第10話 困惑の庭園
まさか、ここでサフィーラに会うとは思わなかった。
とはいえ……この状況は最悪だ。
「うちの親友に付きまとうなんて、あんた……何者?」
「何者とは失礼だね。あなたこそ、その服装はなんだい? その……目のやり場に困る」
「はぁ? ここで服装って、うちをどんな目で見てるんすか?」
ルシアンからすれば、腰回りが露出したドレスを着ているサフィーラに戸惑うのは当然だ。
私はもう、こういうものだと思っているけれど、彼からしたらそうではない。
「やめてくれ、あなたに近づかれると……その、本当に困るから」
「……おんや? あんた、人のことを見た目で判断するんすか? 酷い男っすね」
「別にそんなわけじゃない。ただ、その……あなたも貴族学校の近くにいるということは、貴族なのだろう? ならわかるはずだ」
「いやぁ、わからないっすねぇ。こうすれば……うちにもわかるっすかね?」
サフィーラがルシアンに近づくたびに、彼も後ろに下がりながら、徐々に正門の方へと押されていき、そのままくぐっていく。
その様子を見ていると、先ほどの馬車の中での出来事との温度差がありすぎて、風邪を引いてしまいそうだ。
(……これはいったい、なんなの?)
半ば呆れながら、人の姿がまばらになってきた正門から広い庭に入る。
「なんだかよくわからないけれど、性格的な相性は……いいのかもしれないわね?」
以前、リゼに聞いたことがあるけれど、庶民の世界では、男よりも女の方が強いらしい。
特に家庭内において、夫を自らの尻に敷けるくらい強かにならないと、子育てが難しいと言っていたけれど、たぶん……これが、そういうことなのだろう。
「いや、初対面なのに、それは……違う気がするわね」
入学初日だというのに、広い庭の真ん中で言い争っている二人を見ると、あながち間違ってはいないような気がする。
とはいえ、今の彼はまだレクトール側の人間だ……サフィーには悪いけれど、後は彼女に任せて、私からは関わり過ぎないほうがいい。
「……はぁ? あんたが、ルシアン? まじっすか」
「あ、あなたが……サフィーラ? そんな……バカな」
けれど、この状況で……関わらないという選択肢を取れる人が、何人いるだろうか。
(サフィーラが、間に入って助けてくれたのに、私だけ知らないふりをするのは……ね)
とはいえ、ここで必要以上に目立ってもいいのだろうか。
サフィーラの服装だけでも、周囲の視線を集めてしまうというのに、そこに……私まで加わってしまったら?
ただでさえ、私の容姿も……リューネベルク公爵家の血筋は、魔法の力もあって特徴的だというのに。
「あなたたち、入学初日なのに……なんで、人前で痴話喧嘩をしているの?」
「ち、痴話喧嘩ってなにさ! うちはフィーちゃんを守るために、がんばってるんすよ!」
「こちらこそ、心外だね。私もまさか、ソルライト辺境伯家のご令嬢が、ここまで破廉恥な服装をしているとは、思ってもいなかったよ」
「ほんっと、ひどい言い草。仮にもグロリアンサ侯爵家に嫁ぐかもしれない女っすよ? 仲良くしようとは思わないんかねぇ」
「そ、それならまずは、二人きりでお互いのことを知る時間を作るべきだと、私は思うんだけどね!」
いったい私は、何を聞かされているのか。
いや……本当にこの二人を止める必要があるのだろうか。
なんだか、それすらも……よくわからなくなってきた。
(お互いに墓穴を掘って、痴話喧嘩が悪化するくらいなら、そのまま……地の底まで埋まってしまえばいいのに)
とは思うけれど、少しばかり……二人がうらやましい。
以前の人生で……私は、レクトールとぶつかるようなことはなかった。
相手を立て、自身は数歩後ろに控えて、貴族の子女としては恥じない行動をしてはいたと思う。
