第5話 乙女と秘密の部屋
休める場所を聞いてきたとは言っていたけれど、これではまるで——。
「……連れ込み宿じゃない」
ベッドと椅子しかない簡素な部屋は、確かに休むにはちょうどいいかもしれない。
けれど……それでも、この場所はどうかとは思う。
「いやぁ、秘密の話し合いをするには良さそうな場所っすよね」
「良さそうって……あなたね。ここがどこかわかってるの?」
「え? 連れ込み宿っすよね?」
そんな、何を当たり前のことを言っているのか、という顔をされても困る。
「……王都ってすっごいですねぇ。リューネベルク公爵領には、こんなところなかったから、新鮮ですね。お嬢様もそう思いませんか?」
「そ、そうね。私もこのような形で入ることになるだなんて、思わなかったわ」
「んー……でも、周囲の音が聞こえないくらいに壁が厚くて、休める場所はここくらいっすよ?」
そう言葉にしながら、ベッドに腰かけるサフィーラを見ると、服装のせいか……大変いかがわしい姿に見える。
もちろん……私は好色家ではないけれど、この状況で意識をするなという方が、無理がある。
「フィーちゃんはどこに座るっすか? あ、もちろん……うちの隣でもいいっすよ?」
「……おかしいことを言わないでちょうだい。リゼ、そこの椅子に座るわよ?」
「は、はい……けど、これは何だか、皆でいかがわしいことをしてるみたいで、少しだけ緊張しちゃいますね」
このままだと、場の空気に飲まれてしまいそうだ。
そう思いながら椅子に腰かけるけれど、なんとなく……レクトールが、私にサフィーラを会わせなかった理由が、わかったような気がする。
(サフィーラは、リゼと同じで……盤面の駒にするには、動かしづらい人だもの)
リゼのように、制御ができないというわけではない。
けれど……自分の意思で、その場で判断して動き出す駒ほど……レクトールが嫌うものはないだろうし、何よりも彼女は王家の血を継いでいる、由緒正しい生まれだ。
リューネベルクのように、秘されているわけではない以上、必要以上に関わるのは立場的にも危ういだろう。
「よし、皆……座ったっすね。それで? フィーちゃん、休憩ついでにお話なんすけど、レクトールとの間に何があったか、教えてもらってもいい?」
「何がって、リューネベルク公爵家の話よ? ソルライト辺境伯家の人間が聞いて……得するようなことはないと思うけど?」
「何言ってるの? もう……友達なんだから、貴族社会の上辺だけで関わりを決めるような、冷たい関係ではないつもりだけど?」
「あなたって、本当に貴族らしくないのね。それだと……貴族学校で、家格に見合った相手を見つけるのに、苦労するのではなくて?」
損得勘定抜きで、私と関わろうとしてくれるのは……素直に嬉しいとは思う。
けれど……だからといって、貴族学校に通う意味を知らないわけではないはずだ。
(……貴族としての在り方を学ぶと共に、将来の伴侶を選ぶ場でもあることは……わかってる……はずよね)
私たちの年齢でいえば、数えて十二の歳から十五の歳までの貴族の子女だけが入ることを許される。
グランツェルが誇る、優秀な領主や国に仕える者を育てる学び舎。
在学が許される三年間のうちに、家格に見合う婚約者を選び、自身の領地に貢献するのも……私たちの務めだ。
「んー? 家格に釣り合う相手って言われても、うちにはもう……小さい頃に、お父様が選んだ相手がいるから大丈夫っすよ?」
「大丈夫って……失礼な物言いをしてしまうとは思うけれど、よく……相手が受け入れてくれたわね」
「まぁ……その時に色々とあって、最初は王家との婚約を望まれてたみたいだけど、ほら、あれっすよ」
「レクトールを突き倒したって、アルフォンスが言ってたわね」
さすがに……レクトールに対して暗い感情を抱いている私ですら、彼を突き倒そうとは思わない。
