第12話 忠義の剣と少女の手
リゼとアルフォンスの元へ近づく際に、ラインハルザの視線を感じたけれど、あえて気付かないふりをする。
ここで過剰に反応して、不審な行動をしているとは思われたくないし、何よりも問題を起こす必要はない。
「あら……アルフォンス、久しぶりね。まさか、ここで会えるなんて思わなかったわ」
「オフィーリア、俺もだよ。ここは人が多いから、見知った顔には会えないかもしれないと思っていたんだけど、リゼットさんが声をかけてくれてさ」
「あら、リゼットが? それは……まぁ」
私の専属ながら、ラインハルザの視線を気にせずに動けるのは……すごいと思う。
それこそ、言葉を着飾らずに素直にそう感じるほどに。
(私が、あの刺すような視線を向けられたら、間違いなく……睨み返してしまうもの)
リゼのことだから、気付いていないのだろうけれど、彼が引きはがそうとしないのを見る限り、アルフォンスに対して敵意がないと判断したのかもしれない。
「……お嬢様?」
「あぁ、いえ……なんでもないわ。少しだけ、リゼはすごいなと、そう思っただけよ?」
「私がすごい、ですか? もう、そんなの当たり前じゃないですか。だって、お嬢様の専属ですよ?」
「ふふ、そうね。あなたは私の……私だけの専属だもの、当然で当たり前だったわね」
とはいえ、私がアルフォンスのところへ来てしまった以上、話は別だ。
王都で、リューネベルク公爵家の令嬢が王家と婚約をしている噂が流れている。
ラインハルザからしたら、レクトール派の可能性がある私が近くにいるのだから、警戒をするなという方が難しいだろう。
「はは、相変わらず仲が良いんだね」
「そうね。……それより、アルフォンス? 聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら?」
「聞きたいこと?」
「……えぇ、あれなのだけれど、いつからあそこにいるの?」
そう言葉にしながら、視線をラインハルザへと向ける。
「あぁ、彼なら大丈夫だよ。俺たちと同じ新入生だけど、立場に縛られてる……だけだからね」
「ん? アルフォンス殿下、いったい誰の話をしてるんですか?」
「誰のって、あそこにいるラインハルザのことを、いや……リゼットさん?」
「ちょっと、リゼ。あなた、ちょっと止まりなさい、あぁ……これは無理ね」
小走りにラインハルザの元に駆け寄ったリゼが、彼と一言、二言と言葉を交わす。
そして、半ば強引に腕を掴んで――
(……あなた、少しは自重しなさい!)
そんな思いなど知らずに、私たちの元へと無理矢理、連れてきてしまった。
「お嬢様! アルフォンス殿下! お二人が気にしていた方を連れてきましたよ!」
「き、君っ! 俺は職務の最中だと言ったのに、酷いじゃないか!」
「え? 職務と言っても、アルフォンス殿下を見守ってるだけですよね? それなら、近くにいればいいと思いますよ?」
「それだとレクトール殿下の方に、何か問題が起きた時に動きづらいだろ? 君の気持ちは嬉しいけれど、俺はここに友達を作りに来たんじゃないんだ。だから、勘弁してくれよ」
グランツェルの国を内側から守る忠義の剣。
ナイトロード侯爵家の跡取りであるラインハルザからすれば、リゼの行いは到底、受け入れられるものではない。
かといって、私からすればいつまでも監視されているのも、気持ち的には落ち着かないものがあった以上、彼女の行動を頭ごなしに叱ることはできない。
「……私の専属が、悪いことをしたわね」
「そう思うのなら、彼女を止めてくれ……その青薔薇の紋章を見る限り、君はリューネベルク公爵家の令嬢だろ? 自らの従者をしつけるべきだと俺は思うぞ?」
「それはそうね。……けれど、彼女はこれでいいの。私にはできないことができるのだもの」
「……言っている意味がわからん。アルフォンス殿下、これはいったいどういうことですか?」
眉間に皺を寄せて、私のことを睨みつけるラインハルザを落ち着かせるかのように、アルフォンスが柔らかい笑みを浮かべる。
「リゼットさんは庶民の生まれだけど、立場や生まれを越えて、二人は仲がいいんだよ。まるで……俺とラインハルザのようにさ」
「……いえ、ですが。それとこれとは話が違います」
「あら、何が違うの?」
「貴族と庶民の間には明らかな差がある。守るべき民であれど、それ以上になることは難しいかと」
という割には、いまだに腕をリゼに掴まれているというのに、振りほどこうとはしない。
(貴族としての体面を気にするのなら、すぐにでも距離を取ればいいじゃない)
これではまるで、リゼに気があるのではないかと、周囲に勘違いされてもおかしくない。
もしや、守るべき民であるから、言葉とは裏腹に守ろうとしているのだろうか。
