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昏き深淵のオフィーリア~婚約破棄の末に処刑された公爵令嬢は、二度目の人生をやり直す~  作者: 物部 妖狐
第二章 青薔薇と黄昏の少女

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第3話 青薔薇と王都の噂

 サフィーラを連れて、貴族街に繰り出したけれど、思いのほか……助かっている。


「ここの通りにあるお店は、貴族学校で講義が終わった後に、立ち寄る人が多いらしいんすよねぇ」

「……そう」

「それに、ここっ! 一見寂れているように見えるんすけど、中に入ると……なんとっ! とっても美味しい料理を出してくれる隠れた名店で、ここ最近、ついつい通っちゃってるんだよねぇ」


 彼女が言うには、王都に来てから、まだひと月も経っていないらしいけれど、その割には周辺の地理に詳しいように思える。

 さしずめ、持ち前の明るさと人懐っこさで、王都の人々と交流を重ねた結果だとは思うけれど、これは……私にはできない芸当だ。


(……少しだけ、うらやましいわね)


 身分の違いなど、初めから気にしていないかのように、リゼと二人ではしゃいでいるサフィーラを見ると、私もこうなれたらと思ってしまう。

 仮に、彼女のように振る舞ったとしても、その先にどう行動すればいいのかすら、予想することができない。


「もう、フィーちゃん。さっきから『……そう』ばかりっすけど、ちゃんと聞いてるの?」

「えぇ、ちゃんと聞いてるわよ。……そこが隠れた名店よね?」

「ほらぁ、やっぱり聞いてないじゃないっすか。そこは、貴族専門の靴屋っすよ?」

「……あら、そうなの?」


 お忍びだからと、私のことをフィーちゃんと呼び出した時は驚きはしたけれど、何度か呼ばれるうちに、それも少しだけ慣れた気がする。

 むしろ……サフィーラを見ていると、友人というのは、これくらいの距離感なのかもしれないと思うくらいだ。


(……以前の人生でも、サフィーラと出会っていたら、ソルライト辺境伯家を滅ぼそうとするレクトールの策に、異を唱えることくらいはできたのかしら)


 今になって過ぎ去った日々に想いを馳せても、何かが変わるわけでもない。

 それに……当時の私が、彼の行いに違和感を抱いた時には既に、国を支えてきた五本の柱が折れた後だった。


「大丈夫ですか? お疲れでしたら、どこかでゆっくりとお休みになった方が……」

「いえ、大丈夫よ。けど……そうね、たしかに少しだけ足が疲れた気がするわ」


 リゼの言うように、様々な思いが残る王都を見ているせいで、疲れが溜まっているのかもしれない。


「んー、なら……そうっすねぇ。どこか休めそうな場所、お忍びでってなると……あれ? なんでここに……」


 私のために休める場所を探そうとしてくれたサフィーラが、遠くを見るように目を細める。

 その先に何があるのかと、同じように顔を向けるけれど、私たちにはまだ何も見えない。


「ねぇ、フィーちゃん。このままだと、王家の馬車と鉢合わせになるみたいだけど、どうする? あんたが望んでくれたら、うちが逃がしてあげるけど?」

「……ここから見えるなんて、ずいぶんと目がいいのね」

「そりゃあ、ね。辺境に住んでいたら、嫌でも目が良くなるんすよ……で、どうする?」

「なら、馬車に誰が乗っているのかはわかる? そこから判断するわ」

「結構、無理を言うっすね。黄昏時ならできなくはないんだけど、まぁ……やってはみようかね」


 サフィーラがおもむろにスカートの内側へ手を入れ、筒状の道具を取り出すと、それを片目に当てて覗き込む。


「あ、あなた……今、何をしたかわかってるの?」

「うるさいっすねぇ。服装的に内側にしか、ポケットを付けられないんだよね」

「サフィーラ様、その筒状の物はなんですか?」

「これ? んー、遠くを見る用の道具。これで海の向こうを見ると、肉眼では見えない距離もわかるから、船の動きとかもわかりやすくて便利なんだよねぇ」


 サフィーラが、馬車の中の人物を教えてくれるのを待っている間に、リゼに連れられて近くのベンチに腰かけると、静かに息を吐く。

 仮に馬車に乗っているのがレクトールなら、遭遇する前に安全な場所に逃げてしまいたいけれど、もし……アルフォンスだったら、どうすればいいのだろうか。


(二年間、手紙でのやり取りを続けてきたとはいえ、顔を合わせるとなると、なんだか少しだけ……気恥ずかしいわね)


