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昏き深淵のオフィーリア~婚約破棄の末に処刑された公爵令嬢は、二度目の人生をやり直す~  作者: 物部 妖狐
第二章 青薔薇と黄昏の少女

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第13話 片割れの太陽が灯す理想

 一瞬、レクトールと目が合った気がした。

 初めは勘違いかもしれないと思った……けれど、違う。

 穏やかな笑みを浮かべながら、細めたまぶたの隙間から私を見ている。


「えぇ、これからグランツェルが誇る貴族学校に入学する諸君らを代表し、双子の太陽の片割れ、レクトール殿下に挨拶をしてもらおうと思う!」

「紹介していただいた、レクトール・アウグスト・フォン・グランツェルです。本来であれば、私のような男よりも、見目麗しい女性の方が皆の目の保養となったと思うが、今日のところは……心苦しいが容赦してほしい」


 レクトールの言葉を聞いて、広間に笑い声が響く。

 それだけじゃない、彼が現れただけで、周囲の雰囲気がいくらか和らいだ気がした。


「あ、あの! レクトール殿下にはご婚約者がいるとの噂を小耳に挟みましたが、それは……事実なのですか?」


 瞬間、広間に集まった子女の誰かが、声を張り上げる。

 まるで……この時のために、作られた脚本のように。


「はは、君、今は挨拶の時間だよ? けど……そうだね。まだ、婚約はしていないけれど、好意を抱いている人はいる……かな」


 レクトールが再び、視線を私へと向ける。

 そして、柔らかい笑みを浮かべると、静かに手を振った。


「とはいえ……王都で噂になっているのもそうだが、私がこの国の王位継承権一位である以上、自ずと察する者もいるだろう」


 彼の言葉と共に、周囲が騒がしくなっていく。


「もしや、五大貴族の令嬢が?」

「いや、僕はグランツェルの月、リューネベルク公爵家だと聞いたよ」

「それはあくまで周囲が広げている噂だろ? 俺の予想が正しければ、五大貴族でもリューネベルク公爵家でもなくて、他の上級貴族じゃないか?」


 レクトールの言葉に、各々が自分の予想や、王都に流れている噂に対する独自の見解を口にし始める。


「私は……王族の立場がある以上、自分の意思で婚約者を選ぶことはできない。だが、王家の人間としては失格だとわかっている……けれど、貴族学校に通っている間、好意を抱いている令嬢以外を、次期王妃として選ぶ可能性もある」


 まるで周囲に見せつけるように、指先を私へ向ける。


「今、最も次期王妃に近いと噂されている、我が国唯一の公爵家、私が思いを寄せているリューネベルクのオフィーリア嬢だけじゃない。地方を治める男爵や子爵、辺境伯、それに伯爵、侯爵家の令嬢たちも、全員がそうだ」


 わざとらしく、下級貴族から順に爵位を……まるで、台本を読み上げるかのように言葉にしていく。


(……まずいわね。いくらわざとらしくても、このまま演説が続いたら場の雰囲気に呑まれる人が出てくるわ)


「私の言葉に矛盾を感じることだろう。けど、目を閉じ、耳を澄まして考えてみてほしい! 生まれや地位だけで未来が限られていいのか? 自身が好意を抱いた相手と共にあれないのは辛いはずだ。私は……今の国の不平等を正したいと思っている!」

「そ、そうだ! 俺だって、以前……お茶会で出会った、上級貴族のご令嬢に想いを寄せている! 生まれや地位だけで想いを告げられないだなんて、あまりにも残酷が過ぎる!」

「そうよ! 私も……身分が違う、相手の家格が下だというだけで、どうして離されなきゃいけないの!?」


 まるで、いつか見たかのような……つまらない三文芝居だ。

 レクトールの言葉につられたかのように、声を張り上げている子女たちのうち、いったい……何人が、彼の派閥の人間なのだろうか。


「だが、不平等を正すには……今の私は無力だ。だから、私はこの貴族学校で皆と学び、競い合う中で、信頼できる仲間や、味方にはなれずとも、同じ志を持つ同志と縁を結んでいきたいと思っている」

「……兄上、いったいなにを?」

「アルフォンス、おまえもそうだ。双子の太陽と呼ばれ、王位継承権は私が上だが、実際には同位で、共に競い合う仲でもある」


 思わず言葉が漏れてしまったアルフォンスへと顔を向け、優しげに手を差し伸べる。


「……おまえが、この国の王になったとして、どのような夢を見て、未来を描く? そして、国をどう導いていく?」

「お、おれは——」

「言い淀むな。王とは国を造り、先導するものだ……私には、このように思い描く理想、そして正したいものがある」


 どうして、入学の挨拶でレクトールが好き勝手しているのを止めないのだろうか。

 そう思い、校長の方に視線を向けるが、まるで気にしていないとでも言いたげに、素知らぬ顔で椅子に腰かけ、何やら……見知らぬ少女と言葉を交わしている。


(……校長も、レクトール側なのね)


 とはいえ、誰もがレクトールの言葉に耳を真剣に傾けているわけではない。

 遠くで不機嫌そうに眉をひそめているサフィー。

 聞きたくないと言いたげに、耳を塞いでいるクラリッサ。


「……すまない、少しだけ熱くなってしまったね。ただ、私の思いは伝わったと思う。けど、私もこのように感情的になって、自分を抑えられない一人の人間なんだ」


(わざと弱みを見せることで、相手に安心感を持たせる人心把握術の一つじゃない……しばらく見ない間に、ずいぶんと歪んだわね)


 とはいえ、何も知らない相手からしたら、この演説は効果的だ。

 現に、大半の生徒が親しげな視線を向けている。

 その中でただ一人、頷きながらもサフィーの隣で、目を細めて首をかしげているルシアンを除いて……


「今はまだ未熟で、このような矛盾を抱える私も……貴族学校で皆と等しく成長していきたいと思う。長くも短い三年となるが、共にグランツェルを支える柱になれるよう、切磋琢磨していこう!」


 声を張り上げた後、静かに頭を下げたレクトールが壇上から降りると、校長の元へと歩いて行く。

 そして、彼の隣にいる少女へと手を差し伸べ、椅子から立ち上がらせる。


「レクトール殿下、グランツェル王家に恥じぬ立派な挨拶でした。では、次に今年から、我が貴族学校に隣国から受け入れることになった留学生の紹介をする」


 レクトールに手を引かれ、壇上に上がった金糸の刺繍が入った黒いドレスを身にまとった少女が、静かに顔を上げる。

 どこにでもいそうな地味な茶色い髪と瞳が、私の視線と絡み合う。


「隣国エスペライザの第三王女、エステラ・ルチア・フォン・エスペライザ……です。魔法を失った国の生まれではございますが、この度、レクトール殿下のご好意で、かねてより望んでいた留学を許可していただきました」


 おずおずとドレスの裾をつまみ、周囲の様子を窺いながら、静かに膝を折る。


(エステラ、私の記憶とは違って、だいぶ早く……来るのね)


 本来であれば、今から二年後に隣国との交流を図るために、グランツェルの国王と隣国の王との間で取り決めが行われ、貴族学校に留学してきたはずの少女が、今……私の前にいる。

 けれど、当時とは何かが違う。あの時も今も、どこか何かにおびえているように見える彼女の目には、まるで私への羨望が宿っているような気がした。

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