第15話 陽の影る庭園
「——とりあえず、いつまでも広間にいるのもよくないから、場所を移そう。君たちもいたずらに注目を集めるのは好ましくないだろう?」
レクトールの提案に乗った私とサフィーラは、静かに頷くと、彼について広間から離れた。
そして、長い通路を抜けた先に、いつか見た思い出の庭園が姿を現す。
(……懐かしいわね)
以前の人生で、幾度となくレクトールと二人でお茶会を楽しんだ、王家のみが使える閉ざされた園。
汚れのない白い椅子もテーブルも、風景すらも……色褪せ、深淵に沈んだ記憶のまま、何も変わっていない。
「ここならどんなに騒いでも人の目はない。それに……互いの秘密を言い合うには、ちょうどいいと思わないかい?」
「私はそう思わないわね。今さら……あなたと話すようなこともないもの」
「酷い言い草だね。私はただ、愛しさのあまり恋焦がれてしまっているというのに」
まるで劇場の演者のように、芝居がかった言葉を紡ぎながら、庭園の椅子を引く。
そして、私に座るように優しく手招きをする……けれど。
「いやぁ、私のために椅子を引いてくれるだなんて、バカ王子にしてはいい心がけっすね」
「いくら言葉を繕おうとしても、育ちの悪さが表に出ていては台無しだと思うけどね。そもそも、私のことをバカ王子と呼ぶ非礼をまずは詫びるべきだと思うけど、違うかい?」
「詫びる必要なくない? 入学式で、まるで「私はこの国の在り方を変える。改革という名の革命をするんだー!」って、いかにもわざとらしく演説しちゃって、いやぁ恥ずかしい。うちだったらできないわー」
「……君にも、王家の血が入っている以上、この庭園に入る権利はあるが。あまりにも素養が無い。ソルライト辺境伯家も地に落ちたとはこのことだね」
二人が言い合っている間に、静かに椅子を引いて腰かける。
(こうしてみると、年相応の子供に見えるわね)
互いに嫌味の応酬をしている姿を見ると、レクトールにもまだ、年相応に幼さが残っているように見える。
「あんた、それ……うちが突き倒した時も、同じようなことを言ったっすよね。まさか、未だに根に持ってるんすか?」
「私が? 根に持つわけないじゃないか……適当なことを言わないでくれないか?」
「ふふ、あなたたちって、本当に仲がいいのね。まるで、姉弟のようで微笑ましいわよ?」
「……心外だね。いくらなんでも、それはオフィーリア……君だとしても、到底看過はできないよ」
「看過って、いやぁ……出来の悪い弟を持つと苦労するっすねぇ。これならアルフォンスの方が可愛げがあるっすよ」
アルフォンスと比べられた瞬間、レクトールの眉間に皺が寄る。
そして、彼らしくない仕草で音を立てて椅子を引くと、鋭い目つきで腰かけ、足を組んだ。
「可愛げ……か。それで理想を通すことができるなら、いくらでも演じて見せるさ」
「演じるのではなくて、本当のあなたを見せてほしいわね。少なくとも、本当に私を好いているのなら、できるはずでしょう?」
「これは……どうにも、君の前だと調子が狂ってしまうね」
「へぇ、あんたもそんな顔ができるんだ?」
今のレクトールが、どんな表情をしているのか……気になるけれど、何故か私と顔を合わせようとしない。
もしや、あり得ないとは思うけれど、照れているのだろうか。
「……そんなことより、バカ王子? フィーの秘密を知ってるみたいなことを言って脅してたみたいだけど、いったい何を知ったって?」
「それを君の前で言うわけにはいかないね。オフィーリアも、リューネベルク公爵家の秘密を誰彼構わずに知られたくないだろう?」
「別に? サフィーに聞かれて困るようなことだったら、私が同行を許すわけがないじゃない」
とはいえ、彼女にリューネベルク公爵家の秘密を知られるのは、本音を言うなら避けたい。
青薔薇の毒のことや、私の身体のこと、そして……レクトールも知らないであろう、王家の血が流れていることすらも。
「……なら、話を変えようか。どうして私が、リューネベルク公爵家の秘密を知ったかなのだけれどね。リディル、そう……君も会ったことがある女隊長を覚えているかい?」
