第16話 狂い火の太陽
張り巡らされた蜘蛛の糸の中で、どう動けばこの状況から抜け出すことができるのか。
私なりに考えてみるけれど、どれも……現実的ではないことばかりで、盤面を覆すことができそうにもない。
「……それで? 秘密の話って、私たちと何を話すのかしら?」
「簡単なことだよ、オフィーリア……君が、愚弟にこの国の王位を継がせたいように、私にも私の目的があるということさ」
「目的……ねぇ。そこまで言うからには、重要なことじゃなかったら、椅子から蹴り落とすけど?」
「……これだから辺境の野蛮人は困るな、話が続かなくなるから黙っていてくれないか?」
レクトールはそう言うけれど、私からしたらサフィーが居てくれて良かったと思う。
彼女がいなかったら、今頃彼の策略に呑まれて、何もできなくなっていたかもしれない。
「秘密の話をしようと言ったと思えば、次は黙れ……ほんっと、自分のことしか考えてない男だねぇ」
「なんとでも言えばいいさ。……それで、本題に入るけれど、私の目的は簡単だよ、オフィーリア、ただ、君が欲しい、それだけなんだ」
「……たったそれだけの理由で? あなた、本当に気持ちが悪いわね」
「私がこの国の王位を継いだ際に、隣にいるにふさわしい女性が君しかいないんだよ」
まるで自分に酔っているかのように、言葉を紡ぐレクトールの姿に、思わず……椅子から立ち上がりそうになる。
けれど、ここで逃げ出してしまったら、それこそ……サフィーを一人にしてしまう。
「出会った時と変わらない、美しい白磁のような肌。夜空を映し込んだような群青の毛先、そして……銀糸のように光を集めて瞬く、星月のような銀の髪」
「……なんか始まったっすね」
「それだけじゃない、一度見たら忘れられない……薔薇色の瞳、たとえそれがリューネベルク公爵家の秘密のもと、青い薔薇によって作られるべくして作られた、完成された容姿だとしても、私の目を奪って……決して離さない」
まるで、演劇に出てくる王子様のように、どこまでも甘い毒のような言葉。
何も知らなければ、レクトールが本当に私を必要としているように見える。
けれど……違う、彼が欲しているのは——。
「レクトール? あなたが求めているのは、私じゃなくて……リューネベルクそのものじゃない。今のどこに、私がいると言うの?」
「いるさ……ここに、オフィーリアが私の考えを理解してくれたように、私も君の考えを理解できる。今はただ、少しだけ君の気持ちがそっぽを向いてしまっているだけさ」
「仮にそうだとしても、私はレクトール、あなたを選ぶことはもう……ないわよ? 私は私の意思で、道を選ぶと決めてしまったの」
ただ、私がこの言葉を伝えても、レクトールには届かないだろう。
彼に何があったのかはわからないけれど、私ではなく、私の形をした人形を求めている彼に、思いは届くわけがない。
「その言い方、やはり君は……秘儀に触れたんだね? 今ので確信ができたよ。なら、私が見たあの夢は、新たに紡がれた未来と共に、あり得たかもしれない可能性というわけか」
「……ねぇ、オフィーリア? このバカ王子は何を言ってるかわかる?」
「私もわからないわ……けれど、そうね。目の前にいるレクトールは狂っているとしか言えないわ」
どうやって……王家の秘儀の存在を知ったのか。
それに、レクトールの見た夢とは何なのか、私にはわからないことが多すぎて、目の前にいる彼から、目を離すことができない。
「狂っているとは酷いね。それで……私は、オフィーリアが秘儀に触れたことを仮定して、様々な方面から考えて、予想をしてみたんだ。何故君が選ばれたのか、私の考えを理解できるのか。そして、誰が、私も使い方を知らない王家の秘儀を使ったのかをね」
「……それで? 何かわかったのかしら?」
「アルフォンス、あの愚弟だろう? あり得たかもしれない未来で、アレが何かを見て、現実を変えるために、今のオフィーリアへと秘儀を施し、君は未来を知ったのだろう?」
けど、今のやり取りでわかった。
レクトールは、秘儀の存在を知ってはいても、その本質までは理解できてない。
私がそう、以前の人生で、どうして首を落とされたのか、どういう気持ちを抱いて、深淵から這い上がってきたのかも。
「私の推測ではこうだ。私はきっと、未来で選択を間違え、王家の人間が秘儀を使わざるを得ない状況になったのだろう。たとえばそう、グランツェルを滅ぼし、オフィーリアさえも犠牲にしてしまったとかね」
「……あのさ、聞いてて思ったんだけど、その妄想はいつまで続く感じ?」
「妄想、まぁ……サフィーラからしたら、そうだろうね。けれど、私とオフィーリアの間では真実なんだよ」
「まったく話にならないね。たとえそれが真実なのだとしても、独りよがりで一方的な思いを相手にぶつけるもんじゃないと、うちは思うけどね」
「仮にも王家の血が混ざっているというのに、私たちの関係を理解できないだなんて、心の底から同情するよ」
心の底から蔑むように、レクトールがサフィーを睨みつける。
「同情する? ふざけないでほしいっすね。本来なら、他国の間者をソルライト辺境伯家の目を欺いて、国に引き入れただけでも重罪なのに、どの口で言ってんだか」
「あぁ、さっき話したリディルのことだね。これは必要なことなんだよ、私が間違いを起こさず、そしてオフィーリアを生かすためにもね」
「……私のためだと言うのなら、そっとしておいてほしかったわね」
「それは無理な相談だよ。……いや、君のために隠さずに明かすよ。あの時の女隊長オリヴィア・リディル……初めは、彼女の裏にいる存在を利用するつもりだった」
レクトールの言葉で、リディルの裏にいる存在が脳裏に思い浮かぶ。
どこにでもいそうな地味な茶色い髪をした私の偽物、名前も知らない、誰かの姿が……。
「けれど、いざ会ってみて、何度か交流をするたびに思ったんだ。彼女もオフィーリアと同じ聡い存在だと、私を理解できずとも互いの理念のために手を取り合うことができるとね」
「あなた……その意味が、わかっているのよね?」
「もちろん、だから私は自分の意思で選んだんだよ。愛しい君の命を奪わずに、共に同盟国として繁栄する道をね」
そう言葉にすると、レクトールが椅子から立ち上がり、彼に気圧されて何も言えないでいる私たちを見て微笑みを浮かべる。
「そのために、私はこの国を変える。たとえその末に、多大なる犠牲が出ようとも……変化には痛みが伴うものだ」
「だ、だからって、あなた……」
「そのためなら、オフィーリア。私は君以外の全てを切り捨て、利用することもいとわない。たとえそれが、我がグランツェルを支えてきた五大貴族であってもだ」
「……その言葉、ソルライト辺境伯家への敵対表明として受け取っていいんだね?」
「敵対するとは言っていないさ、私を信じてついてくるのなら、同じように信用を返すだけさ。国のために必要な家を残すのは王の務めだろう?」
もしや、以前の人生で五大貴族を滅ぼさせたのも、そんなくだらない理由だったのだろうか。
ふと……そんな考えが脳裏に過ぎったけれど、私たちの返事を待たずに庭園から出て行ってしまった彼に、言葉を届けることができずに、重い静寂が場を支配した。




