
そう思うと、私の行動に……嫌気がさした。




