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昏き深淵のオフィーリア~婚約破棄の末に処刑された公爵令嬢は、二度目の人生をやり直す~  作者: 物部 妖狐
第二章 青薔薇と黄昏の少女

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第10話 困惑の庭園

 まさか、ここでサフィーラに会うとは思わなかった。

 とはいえ……この状況は最悪だ。


「うちの親友に付きまとうなんて、あんた……何者?」

「何者とは失礼だね。あなたこそ、その服装はなんだい? その……目のやり場に困る」

「はぁ? ここで服装って、うちをどんな目で見てるんすか?」


 ルシアンからすれば、腰回りが露出したドレスを着ているサフィーラに戸惑うのは当然だ。

 私はもう、こういうものだと思っているけれど、彼からしたらそうではない。


「やめてくれ、あなたに近づかれると……その、本当に困るから」

「……おんや? あんた、人のことを見た目で判断するんすか? 酷い男っすね」

「別にそんなわけじゃない。ただ、その……あなたも貴族学校の近くにいるということは、貴族なのだろう? ならわかるはずだ」

「いやぁ、わからないっすねぇ。こうすれば……うちにもわかるっすかね?」


 サフィーラがルシアンに近づくたびに、彼も後ろに下がりながら、徐々に正門の方へと押されていき、そのままくぐっていく。

 その様子を見ていると、先ほどの馬車の中での出来事との温度差がありすぎて、風邪を引いてしまいそうだ。


(……これはいったい、なんなの?)


 半ば呆れながら、人の姿がまばらになってきた正門から広い庭に入る。


「なんだかよくわからないけれど、性格的な相性は……いいのかもしれないわね?」


 以前、リゼに聞いたことがあるけれど、庶民の世界では、男よりも女の方が強いらしい。

 特に家庭内において、夫を自らの尻に敷けるくらい強かにならないと、子育てが難しいと言っていたけれど、たぶん……これが、そういうことなのだろう。


「いや、初対面なのに、それは……違う気がするわね」


 入学初日だというのに、広い庭の真ん中で言い争っている二人を見ると、あながち間違ってはいないような気がする。

 とはいえ、今の彼はまだレクトール側の人間だ……サフィーには悪いけれど、後は彼女に任せて、私からは関わり過ぎないほうがいい。


「……はぁ? あんたが、ルシアン? まじっすか」

「あ、あなたが……サフィーラ? そんな……バカな」


 けれど、この状況で……関わらないという選択肢を取れる人が、何人いるだろうか。


(サフィーラが、間に入って助けてくれたのに、私だけ知らないふりをするのは……ね)


 とはいえ、ここで必要以上に目立ってもいいのだろうか。

 サフィーラの服装だけでも、周囲の視線を集めてしまうというのに、そこに……私まで加わってしまったら?

 ただでさえ、私の容姿も……リューネベルク公爵家の血筋は、魔法の力もあって特徴的だというのに。


「あなたたち、入学初日なのに……なんで、人前で痴話喧嘩をしているの?」

「ち、痴話喧嘩ってなにさ! うちはフィーちゃんを守るために、がんばってるんすよ!」

「こちらこそ、心外だね。私もまさか、ソルライト辺境伯家のご令嬢が、ここまで破廉恥な服装をしているとは、思ってもいなかったよ」

「ほんっと、ひどい言い草。仮にもグロリアンサ侯爵家に嫁ぐかもしれない女っすよ? 仲良くしようとは思わないんかねぇ」

「そ、それならまずは、二人きりでお互いのことを知る時間を作るべきだと、私は思うんだけどね!」


 いったい私は、何を聞かされているのか。

 いや……本当にこの二人を止める必要があるのだろうか。

 なんだか、それすらも……よくわからなくなってきた。


(お互いに墓穴を掘って、痴話喧嘩が悪化するくらいなら、そのまま……地の底まで埋まってしまえばいいのに)


