第11話 一堂に会す
入学式が行われる広間に着くと、遠くにアルフォンスと、何やら楽しそうに話しているリゼの姿が見えた。
(……それにあそこにいるのは)
リゼとアルフォンスを見守るように、人混みに紛れて白髪の少年が二人を見つめている。
「……あれは、ナイトロード侯爵家のラインハルザね」
王家を守る剣がいるということは、近くにレクトールもいるのかもしれない。
そう思って、周囲の様子を窺うけれど、彼らしき姿を見つけることはできなかった。
(……わかってはいたけれど、五大貴族は全員いるようね)
この中で、私が容姿を知っているのは、サフィーにルシアン、それとナイトロード侯爵家の跡取りだけ。
残りの二家に関しては、会ったことすらない。
「まぁ、でも……ここは以前とは違って、だいぶわかりやすくなったわね」
以前の人生とは違って、それぞれの衣装についている紋章のおかげで、誰がどこの家門の人間か、一目でわかるようになっている。
グランツェルの飢饉を未然に防いだ報酬として、レクトールの案が貴族学校の制度に追加されたものらしい。
おかげで迷わずに済むのは助かるけれど、彼が有能さを見せれば見せるほど、私の立場は厳しいものになっていく。
「……嫌な視線」
まるで人を値踏みするかのような、いや……道具を視るかのような。
嫌らしい視線を感じて振り向くと、白衣の下に質素なドレスを着た、紫色の髪。
そして……ハチミツのように甘ったるい色の、眠たげな瞳。
スコルピナ子爵家の紋章を胸につけた令嬢の姿があった。
(……今はまだ、関わり合いにはなりたくないわね)
視線をずらそうとするたびに、体ごと動いて視界の中に入ってくるのが、本当に鬱陶しい。
私が距離を取ろうとしているのが、わからないのだろうか。
「あらぁ……わたしぃ、嫌われちゃったのぉ?」
目の前にいる相手から、眠たげな声が聞こえたような気がするけれど、ここで反応をすれば、相手の思う壺だ。
「無視しないで? わたしぃ、ユフィール・ベティ・フォン・スコルピナ……ベティって呼んで? リューネベルク公爵令嬢様?」
「オフィーリア・ローゼ・フォン・リューネベルクよ。これでいい? 私はもう行くから、視界に入ってこないでちょうだいね」
「あらあら……まぁ、また今度、ゆっくりお話ししましょうねぇ?」
「そう。でしたら次は、正式な場に呼んでちょうだい。お茶会の作法くらい心得ているでしょう?」
「ふふ、その時はぁ……二人きりで、じっくり、ゆぅっくりとお話し、しましょうねぇ?」
できれば、関わるのは遠慮したいけれど、相手が五大貴族である以上、そうは言えない。
(……相手はグランツェルが誇る、薬学と毒の権威、紫毒のスコルピナ。彼女を味方にすれば、リューネベルクが秘匿する青薔薇の毒のことを、知られる可能性がある)
「そういえば、リューネベルク公爵令嬢様? あなたぁ……とても甘美で、美味しそうな毒の香りがするわよぉ? まるで、花のようねぇ」
ユフィールから離れて、リゼとアルフォンスの元へ行こうとした瞬間。
背後から……あまりにも不穏な声がした。
「――あなた、もしやとは思うけれど、リューネベルクと敵対するつもり?」
振り向きざまに、ユフィールに声をかける。
けれど、先ほどまでそこにいたはずの彼女の姿がない。
まるで初めからいなかったかのように、わずかに輝く魔法の残滓だけを残して——
(……やられたわね。私の前に魔法で作り上げた幻影で話しかけるだなんて、失礼にもほどがあるわ)
スコルピナ家が生み出した魔薬の光と、すり潰した草のような匂い。
どのように精製しているかはわからないけれど、組み合わせ次第で、様々な効果があるらしい。
それこそ、薬としてではなく、毒にもなる魔薬として……。
「あ、あの……ずっと、立ち尽くして、だ、大丈夫、です……か?」
