第8話 翠玉の素顔
「それで? こんなところにまで、私を連れ込んで……何をするつもりなのかしら?」
「……誤解を招くようなことを言わないでほしいな。それこそ、本当に悪い噂が立ってしまうじゃないか」
「あら、先ほどとは口調が違うじゃない? もしかして、女性と二人きりになったら強気になる、嫌な男なの?」
ルシアンが困ったように笑みを浮かべ、やり場がなさそうに指を握ったり解いたりを繰り返す。
その姿は貴族ではなく、年相応な少年のようで……見ていて、面白い。
「はは、さっきも思ったけれど……オフィーリア嬢は手厳しいね。これでは、せっかく密室に二人きりになったのに、どちらが蛇に睨まれた蛙かわからないよ」
「あら、オフィーリアでいいのよ? だってあなたは……私の友人の婚約者なのだから」
「……さっきから気になっていたのだけれど、あなたはもしかして、サフィーラ嬢と面識があるんだね」
「グロリアンサ侯爵家のことは、うちに任せて」——サフィーラはそう言っていたはずなのに、どこか申し訳なさそうにしている彼を見ると、まだ会うことすらしてなかったらしい。
「そうよ? 王都に来てから真っ先に出会って、今では唯一無二の親友よ?」
もしかしたら……貴族学校で、ルシアンと会うつもりだったのかもしれない。
そう思うと、彼女には申し訳ないことをしてしまったような気がするが、こうなってしまった以上、もう……仕方がないだろう。
「……親友。あぁ、どうやら僕は、関わる相手を間違えてしまったみたいだ」
「今さら後悔しているの? まったく、公私を分けるのは構わないけれど、初対面相手に態度を崩し過ぎではないかしら?」
「別に、これくらいいいじゃないか。常にお堅い態度をとっていたら、それこそ……心が疲弊して枯れてしまうよ」
「グロリアンサ侯爵家の人間はもっと、お堅いと思っていたけれど……違うのかしら?」
「外交の場ではしっかりとするさ。それに関しては、さっきも言った通りだよ」
とはいえ、ルシアンの言葉を全て鵜呑みにするわけにはいかない。
彼のことだから、素を見せているように見せかけて、実はこちらの情報を得ようとしている可能性がある。
そう思うと、ここで警戒を解くのは……危険だ。
「それで? いったい何を話したいのかしら?」
「あなたが先ほど言い当てた、我が家門の魔法……どれくらいまで、情報を得ているのか、聞かせてもらってもいいかな」
「……知ってどうするつもり? まさか、私がリューネベルクと知って尚、口止めをしようという魂胆かしら」
「まさか、私があなたを害してしまったら……グロリアンサとリューネベルクの間に大きな溝を作って、取り返しがつかなくなってしまう。そんなことは勘弁したいね」
「あら、思った以上に冷静ね。それなら……あなたの魔法で視てみたらいいのではなくて?」
ここでルシアンが私の挑発に乗って、魔法を使ってくれたなら……どこまでの未来を視ることができるのかを知ることができる。
とはいえ……私の知っているグロリアンサ侯爵家が、そんな簡単なことに乗っかってくるとは思えない。
「その挑発に乗って魔法を使ってしまったら、それこそ……あなたの思う壺だと思うけどね」
「……慎重なのね。けれど、だからこそグランツェルの柱の一角、外交侯爵家、翠玉のグロリアンサとも言えるわね」
「はは、まるで……こちらが逆に先を視られているようで、恐ろしささえ覚えるよ」
「それって、私もレクトール殿下のように恐ろしいと言っているのかしら?」
「レクトール殿下は……そうだね。触れることができない太陽で、あなたは底の見えない水底のような感じだね」
これはまた、ずいぶんと私に対して、過大な評価をしているように感じるけれど、きっとこれは、死に戻り前の知識を生かしているから……かもしれない。
