第14話 盤上の青薔薇
エステラの紹介が終わった後、これといって何があるわけでもなく、入学式は静かに終わった。
「レクトール殿下……あの方は危険だ。それはわかっている、だが……俺の立場が許さない」
ラインハルザが苦しげにそう呟くと、いつの間にか腕に強く抱きついているリゼの身体を優しく引きはがす。
そして、壇上の向こう側で校長と話をしているレクトールを無言で見つめた後、広間から出て行ってしまう。
「ねぇ、アルフォンス? あなたは……その、大丈夫なの?」
「俺は……大丈夫、それよりもオフィーリア、俺は君の方が心配だよ。まさか兄上が、あのようなことを言うとは思わなかったからさ」
「私は問題ないわ。王都であのような噂が流れていた時点で、こうなることはもう……予想はしていたもの」
とはいえ、あの場でそこまで強硬的な手段に出るとは思わなかった。
それだけじゃない、以前の人生よりも……確実に歪んでいる。
(……私が、レクトールの隣にいないから?)
まさか、たったそれだけのことで、彼の人生がここまで変わったというのだろうか。
とはいえ……仮に、私が原因だったとしても、同じ選択をしようとは思わない。
「でも、酷いですよね。正式な婚約が決まっているわけでもないのに、皆の前であんなことを言うだなんて、私がお嬢様だったら今頃、頭を引っぱたいてますよ」
「リゼ、気持ちは嬉しいわよ? けど……ここで言葉にするには、あまりにも物騒だから、やめておきなさい」
「あ、そ……そうですね」
広間に残っている生徒は、だいぶ少なくなってきたとはいえ、あの演説でいったいどれほどの生徒が、レクトール側についてしまったのかわからない。
そんな状況で、リゼの失言を許してしまったら……それこそ、レクトールの思う壺だ。
「……そうだね。さすがにこの場では、俺も……リゼットさんを助けることはできないから、気を付けてほしい」
「……わかりました。けど、それならなおのこと、ここから早く出ませんか? 今日は入学式が終わったら帰るだけですよね?」
「そうね。ぜひそうしましょう……と、言いたいところだけれど、そうもいかないみたいよ?」
話を終えたレクトールが、校長と握手を交わすと、広間に残った生徒たちに手を振りながら、こちらへと近づいて来る。
「アルフォンス、一つだけ……私からのお願いを聞いてくれるかしら?」
「……なんだい?」
「あなたがもし、この国のことを思うのなら、リゼを連れて安全なところに行ってほしいの」
この場に今のリゼを残すよりも、今はアルフォンスに任せて、レクトールから離したほうがいい。
(……レクトールが、盤面を乱す駒を場に残すわけがないもの)
「オフィーリア……君は、本当にそれでいいのかい? 兄上とは関わりたくないんだよね?」
「本音を言えば、話すらしたくないわ。けれど……ここで逃げてしまったら、さらに面倒なことになるでしょう?」
「そういうことならわかった……けど、無理はしないこと、いいね?」
「ふふ、気持ちは嬉しいけれど、手紙でのやり取りで伝えたように、私はあなたに王位を継がせたいの……そのためなら、無理の一つや二つ、押し通してみせるわよ」
反応に困ったように笑みを浮かべたアルフォンスが、リゼをエスコートするかのように、彼女の手を取る。
「お嬢様……私、専属なのに側にいられなくて、ごめんなさい」
「気にしないでいいわ。リゼはしっかりとやってくれているもの、だから……私が認めるあなたを誇りに思いなさい」
「は、はい!」
「まったく、声が大きいわよ? これじゃあ……せっかく声を潜めて話しているのに、意味がないじゃない」
「あ……そうでした。じゃあ……お嬢様、先に行ってますね」
リゼと共に、広間から離れていくアルフォンスを見ながら思い出す。
彼に王位を継いでほしいと、手紙で伝えた時の返事を。
(自分は王の器ではない……ね。)
初めはそう断られはしたけれど、今は違う。
王都で流れ始めた噂、そして……レクトールが、自らの意思で関わると決めた、あの時の女隊長。
それらの要因が合わさったおかげか、皆に望まれるのならという条件で、私の思いを受け止めてくれた。
「やぁ、オフィーリア……久しぶりだね」
「……そうね」