そう思うとまるで、うら若き令嬢が好む、貴族と庶民の立場を超えた恋物語を謡う演劇のように見えて、少しだけ微笑ましい。
「ふふ、言っていることと、自身の行いが、かみ合っていないのは面白いわね」
「……なんだと? アルフォンス殿下。本当にこの方がレクト……いえ、王家と婚約なされる方なのですか?」
「ラインハルザ、噂は噂だよ。君も、それはわかっているだろ?」
「ですが……いえ、そうですね。噂を鵜呑みにするほど、俺も頭は固くないつもりです」
「君ならそう言うと思ったよ」
彼の反応を見ている限り、どうやらレクトールが流した噂を鵜呑みにはしていないのかもしれない。
そうでなければ、あのような言葉は出ないはずだ。
(たしか……私の記憶が違っていなければ、ラインハルザ個人はアルフォンス派だったわね)
あの頃も、今も……理由はわからないけれど、彼はアルフォンスと親しげにしていた……とは思う。
けれど最後には、ラインハルザがナイトロード侯爵家を継いだ後、レクトールに対して疑念を抱いたのが原因で……滅びることになった。
「そういえば、オフィーリアに彼のことを紹介してなかったね。彼はナイトロード侯爵家の小侯爵——」
「アルフォンス殿下、自己紹介は俺が自分でやります。ラインハルザ・レイド・フォン・ナイトロードだ、リューネベルク公爵家の令嬢の名前を聞いてもいいか?」
当時のラインハルザが、どうして刃を向けたのかはわからない。
けれど……今の姿を見ると、レクトールがなぜ彼を嫌っていたのか、その理由が分かるような気がする。
(……直接言葉にはしないけれど、めんどくさいわね)
職務と立場に忠実で、けれどプライドが高く生真面目な性格。
レクトールからしたら、側に置きたくない相手だろうし、状況次第では国のために、王族にすら剣を抜くラインハルザ。
盤上の駒として使おうにも、リゼと同じくらいに制御が難しい相手な以上、たとえ疑念を抱くようなことがなくとも、いずれ……滅ぼされてはいたはずだ。
「上から目線ね。まぁいいわ、虚勢を張る忠犬は嫌いじゃないわよ? 私の名前は、オフィーリア・ローゼ・フォン・リューネベルク。言っておくけれど、あなたよりも家格は上よ?」
「……わかっているさ。けれど、貴族学校において、家格は重要ではないはずだ」
「あら、そうは言うけれど、ここは良縁を結ぶ場でもあるのよ? まさか、グランツェルの柱、五大貴族のナイトロード侯爵家ともあろうものが、家格の低い相手と婚姻でもするつもりなの?」
「そ、それは——」
「はは、オフィーリア、どうかラインハルザをいじめるのは、これくらいにしてあげてほしい。この通り不器用な人なんだ」
別にいじめているつもりはなかったけれど、アルフォンスに言われたなら……ここは引き下がった方がいい。
「そう? ならやめてあげるわ。でも、そうね……アルフォンス? あなたと彼の関係って何なのかしら?」
「関係か、現ナイトロード侯爵の妹が王家に入って、俺と兄上の母親になったんだ。つまり……従兄弟ということになるかな」
「へぇ、そうなの?」
「そうなんだ、それで……小さい頃は、二人で剣の稽古をしたり、騎士の真似事をして遊んだりとかしてね。今思い出しても懐かしいよ」
「アルフォンス殿下、その話は……その、どうかご容赦ください」
気恥ずかしそうにそっぽを向いたラインハルザが、なぜか助けを求めるかのように私を見る。
(……なんで私を見るのよ)
「はは、じゃあ……容赦してあげるついでに、ラインハルザ? 一ついいかな」
「……はい」
「君はいつまで、リゼットさんに腕を掴まれているつもりだい? これではまるで、彼女に気があるように見えてしまうよ?」
アルフォンスがいたずらを仕掛ける子供のように笑みを浮かべて、ラインハルザの肩に手を置く。
その瞬間、ハッと我に返ったかのように、腕を掴みながらにやけているリゼに顔を向けて——
「あ、い、いえ、これは! 君、離してくれ!」
と焦ったように、振りほどこうとするけれど、リゼがさらに強くラインハルザの腕にしがみつく。
「別に私はこのままでも大丈夫ですよ? ほら、庶民と騎士の関係って憧れちゃいますし」
「庶民と貴族では立場が違うんだ。憧れるのは構わない、でも……それは君のためにならない。わかってくれ!」
「お嬢様、ラインハルザ様って生真面目ですけれど、面白い人ですね」
「……そうね」
仮にリゼの憧れが形になったとしても、貴族と庶民では……一緒になることは難しい。
けれど、ラインハルザを完全にアルフォンス側にするには、二人の仲を取り持つのも必要かもしれない。
(まぁでも、リゼの気持ち次第だから、無理強いはできないわね)
そう思った瞬間、広間の雰囲気が変わった。
気配がした方向に振り向くと、そこには——
「……レクトール」
貴族学校の校長と共にレクトールが中央の壇上に現れると、静かに手を上げて微笑みを浮かべた。