アルフォンスをこの国の王にして、隣にいるためには手段を選ばないとしても、自身の行いからくる影響はわかっているつもりだ。
「恥ずかしい話で……アルフォンス殿下に会うまで、どうでもいいこと過ぎて……すっかり忘れてたんすよね」
「どうでもいいってあなた、よくそれで……今も貴族の子女として扱われているわね。本来なら修道院に送られていても、おかしくなかったわよ?」
「まぁ、そこは……ほら、お父様が婚約者を見つけてくれたことで、婚約者のいない子女という扱いにはならなかったんだと、思うっすよ?」
「……人生の破滅から免れてよかったわね。それで、あなたと婚約している家格に合う貴族となると——」
公爵か、侯爵しかいない。
グランツェルに存在している上級貴族のうち、公爵家はリューネベルクだけ、侯爵家も指で数えるほどしかない。
(その中でも……五大貴族として数えられるソルライト辺境伯家に釣り合う家門となると、二つしかないわね)
「騎士侯爵? それとも……外交侯爵、かしら」
「んー、リゼちゃんはどっちだと思うっすか?」
「え? わ、私……ですか? えぇっと、あのお嬢様、そもそも私……騎士侯爵や外交侯爵って言われても、わからない……です」
「ナイトロード侯爵家と、グロリアンサ侯爵家よ。リゼ……あなた、リューネベルクで執事長から教養として習わなかったの?」
「えっと、聞き覚えはあるような気がするんですけど、何度か居眠りしちゃってたので……」
居眠り、たしかに……リューネベルクで私の世話をしてくれていた時も、何度か眠りそうになっていたような気がする。
その時は、執事長の教育で疲れているのだと思って、ベッドを貸して仮眠を取らせてはいたけれど、まさか……教養を学ぶ場で居眠りまでしていたとは思わなかった。
「正解は、グロリアンサ侯爵家っすね。……とはいっても、両家の間で決まっただけで、一度も顔を合わせたことがないんだよね」
「まぁ……貴族間ではよくあることね。けれど、サフィー? あなたはそれでいいのかしら?」
「別にうちはいいっすよ? どこの馬の骨かもわからない人や、気に入らない奴と比べたら、まだましって感じ」
とはいえ、ソルライト辺境伯家とグロリアンサ侯爵家の間に、婚約が成立しているとは思わなかった。
以前の人生で滅ぼしてしまったとはいえ、目の前にいる彼女の人生を壊してしまったという事実が、刃物のように……鋭く胸に突き刺さる。
「けど……本音を言うと、少しだけ困ったことになっちゃったって、今……気付いたんすよねぇ。ほら、グロリアンサ侯爵家の現当主はレクトール派だからね」
「……何を言いたいのかしら?」
「ほら、フィーちゃんは、アルフォンス殿下と手紙でやり取りしているみたいだし、それに……すっごい親密な雰囲気だったじゃないっすか。レクトールとの婚約の噂もそうだし、なんか色々と違うことが多いなって思って、困ってるんだよね」
たしかに彼女の立場からしたら、いくら友人として接していたとしても、私が……アルフォンス派だったら政敵になる。
そう思うと……困惑するのも当然だ。
「だからさ、フィーちゃん。さっきも言ったけれど、ここで秘密の話し合いをしよう。あんたとレクトールとの間に何があったのか、教えてくれるよね?」
「それは……」
「お嬢様、私はサフィーラ様にはお話をしてもいいと思いますよ? ほら、王都でできたお友達じゃないですか。信じてあげましょう?」
「リゼ、あなたがそこまで言うのなら……そうね。えぇ、サフィー、今から話すことは絶対に口外はしないでちょうだいね?」
サフィーラがまじめな表情で頷くと、静かにベッドの上で態勢を整える。
そして……静寂が訪れた室内で、リューネベルク公爵領で起きた出来事を伝えるために、少しずつ言葉を紡ぎ始めた。