「あら、名前を知ることができるくらいに、親密な関係になったのね。うらやましいわ……それで? その、リディルさんがどうしたのかしら?」
「つれないね。アルフォンスでさえ、当時のことを胸に刻んで、剣をずっと持っているというのに、オフィーリアは知らないふりをするのかい?」
「あら、誰がいつ、知らないと言ったかしら? 論点をずらさないでちょうだい。私は、あなたがあの時の誘拐犯と、そこまで仲良くなったことに嫌味を言ってることが……わからないの?」
サフィーが面白そうに私たちのやり取りを見ているけれど、私からしたら……この状況は面白くない。
ただでさえ、女隊長のことを思い出して気分が悪いのに、レクトールから聞かされれば、更に機嫌が悪くなるのは当然だ。
「ふふ、わかっているよ。ただ、愛しいオフィーリアの反応を見たくて、つい遊んでしまっただけさ」
「それだとまるで、好きな子をいじめて遊ぶ嫌な奴っすね」
「サフィーラ、君は黙っていてくれないか? ……それで、リディルが言うには、リューネベルク公爵領を出る際に、リューネベルクの血縁を連れ去ったらしくてね」
「レクトール、あなた……今言ったことの意味をわかっているの?」
すると、再び視線を鋭くしたレクトールが、妖美な笑みを浮かべて、テーブルの上に肘をつく。
「もちろん、わかっているさ。君も知りたいだろう? リューネベルクの血縁が誘拐されたというのに、何故領内で問題にならずにいるのか。そして、君のためにリディルと接触した私が、なぜ青い薔薇の秘密を知ったのかも」
「そこまで言うのなら聞かせてもらおうじゃない。けれど……そうね、内容次第で——」
話しながら、白銀の毛先を指でちぎる。
そして、魔力で先端を鋭くして指に刺し、自身の血を完全な毒へと作り替えていく。
「青薔薇の毒が、今ここであなたの胸を貫くわ」
「おや、怖いじゃないか。サフィーラ、見たかい? これがオフィーリアの、いや、リューネベルクの異常性だよ。ためらうことなく、息をするように毒を扱う……君が親友だと言う彼女が、怖くないかい?」
「いんや? どんな秘密があったとしても信じるのが、親友ってもんじゃないっすか」
「はは、話にならないね。けれど……そう、私と同じ化け物の本性を出した君の姿が、わかってはいたけれど、愛おしく……そして、狂おしいほどに恋焦がれてしまうよ。やはり……オフィーリア、君は君だけは、私の月だ」
一本の毒針へと姿を変えた髪を、レクトールが愛おしげに触れる。
「君の毒に侵されて果てるというのなら、悔いはない。けれど、本当にいいのかい? 感情的になってリューネベルク公爵家の魔法を使い、私を殺めたら……君の目的である、愚弟を王にする計画は不可能になるよ?」
「……この状況で脅すというの?」
「脅しなんかではないさ、何の後ろ盾もないアルフォンスは、君がいないと王になれない。私を殺して君の立場が危うくなったら、次の王位継承権は誰に移ると思う? 第三王子か? それとも、他国に嫁ぐ予定の第一王女か? こう言えば、何を言いたいのかわかるだろう?」
「本当に嫌な人。そうやって自分の存在すら、盤面を動かすための駒にするだなんて、正気じゃないわ」
「はは、正気でいられなくしたのは君だよ……オフィーリア、君の存在が私を、いや、僕をどこまでも狂わせて、そのたびに理解してくれるのだと、心が震えるんだ」
このままだと、レクトールの異常性に呑まれて、私の盤面が崩れてしまう。
そう思い、毛先にしみ込んだ青薔薇の毒を、ちぎれた毛ごと空気に溶かす。
「そこまで言うのなら、私はレクトール……あなたを殺さないわ。だって、アルフォンスのために、必要なのでしょう?」
「……ふふ、わかってくれて嬉しいよ。それじゃあオフィーリア、あと不本意だけどサフィーラ、僕たちだけの秘密の話をしよう」
そう言葉にしたレクトールの背後に、幾重にも張り巡らされた……蜘蛛の糸が見えた気がした。