 とは思うけれど、少しばかり……二人がうらやましい。

 以前の人生で……私は、レクトールとぶつかるようなことはなかった。

 相手を立て、自身は数歩後ろに控えて、貴族の子女としては恥じない行動をしてはいたと思う。

 けれど、サフィーのように自分の感情に素直であれたなら、偽物に立場を奪われるようなことは、なかったのではないだろうか。


(二人を見ていると、ありえざる未来を考えてしまうわね。過ぎ去った時間だというのに、これではまるで、あの頃に未練があるみたいで……情けない)


「あなたたちね。こんなところで、いつまでも醜い言い争いをしてないで……いい加減、校舎に入ったらどう? このままだと、私たち入学式に参列すらしない、非常識な人間だと言われて、家名に泥を塗ることになるわよ?」

「……そ、それは」

「いやっすね」


 言い争いをやめると、寸分たがわずに、二人がこちらに振り向く。

 その姿を見ていると……嘘偽りなく、お互いに相性がいいように見えて、なんだか微笑ましい。


「あら、あなたたち、意外と息が合っているじゃない。きっと、いい夫婦になれるかもしれないわよ?」

「はは、オフィーリア様、それは……嫌味ですか?」

「そうっすよ。どちらかというと相性が悪くて、喧嘩になってるだけだから」

「……そうだね。いくら君が、服装はともかくとして、とても健康的でかわいらしいとはいえ、性格の相性は重要だよ」

「か、かわ……あんた、なにを!?」


 ルシアンの言うように、サフィーは健康的でかわいらしいとは思う。

 日に焼けた肌と、白い素肌の腰回り、それだけじゃない……赤銅色の髪を馬の尾のように結っている姿は、同性の私から見ても魅力的だ。


「何をって、私は相手を褒めるときは素直に褒める男だからね。……外交ではいくらでも嘘はつくけれど、私的な場では嘘はつきたくないんだ」

「だからって、あんた。人前で何を考えてるんすか? まったく……興が削がれたっすね。今回は……特別に許してあげる」

「なら私も、此度の非礼を詫びさせてもらうよ。……ひどい言葉を投げかけてしまって、悪かったね」

「上から目線っすねぇ。そんなんじゃ女の子に嫌われるっすよ?」

「……覚えておくよ」


 目の前で、仲睦まじい姿を見せつけられるのは、反応に困る。

 けれど……先ほどとは違い、お互いに笑っているのを見るかぎり、今はこれでいい気がする。


「……ほら、喧嘩が収まったのなら、校舎の中に入るわよ?」

「それもそうっすね。あ、けど、その前に聞きたいんだけど……いい?」

「ん? サフィー、何かしら?」

「フィーちゃんは、ルシアンと馬車の中で……何をしていたんすか? 一応、うちの婚約者だから、気になるんだけど?」


 ……まさか、彼女に私たちのことを視られているとは思わなかった。

 つまり、サフィーがあの状況で、間に入ってきたのは……守ろうとしてくれただけじゃない。


(私とルシアンの間で、何があったのか……直接聞きたかったのね?)


「……あぁ、それ? サフィーの親友だと知ったルシアンが、あなたのことを知りたかったみたいでね?」

「う、うちのことを……?」

「えぇ、それなら静かな場所で話そうって、私が誘って馬車の中に入っただけよ。ルシアン、そうでしょう?」

「……そうだね。婚約者の親友は、私からしても大事な友人だから、仲良くなりたいと思ってね」

「へ、へぇ……そうなんすか。なんだか、悪い気はしないっすね」


 サフィーには悪いけれど、ルシアンをこちら側に引き入れるために、馬車の中のことを話すわけにはいかない。

 今は必要以上に関わらないことにしたとはいえ、ここは彼に貸しを作った方がいい。


「でしょう? よかったわね。ルシアン?」

「……そうですね。あの、ありがとう……ございます。」

「あら? お礼だなんて、何のことかしら? ほら、さっさと中に入るわよ」


 綺麗な言葉で人を惑わすレクトールと、行動で信用を得ようとする私。

 どちらが真に信じられる相手かは、ルシアンならわかるはず。

 そう思いながら、二人に視線を向けると、入学式に遅れないように小走りで広間へと向かった。

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