けれど、そんな私の考えを知ってか知らずか、笑顔を浮かべたレクトールが親しげに話しかけてくる。
「君が王都に来てからというもの、何度もリューネベルク公爵家の屋敷に顔を出したのに、会えなかったから……寂しかったよ」
「あら、そうなの? それは、悪かったわね。私も私で……忙しかったのよ」
「どうして忙しかったのか、聞いてもいいかい? 私の知る限りでは……王都に君の知り合いや、友人はいないはずだろう?」
「嫌な人ね。王都であなたが知らないことはないでしょう? わざわざ、あのような噂を流してまで、私を盤面に乗せようとしたじゃない」
彼の思い描いたシナリオ通りなら、王都に流れている噂を聞いた私が、屋敷に来た王家の馬車に乗り、二人だけの空間で抗議をしていたはず。
少なくとも、今の私が……以前の記憶を持っていなかったら、間違いなくそうしていたと思う。
(……私がレクトールと接触していたら、それこそ婚約の噂が事実として知れ渡って、鳥かごの鳥になっていたでしょうね)
「さすがだね。君が王家と婚約するという噂を流したのが私だとわかっていて、こうして話してくれるだなんて、嬉しいよ」
「あら、嫌味をそのまま返すの? それに……先ほどの挨拶という名の、改革演説もいやらしいわね。貴族学校の生徒は盤面の駒ではないのよ?」
「心外だね。私は心の底から、この国を変えなければならないと思っているだけだよ。オフィーリア……我が父は、グランツェルという国を維持する力はあるが、ただそれだけの王だ。だからこそ、誰かが動かなければならない」
「あら、国を維持して守ることができるだなんて立派じゃない。五大貴族をまとめ上げ、リューネベルク公爵家の当主であるお父様と友人関係だなんて、凄いことだと思うわよ?」
とはいえ、レクトールの言うこともわからなくはない。
以前、お父様も言っていたように……変化がない国は弱くなり、やせ細っていく。
アルフォンスに王位を継がせた後も、改革は必要になる……けれど、血塗られた道を歩ませたいとは思わない。
「仮にそうだとしても、変化もなくただ停滞し続けるのは……本当に国として正しいのか。君は……どう思う?」
「知らないわよ。そういうのはね……実際に王位を継いでから考えるべきではなくて?」
「ここまで、私と対等な立場で話そうとしないだなんて酷いな。私はオフィーリア、いや……リューネベルク公爵家の秘密を知ったうえで、提案しているというのに」
「レクトール……あなた、今、とても聞き捨てならない言葉を言ってくれたわね?」
「はは、やっと……私を見てくれたね」
ただでさえ、私たちが話をしているだけでも、周囲の注目を集めてしまう。
それだけじゃない、リューネベルクの秘密をどこまで知っているのかはわからないけれど、ここで話されるわけにはいかない。
(……やられた。盤面がもう、完成しているじゃない)
「……まさか、あの薔薇と君にあのような秘密があるだなんて、思ってもみなかったよ」
私の手を取り、周囲に聞こえないように耳元で甘く囁く。
「……私と同じ、誰にも理解されない君が、美しいだけではなく可憐な毒でもある。知れば知るほど、恋焦がれてしまうよ」
「そう? けど……そうね。一方的に好意を寄せるのは構わないけれど、初恋は実らないのよ? 残念だったわね」
レクトールの手を両手で包み込む。
そして……周囲から視線を集めるなか、わざとらしく満面の笑みを浮かべ。
「レクトール殿下? 久しぶりにお会いできて積もる話もありますし、私とお茶でも致しませんこと?」
「おや、君から誘ってもらえるだなんて嬉しいね。じゃあ、ひとけのない場所でゆっくりとしようじゃないか」
ここにいるよりは、危険だとわかっていても……今は場所を移したほうがいい。
そう思いながら、広間から出ようとした時だった。
「ちょっと……レクトールのバカ王子じゃん。うちの親友をさ、勝手に連れて行こうとするの、やめてくれない?」
唐突に現れたサフィーがレクトールの肩を掴むと、私たちの間に入り、触れていた手を振りほどいた。
執筆サポートAIのプロンプト及び、倫理コードの設定面を弄るメンテナンスを行っている最中なため、今回は冒頭の500文字以降はAI補助なしでの投稿となります。