「金髪で……自分に自信がありそうな、傲慢な顔。ありゃあ、王子だとしても、うちは信用したくないタイプっすね」

「……それじゃ誰かよくわからないけれど? それに、口調が崩れているわ。仮にも辺境伯家の令嬢という肩書があるのだから、気をつけなさい」

「集中する時くらいは素が出ちゃうでしょ? それに……うちだって、公の場だったら、貴族のご令嬢らしい振る舞いはできるっすよ?」


 さすがに彼女に対して、小言を言い過ぎた気がする。

 そう思いながら、サフィーラの言葉から馬車にいる人物が誰か、想像してみる。


(金髪となると、レクトールだとは思うけれど、彼が……馬車の中とはいえ、王都の街中で人目がある状況で、自身の感情を表に出すとは思えないわ)


「いや、ありゃあ……傑物っすね。人が近くにいる時だけ、人を惹きつけるような笑みを一瞬で浮かべるだなんて、化け物かなんか? フィーちゃん。凄いのと婚約してるね」

「……婚約? 私が誰とですって?」

「誰とって、王都では噂になってるよ? グランツェルの王子とリューネベルクの姫が婚約するって、だから……お忍びで外に出てるんじゃないんすか?」

「……やられたわね」


 以前、レクトールに借りを作ってしまってから、いつかは何かをやるのではないかとは思っていた。

 けれど……まさか、王都に噂を流しているとは考えてもいなかった。


「どうやら、噂とは違って、だいぶ訳ありみたいだね……フィーちゃん、リゼちゃん。うちの後ろについてきて」

「……えぇ、リゼ。顔を見られないようにしながら、私の前を歩いたりとか……できる?」

「はい、おまかせください! しつじちょ……いえ、先生に教わった隠遁の術? っていうのを試すいい機会です」


 リゼが袖口から、一枚の布を取り出すと、自身の頭の上にかぶせて器用に髪を包んでいく。

 そして、あっという間に目深にフードを被ったようになると、ベンチに座っている私の手を取って立ち上がらせてくれる。


「……走ると逆に目立つから、ゆっくりと行くよ」


 王家の馬車が、近づいて来ていることに気づいたのか、足を止めた人々の視線が一か所に集まる。

 その間を縫うように進むサフィーラの後ろについて、リゼと共に歩いていくけれど、不思議なことに誰にも気づかれていない。


(……頼もしいわね)


 しばらくして、貴族街を抜けたのか。

 庶民の服に身を包んだ人々が行き交う通りに出る。


「へぇ、リゼちゃん……やるじゃん。ここまで気配を隠すのがうまいなら、辺境でもやっていけるよ?」

「ふふ、ありがとうございます。けど、私はお嬢様の専属なので、他所にはいきませんよ?」

「それは残念っす。フィーちゃんは、いい専属がいてうらやましいっすね」

「でしょう? 私の一番なのよ?」


 ローゼンヴァルトでの誘拐事件以降、私の専属として相応しくあろうと、執事長の下で厳しい指導に耐えてきたのを知っている。

 だからこそ……彼女が褒められるのが、主人として素直に嬉しいと思う。


「——じゃあ、二人はここで大人しくしてるんすよ? うちは周りの人たちに休める場所があるか聞いてくるっすから!」

「えぇ、お願いね……サフィー」

「サフィー? ……なぁんかいいっすね。お友達って感じで嬉しいっす!」


 笑顔を浮かべたサフィーラが、道の端で楽しそうに話している人のもとへ小走りで近づいていく。

 その後ろ姿を静かに見送っていると、視界の隅に見覚えのある人影が見えたような気がした。

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