第6話 私たちの秘密会議
「……あぁ、もう! 聞かなきゃよかった!」
「もう、聞くって決めたのはあなたじゃない」
「それはそうなんすけど、内容が思っていた以上に重すぎじゃないっすか!」
枕に顔をうずめながら、声を抑えるサフィーラを見て、思わずため息が出る。
……どこまで話せばいいのかわからなくて、死に戻り前のことは話さないとしても、二年前の出来事は全て伝えた。
けれど、反応を見る限り……よくなかったのかもしれない。
「まぁ、重いですよねぇ。けど……サフィーラ様? この話を聞いて、どう……思います?」
「……まぁ、レクトールのことは気に入らないっすけど、表面上は完璧でも、その後の行動が気持ち悪いっすね」
「ですよねぇ。最初は……レクトール殿下も素敵な人だなって……あの時は思ったんですけど、使用人や私を屋敷から追い出して、弱っているお嬢様に近づくだなんて……」
「けど、結果的に人払いをしてくれて良かったとは思っているのよ? レクトールが部屋から出る姿を誰かに見られていたら、今よりも最悪な状況になっていたもの」
当時はまだ、色を知る歳ではなかったとはいえ、王家と貴族の子女が密室で二人きりとなったら……今、王都で広がっている噂も真実となっていただろう。
けれど、私がアルフォンスのことを気にしているのを知って、あの場では引いてくれたおかげで、彼もまだ盤面を固めきれてはいない。
「それで? サフィー、あなたは……こちら側に来てくれるのかしら?」
「言い方が卑怯っすねぇ。ここまで聞いて、やっぱりうちは婚約者を裏切れないから、レクトール派だって言ったら、リューネベルクの令嬢として生かして……は、くれないっすよね?」
「あら、私がお友達に手を掛けると思っているの?」
「もちろん、思ってはないっすよ? けど、うちもソルライト辺境伯家の女っすからね。国境を守る手前、こういう時の政治的なやり取りに関しては……お父様から厳しくしつけられてるんだよね」
「……そういうところは、貴族然としているのね」
とはいえ、グロリアンサ侯爵家の現当主がレクトールの派閥にいるのは……危険だ。
ここでサフィーラをこちら側に引き入れることができたとしても、こちらの動きが筒抜けになってしまうかもしれない。
「まぁ、うちとしては……正直、表向きは裏切れないーとかって言うんすけど、個人的にはどうでもいいんすよね」
「……まぁ、前言撤回ね。あなたはやっぱり、貴族らしくないわ」
「うっわぁ、酷いっすね。けど……そんなところも?」
「ふふ、嫌いではないわね」
「うん、だよね」
微笑ましげに笑みを浮かべるリゼを横目に見ながら、サフィーラが私の味方になってくれることを知って、気持ちが和らいでいくのを感じる。
「あぁ、でも……フィーちゃんは、アルフォンスに王位を継がせるために……私たち五大貴族を全員、味方にするつもりなんだよね?」
「えぇ、そうよ? けど……グロリアンサ侯爵家は、現状だと厳しそうね」
「んー……やり方次第では、そうではないかも?」
「あら、それは……どういうことかしら?」
「現当主がレクトール派だとしても、うちの婚約者はそうじゃないかもって感じ。もし……フィーちゃんとアルフォンスと話す機会があったら?」
——その考えは持ってなかった。
グロリアンサ侯爵家といえば、グランツェルが誇る外交の要。
王家に対しても忠誠心が強い一族の中で、レクトールに違和感を抱いている者がいたら……どうだろうか。
それがもし、グロリアンサ侯爵家の跡取りだったとしたら?