「魔薬で、この私の目や耳を騙すだなんて、本当に嫌な子ね」
「嫌な子!? あ、い、いや……ご、ごめんなさい!」
「……え?」
いつの間に近づかれていたのか。
声がした方向に視線を向けると、若草色の髪に、丸い眼鏡。
その奥に見えるすみれ色の目を潤ませた少女が、佇んでいた。
(……この紋章は、フロライト伯爵家ね)
特徴的な緑色のドレスの胸元、本と羽ペンが刺繍された紋章。
それだけで、目の前にいる少女が誰か、すぐにわかった。
「あの……嫌な子って言ったのは、あなたのことではないのよ?」
「で、でも、声をかけたのは、わ、私で……あの」
「それは……えぇ、勘違いさせてしまって、ごめんなさいね? 私はオフィーリア・ローゼ・フォン・リューネベルクよ。心から謝罪をするわ……だから、そう、あなたのお名前を聞いていいかしら?」
「わ、私は、クラリッサ・セレス・フォン・フロライト……です。名前は、覚えないで、いいです。だって、家格が、ち、ちがいます、から」
クラリッサは家格が違うとは言うけれど、五大貴族は例外だ。
たしかに伯爵である以上、公爵と比べたら下ではあるけれど、グランツェルが誇る柱は、爵位だけでは測れない。
リューネベルクに並びはしなくとも、近い位置にいるのだから。
(まさかとは思うけれど、王家と婚姻が認められるほどの家格があるのに、クラリッサには……自覚がないの?)
「そう? あなたはグランツェルが誇る五大貴族の一柱、国の財政を管理する先見のフロライト伯爵家でしょう? もっと、自分に自信を持ちなさい」
「あ、で……でも」
「それに、私は名前を覚えたわよ? クラリッサ、とても素敵な名前ね。私は好きよ?」
とはいえ、目の前にいるのは、この国の財務を管理するフロライト伯爵家の跡取りだ。
今はグロリアンサ侯爵家を、こちら側に引き入れるために、交流を深める余裕がない……けれど。
一つだけ、そう……彼女の末路を知っているからこそ、その一つだけは、確実に指摘しておかなければ、取り返しがつかないことになる。
「あ、あの――」
「それじゃあ、私はもう行くわね? あぁ、でも……クラリッサ? あなた、そのドレスを着るのはやめて、そう……他の色のものにした方がいいわ」
「オ、オフィーリア様?」
「……いいわね? これはあなたのことを思っての言葉よ。今はまだ、わからないとは思うけれど、聞いてもらえると嬉しいわ」
そう言葉を残して、自分のドレスに触れながら首をかしげているクラリッサから離れる。
(……あのドレスは、死の緑だもの。このまま着せ続けるわけにはいかないわ)
私の記憶と違わなければ、あの色は……今から数年後、国内外を問わず、多くの死者を出す。
幸いなことに、グランツェル内で被害にあった者は少なかったけれど、当時……貴族学校の生徒であったクラリッサが亡くなり、フロライト家では跡取りが不在になるという出来事があった。
(……魔法を持たない隣国が作った特別な染料で、物珍しさに買い求める一族が多かったのよね)
死の緑のおかげで、当時のフロライト家を滅ぼすのは、五大貴族の中で最も容易だった。
けれど……今回は違う。
私の言葉が少しでも、彼女のためになるのなら……未来は変えられるはずだ。
「……入学初日だというのに、来て早々に疲れた気がするわね」
五大貴族の子女や、双子の太陽、そして……リューネベルク公爵家の令嬢である私。
そんな、グランツェルの重鎮である大貴族が一堂に会する入学式で、気疲れをしないわけがない。
(そう思うと、前の人生でのレクトールには……少しだけ同情するわね)
私を彼らに会わせないようにしていたとはいえ、そのための努力を想うと、同情せざるを得ない。
けれど……今の私は違う、自分の人生は、自分で選ぶことがもうできるのだから。
そう思いながら一人、微笑みを浮かべると、リゼとアルフォンスの元へと歩みを進めた。