以前の私のままだったら間違いなく、ルシアンの前でここまで会話をすることができなかっただろう。
「あら、ずいぶんと……レクトール殿下に対する評価が辛辣なのね。グロリアンサ侯爵家の派閥的に、よくないのではなくて?」
「……まぁ、よくはないだろうね。しかも、このことを婚約者の君からレクトール殿下に伝えられてしまったら、僕の首が飛びかねないよ」
「あら、私は婚約者ではなくてよ?」
「たしかに僕は、レクトール殿下から、あなたが次期王妃だと聞いたのだけれど?」
どうやらレクトールは、私が王都に来るまでの間、噂を流すだけではなく、五大貴族、いや……この場合は、レクトールの派閥に与する貴族に対して根回しをしていたらしい。
(……ずいぶんと勝手なことをしてくれたわね)
それなら、庶民街でアルフォンスに再会した時の行動にも納得がいく。
私が逃げてきたと知った時に、兄上と言いかけていたのは……こういうことだったのだろう。
「……どうやら、訳ありなようだね」
「そうよ? 私とレクトール殿下との間には、かなり複雑な事情があるの。それに……ふふ、どちらかというと私は、アルフォンス殿下の派閥よ?」
「これは、二人きりになる相手を間違えたかもしれないな」
連れ込み宿で見せたサフィーラの反応とそっくりで、思わず笑みがこぼれてしまう。
二人はまだ、一度も会ったことがないとはいえ、似た者同士なのかもしれない。
「あら、あなたもそのようなことを言うの?」
「それは……いったい?」
「サフィーラと似た者同士で、お似合いの婚約だと思っただけよ?」
「……さらに意味がわからないな」
「あら、ここは喜ぶところではなくて? それとも、意味がわからないっていうのは、魔法で先を見てもなお、理解ができないということかしら」
グロリアンサ侯爵家の魔法があれば、私の言葉の意味を理解できるはずだ。
けれど、この反応を見る限り……こちらを警戒して使っていないのか。
それとも、使う余裕すらなくなってしまっているのか、どちらにしろ……行動の意味がわからない以上、気を引き締めた方がいい。
「いや、あなたの前で……我が家門の魔法は使ってはいないよ。これ以上、こちらの情報を渡すわけにはいかないからね」
「あら……残念。けれどもう、ある程度はわかっているのよ? グロリアンサ侯爵家の魔法は、使えば使う程に、片方の目の視力を失っていくのでしょう?」
「……どうしてそれを?」
「余裕な態度が崩れているわよ? それではもう、認めているようなものじゃない。ルシアン? あなた……グロリアンサ侯爵家の跡取りとしては、未熟が過ぎるのではなくて?」
私の言葉を聞いた瞬間、ルシアンが静かにモノクルを外す。
そして目を閉じると、何かを察したかのように……目に涙を浮かべてうつむいてしまう。
(……な、なんなの?)
あまりにも、私には理解が追い付かない状況に、思わず次の言葉が浮かばない。
もしかして……言い過ぎてしまったのだろうか。
「これは……無理だ。ごめん、僕の負けだ……あなたが言うように僕は未熟で、小心者なんだ、だから……これ以上、いじめないでほしい」
「あ、あら?」
「サフィーラ嬢とお似合いだって言われたのは嬉しい、けど……僕なんかとは釣り合わないし、本音を言うとリューネベルク公爵家だなんて、格上な相手と話すこと自体が怖いんだ」
「なら……なんで、馬車に連れ込んだのよ」
「そ、それはほら、同じレクトール殿下の派閥なら貴族学校に入っても仲良くなれるかなって、だから……友達が欲しいなと思ってさ」
以前の人生で私に見せた、僅かな情報からこちらの手を読んで、確実に次の一手を打ってくるグロリアンサ侯爵家の跡取り、いや……冷徹な小侯爵の姿は、ここにはない。
これでは本当に、年相応の少年のようで、開いた口が塞がらなくなってしまった。