けれど、サフィーのように自分の感情に素直であれたなら、偽物に立場を奪われるようなことは、なかったのではないだろうか。
(二人を見ていると、ありえざる未来を考えてしまうわね。過ぎ去った時間だというのに、これではまるで、あの頃に未練があるみたいで……情けない)
「あなたたちね。こんなところで、いつまでも醜い言い争いをしてないで……いい加減、校舎に入ったらどう? このままだと、私たち入学式に参列すらしない、非常識な人間だと言われて、家名に泥を塗ることになるわよ?」
「……そ、それは」
「いやっすね」
言い争いをやめると、寸分たがわずに、二人がこちらに振り向く。
その姿を見ていると……嘘偽りなく、お互いに相性がいいように見えて、なんだか微笑ましい。
「あら、あなたたち、意外と息が合っているじゃない。きっと、いい夫婦になれるかもしれないわよ?」
「はは、オフィーリア様、それは……嫌味ですか?」
「そうっすよ。どちらかというと相性が悪くて、喧嘩になってるだけだから」
「……そうだね。いくら君が、服装はともかくとして、とても健康的でかわいらしいとはいえ、性格の相性は重要だよ」
「か、かわ……あんた、なにを!?」
ルシアンの言うように、サフィーは健康的でかわいらしいとは思う。
日に焼けた肌と、白い素肌の腰回り、それだけじゃない……赤銅色の髪を馬の尾のように結っている姿は、同性の私から見ても魅力的だ。
「何をって、私は相手を褒めるときは素直に褒める男だからね。……外交ではいくらでも嘘はつくけれど、私的な場では嘘はつきたくないんだ」
「だからって、あんた。人前で何を考えてるんすか? まったく……興が削がれたっすね。今回は……特別に許してあげる」
「なら私も、此度の非礼を詫びさせてもらうよ。……ひどい言葉を投げかけてしまって、悪かったね」
「上から目線っすねぇ。そんなんじゃ女の子に嫌われるっすよ?」
「……覚えておくよ」
目の前で、仲睦まじい姿を見せつけられるのは、反応に困る。
けれど……先ほどとは違い、お互いに笑っているのを見るかぎり、今はこれでいい気がする。
「……ほら、喧嘩が収まったのなら、校舎の中に入るわよ?」
「それもそうっすね。あ、けど、その前に聞きたいんだけど……いい?」
「ん? サフィー、何かしら?」
「フィーちゃんは、ルシアンと馬車の中で……何をしていたんすか? 一応、うちの婚約者だから、気になるんだけど?」
……まさか、彼女に私たちのことを視られているとは思わなかった。
つまり、サフィーがあの状況で、間に入ってきたのは……守ろうとしてくれただけじゃない。
(私とルシアンの間で、何があったのか……直接聞きたかったのね?)
「……あぁ、それ? サフィーの親友だと知ったルシアンが、あなたのことを知りたかったみたいでね?」
「う、うちのことを……?」
「えぇ、それなら静かな場所で話そうって、私が誘って馬車の中に入っただけよ。ルシアン、そうでしょう?」
「……そうだね。婚約者の親友は、私からしても大事な友人だから、仲良くなりたいと思ってね」
「へ、へぇ……そうなんすか。なんだか、悪い気はしないっすね」
サフィーには悪いけれど、ルシアンをこちら側に引き入れるために、馬車の中のことを話すわけにはいかない。
今は必要以上に関わらないことにしたとはいえ、ここは彼に貸しを作った方がいい。
「でしょう? よかったわね。ルシアン?」
「……そうですね。あの、ありがとう……ございます。」
「あら? お礼だなんて、何のことかしら? ほら、さっさと中に入るわよ」
綺麗な言葉で人を惑わすレクトールと、行動で信用を得ようとする私。
どちらが真に信じられる相手かは、ルシアンならわかるはず。
そう思いながら、二人に視線を向けると、入学式に遅れないように小走りで広間へと向かった。




