第3話 青薔薇と王都の噂
サフィーラを連れて、貴族街に繰り出したけれど、思いのほか……助かっている。
「ここの通りにあるお店は、貴族学校で講義が終わった後に、立ち寄る人が多いらしいんすよねぇ」
「……そう」
「それに、ここっ! 一見寂れているように見えるんすけど、中に入ると……なんとっ! とっても美味しい料理を出してくれる隠れた名店で、ここ最近、ついつい通っちゃってるんだよねぇ」
彼女が言うには、王都に来てから、まだひと月も経っていないらしいけれど、その割には周辺の地理に詳しいように思える。
さしずめ、持ち前の明るさと人懐っこさで、王都の人々と交流を重ねた結果だとは思うけれど、これは……私にはできない芸当だ。
(……少しだけ、うらやましいわね)
身分の違いなど、初めから気にしていないかのように、リゼと二人ではしゃいでいるサフィーラを見ると、私もこうなれたらと思ってしまう。
仮に、彼女のように振る舞ったとしても、その先にどう行動すればいいのかすら、予想することができない。
「もう、フィーちゃん。さっきから『……そう』ばかりっすけど、ちゃんと聞いてるの?」
「えぇ、ちゃんと聞いてるわよ。……そこが隠れた名店よね?」
「ほらぁ、やっぱり聞いてないじゃないっすか。そこは、貴族専門の靴屋っすよ?」
「……あら、そうなの?」
お忍びだからと、私のことをフィーちゃんと呼び出した時は驚きはしたけれど、何度か呼ばれるうちに、それも少しだけ慣れた気がする。
むしろ……サフィーラを見ていると、友人というのは、これくらいの距離感なのかもしれないと思うくらいだ。
(……以前の人生でも、サフィーラと出会っていたら、ソルライト辺境伯家を滅ぼそうとするレクトールの策に、異を唱えることくらいはできたのかしら)
今になって過ぎ去った日々に想いを馳せても、何かが変わるわけでもない。
それに……当時の私が、彼の行いに違和感を抱いた時には既に、国を支えてきた五本の柱が折れた後だった。
「大丈夫ですか? お疲れでしたら、どこかでゆっくりとお休みになった方が……」
「いえ、大丈夫よ。けど……そうね、たしかに少しだけ足が疲れた気がするわ」
リゼの言うように、様々な思いが残る王都を見ているせいで、疲れが溜まっているのかもしれない。
「んー、なら……そうっすねぇ。どこか休めそうな場所、お忍びでってなると……あれ? なんでここに……」
私のために休める場所を探そうとしてくれたサフィーラが、遠くを見るように目を細める。
その先に何があるのかと、同じように顔を向けるけれど、私たちにはまだ何も見えない。
「ねぇ、フィーちゃん。このままだと、王家の馬車と鉢合わせになるみたいだけど、どうする? あんたが望んでくれたら、うちが逃がしてあげるけど?」
「……ここから見えるなんて、ずいぶんと目がいいのね」
「そりゃあ、ね。辺境に住んでいたら、嫌でも目が良くなるんすよ……で、どうする?」
「なら、馬車に誰が乗っているのかはわかる? そこから判断するわ」
「結構、無理を言うっすね。黄昏時ならできなくはないんだけど、まぁ……やってはみようかね」
サフィーラがおもむろにスカートの内側へ手を入れ、筒状の道具を取り出すと、それを片目に当てて覗き込む。
「あ、あなた……今、何をしたかわかってるの?」
「うるさいっすねぇ。服装的に内側にしか、ポケットを付けられないんだよね」
「サフィーラ様、その筒状の物はなんですか?」
「これ? んー、遠くを見る用の道具。これで海の向こうを見ると、肉眼では見えない距離もわかるから、船の動きとかもわかりやすくて便利なんだよねぇ」
サフィーラが、馬車の中の人物を教えてくれるのを待っている間に、リゼに連れられて近くのベンチに腰かけると、静かに息を吐く。