(五大貴族を滅ぼした時に、一番苦労したのは……グロリアンサだったわね)
当時、僅かな情報からこちらの手を読んできたのには、何度も煮え湯を飲まされた。
最終的に、レクトールが設けた食事の席で、グロリアンサ侯爵家当主とその跡取りの料理に青薔薇の毒を混ぜ、暗殺することになったのは……今でも苦い思い出として残っている。
(レクトールには当時、リューネベルクの使用人たちが使っている毒慣らし用の薬を飲ませていたから、数日寝込む程度で済んだけれど、今思うと……自分すら駒にするのは狂気の沙汰ね)
「……けれど、グロリアンサ侯爵家には、相手の真意を見抜く能力があると聞いたことがあるわ」
「んー? あぁ、あれのことっすね。一応、婚約した時に一通りあちらの魔法については調べはしたっすけど、そんなに便利なものじゃないみたいだよ?」
「あら、ずいぶんと……都合よく知っているのね?」
「そりゃあ、いざ嫁入りしたはいいけれど、そこで不幸な目にあうとかあったら嫌っすからね。お父様には好きにしろと言われたから、ソルライト辺境伯家の力を使って調べてみたんすよ」
まぁ、そういう理由があるなら……知っていても違和感はない。
けれど……どうしてサフィーラはここまで、私に力を貸してくれるのだろうか。
(彼女のことだから、お友達だからとか……言いそうね)
「……それで? そこまで便利ではない魔法って、どういうものなの?」
「秘匿されてる代償に関してまではわからなかったっすけど、相手の言葉から少しだけ遠く? 断片的な未来を見れるとかそんな感じみたいだよ」
「それってなんか、卑怯じゃないですか? 相手の言葉から未来が見れるとか……なんでもし放題じゃないですか」
「……リゼ、そんな便利ではないと言っていたでしょう? たしかに強力だと思うけれど、強い力には大きな代償が必要よ? あなたも……私の専属ならわかるでしょう?」
けれど、サフィーラからの情報のおかげで、以前の人生で私の行動が読まれていたのか、わかった気がする。
それだけではない、魔法の代償も……私なら、いや、私だからわかる。
(……あの時に見たグロリアンサ侯爵家の当主は、片目が見えてなかった。それだけじゃない、歩く時も杖を使っていたわね)
推測でしかないけれど、未来を見通す代わりに片目の視力を失っていくのなら納得がいく。
「……そうですね。けど、私……思うんですけど、どうして貴族の方たちってそんなに危険な力を使うんですか?」
「そりゃあ……ね。フィーちゃん、わかるっすよね?」
「えぇ、私が、私たちが貴族として生まれた以上、持ちうる才能と能力の全てをもって、守るべきものを守る責任があるからよ」
「これは他所の国でもそうっすね。領主は領民を守り、貴族は庶民を導く義務があるっすから。まぁ……だからって、余程の理由がなければ、命まで削るような使い方はしないっすよ?」
「……そうね」
グランツェルの月である、私たちリューネベルクの者だけは別だ。
この国のためだと言われたら、そこまでなのだろうけれど……お父様が領地を継ぎ、毒の摂取量を個人の適性に合わせて管理するようになるまでは、青薔薇の毒を身体に取り入れ、徐々に馴染ませていく過程の中で、少なからず犠牲になっていく者たちもいた。
そう思うと……仄暗い世界だったのかもしれない。
「そういえば、サフィー? 少しだけ疑問に思うことがあるのだけれど、聞いてもいいかしら?」
「ん? 聞きたいことってなんすか?」
「あなた……どうして、ここまで私の味方になってくれるの?」
「え? そりゃあ、お友達だからっていうのもあるんすけど……そうっすね。アルフォンスのおかげで、レクトールのことがすっごい嫌いだったのを思い出したんすよ」
「ふふ、ずいぶん面白い動機ね」
ここまで打算なく感情で動かれると、もはや……信じるなという方が不可能だ。
(……私はサフィーラを信じてみたい)
本来なら、味方として抱え込むには危険かもしれないけれど、彼女なら大丈夫だろう。
私にはない行動力と、鋭い観察力がある以上……危ない橋を渡ることはないはずだ。
「うちは面白い女っすからね」
「えぇ、そうね」
「よしっ! だいぶ打ち解けることができたみたいっすし、今日の秘密の話し合いはここまで、後は……そうっすね。グロリアンサ侯爵家のことは、うちに任せて……貴族学校でまた会えるのを楽しみにしてるね」
「……そうね。私も楽しみにしてるわ」
ベッドから立ち上がったサフィーラと共に、連れ込み宿の部屋から出る。
そうして……しばらくした後、彼女が困ったように笑みを浮かべて振り向く。
「あぁ……ごめん、うちそういえば、お金……持ってなかったっす。フィーちゃん、ここのお金いい?」
「いいって……私も持ってないわよ? リゼ、あなたはどう?」
「あ、ありますけど、でも……足りますかね?」
部屋の代金を求められ、リゼの給金からお金を出してもらうことになってしまった。