仮に馬車に乗っているのがレクトールなら、遭遇する前に安全な場所に逃げてしまいたいけれど、もし……アルフォンスだったら、どうすればいいのだろうか。
(二年間、手紙でのやり取りを続けてきたとはいえ、顔を合わせるとなると、なんだか少しだけ……気恥ずかしいわね)
「金髪で……自分に自信がありそうな、傲慢な顔。ありゃあ、王子だとしても、うちは信用したくないタイプっすね」
「……それじゃ誰かよくわからないけれど? それに、口調が崩れているわ。仮にも辺境伯家の令嬢という肩書があるのだから、気をつけなさい」
「集中する時くらいは素が出ちゃうでしょ? それに……うちだって、公の場だったら、貴族のご令嬢らしい振る舞いはできるっすよ?」
さすがに彼女に対して、小言を言い過ぎた気がする。
そう思いながら、サフィーラの言葉から馬車にいる人物が誰か、想像してみる。
(金髪となると、レクトールだとは思うけれど、彼が……馬車の中とはいえ、王都の街中で人目がある状況で、自身の感情を表に出すとは思えないわ)
「いや、ありゃあ……傑物っすね。人が近くにいる時だけ、人を惹きつけるような笑みを一瞬で浮かべるだなんて、化け物かなんか? フィーちゃん。凄いのと婚約してるね」
「……婚約? 私が誰とですって?」
「誰とって、王都では噂になってるよ? グランツェルの王子とリューネベルクの姫が婚約するって、だから……お忍びで外に出てるんじゃないんすか?」
「……やられたわね」
以前、レクトールに借りを作ってしまってから、いつかは何かをやるのではないかとは思っていた。
けれど……まさか、王都に噂を流しているとは考えてもいなかった。
「どうやら、噂とは違って、だいぶ訳ありみたいだね……フィーちゃん、リゼちゃん。うちの後ろについてきて」
「……えぇ、リゼ。顔を見られないようにしながら、私の前を歩いたりとか……できる?」
「はい、おまかせください! しつじちょ……いえ、先生に教わった隠遁の術? っていうのを試すいい機会です」
リゼが袖口から、一枚の布を取り出すと、自身の頭の上にかぶせて器用に髪を包んでいく。
そして、あっという間に目深にフードを被ったようになると、ベンチに座っている私の手を取って立ち上がらせてくれる。
「……走ると逆に目立つから、ゆっくりと行くよ」
王家の馬車が、近づいて来ていることに気づいたのか、足を止めた人々の視線が一か所に集まる。
その間を縫うように進むサフィーラの後ろについて、リゼと共に歩いていくけれど、不思議なことに誰にも気づかれていない。
(……頼もしいわね)
しばらくして、貴族街を抜けたのか。
庶民の服に身を包んだ人々が行き交う通りに出る。
「へぇ、リゼちゃん……やるじゃん。ここまで気配を隠すのがうまいなら、辺境でもやっていけるよ?」
「ふふ、ありがとうございます。けど、私はお嬢様の専属なので、他所にはいきませんよ?」
「それは残念っす。フィーちゃんは、いい専属がいてうらやましいっすね」
「でしょう? 私の一番なのよ?」
ローゼンヴァルトでの誘拐事件以降、私の専属として相応しくあろうと、執事長の下で厳しい指導に耐えてきたのを知っている。
だからこそ……彼女が褒められるのが、主人として素直に嬉しいと思う。
「——じゃあ、二人はここで大人しくしてるんすよ? うちは周りの人たちに休める場所があるか聞いてくるっすから!」
「えぇ、お願いね……サフィー」
「サフィー? ……なぁんかいいっすね。お友達って感じで嬉しいっす!」
笑顔を浮かべたサフィーラが、道の端で楽しそうに話している人のもとへ小走りで近づいていく。
その後ろ姿を静かに見送っていると、視界の隅に見覚えのある人影が見えたような気がした。




