第2話 黄昏の少女と屋敷の裏通り
「……当たり前と言えば、まだ名乗ってなかったっすね。私はサフィーラ・マリーネ・フォン・ソルライト。王都ではリューネベルク公爵家とご近所さんなんすよねぇ」
……ソルライト。その名前を聞いた瞬間、グランツェルの国境を守護する、黄昏の異名を持つ一族を思い出した。
長い歴史の中で、リューネベルクと同じように王家の血を分け、王国を支えてきた名門。
その家の娘が今、私の目の前にいる。
(……もちろん、あちらはリューネベルクに王家の血が入っていることは知らないでしょうけど)
「ソルライト辺境伯家ですか? それは、すごいご丁寧に……えぇっと、私はローゼンヴァルトのリゼットです。隣にいるのが私の妹の——」
「妹? それはおかしいっすねぇ。特徴的な銀色の髪に、薔薇のような瞳だなんて、どう見てもリューネベルクの血統じゃないっすか」
「あ、そ、その……えぇっと」
夕日に染まった空のような赤銅色の髪を揺らしながら、サフィーラが首をかしげる。
そして黒曜石のように艶めく瞳で、私の顔をまじまじと見つめ始めた。
「ほー、なるほどねぇ。たしか、今年は五大貴族とリューネベルク公爵家、それに王家の双子が、そろって貴族学校に入学する年だって、お父様が言ってたっけ」
「……あら、私が誰だかわかるの?」
「わかると言えばわかるっすけど……その格好、どう見てもお忍びっすよね? なら名前を言わないほうがいいんじゃないっすか?」
「そうね。あなた……はしたない服装の割には、品性がいいのね」
長い脚も、薄いスカート越しに形がはっきりとわかる。
私とは違って、ふくよかな胸も、それに比べて余計に引き締まって見える腰回りも、なんだか……負けたような気がした。
「はしたないって酷いっすねぇ。辺境の向こう側、外の国から仕入れたドレスをグランツェル風に仕立て直してもらったんすけどね」
「……どこの国かは知らないけれど、少なくともグランツェルでは、そこまで露出をするような文化はないわよ?」
「まぁ、それはわかってはいますよ? けど、ほら……貴族ならわかりますよね?」
「貴族ならって、サフィーラさん? あなた……いえ、ごめんなさい。そういうことなのね」
ソルライト辺境伯領は、国と国との境にあるとともに、豊かな海にも恵まれている。
そのため、他国との交流が盛んなのは、この国の人間なら誰もが知っていることだけれど、彼女の服装はそれだけではないはず。
(……ソルライト辺境伯家の人間は皆、薄着だったわね)
私の記憶に間違いがないのなら、これはきっと……魔法の代償なのかもしれない。
現に服の隙間から見える彼女の白い肌が少しだけ、赤みを帯びているような気がする。
「あなたも大変なのね。けれども、その服装は王都ではどうしても目立つのではなくて?」
「そこに関してはほら、そういうものだって説明すればいいだけっすよ。……まぁ、わかってはもらおうとは思ってはいないっすけどね」
「貴族である以上、そこは割り切らなければいけないところだもの、理解はできなくとも、あなたの気持ちはわかるつもりよ」
「オフィー……いや、ローゼ……ンヴァルト? のリゼットさんの妹ちゃんは、いい子っすね。感心しちゃうなぁ」
とはいえ、彼女も貴族学校に通うということは、私とは年齢がさほど変わらないはず。
なのに……まるで、年下の子供をかわいがるかのように、頭を撫でてくるのは、いったいどういうことなのだろうか。
「あら、それならもっと感心してくれていいのよ? 私のお姉ちゃんは頼りになる専属だもの」
「ちょっと、お嬢様? もう……正体はバレちゃってるんですから、姉妹ごっこは……」
「別にそのままでもいいっすよ? それにぃ……」
含み笑いを浮かべて、後ろで結んだ髪を左右に揺らしながら、私たちの前で身体を揺らす。
「それにぃって何? ずいぶんと含みを持たせた言い方をするわね」
「うちもお二人について行ってもいいっすか? ほら、ここで会ったのも縁ってことですし?」
「……いや——」
「それはいいですね! ほら、お嬢様。新しい環境でのお友達ですよ? 大事にしないと!」
初対面の相手と行動を共にする気はなかったけれど、リゼが乗り気になってしまった以上、止められそうにない。
(……けど、ここでソルライト辺境伯家の令嬢と親交を深めるのも、将来的には良さそうね)
打算的な考えだとは思うけれど、五大貴族の一人とここで出会えたのは、アルフォンスに王位を継がせるという意味でも、だいぶ都合がいい。
ただ……問題があるとしたら、彼女は黄昏に咲く赤銅色の花とするなら、私は夜に咲いた青薔薇の月。
近そうな距離に見えるけれど……性格があまりにも遠すぎる。
「……友達、ね」
「いやぁ、友達かぁ」
以前の人生では、友達と言えるような親しい相手はいなかった。
そう思うと……何故だか、この言葉がとても、眩しく感じる。
「あれ? お嬢様も、サフィーラ様も、乗り気じゃなさそう?」
いきなり友達と言われても、私たちは貴族である以上、表面上では友好的な態度が取れても、必要以上に踏み込むことはできない。
それこそ……私はリューネベルク公爵家に、サフィーラはソルライト辺境伯家に連なる者。
お互いに上級貴族という立場が、無意識のうちに相手との関係性を値踏みしてしまう。
「うちとしては……あなたさえ良ければ、是非お友達になりたいと思ってはいますけれど、そちらは今、お忍び中なんすよねぇ」
「あなた、その言葉が意味することを……本当にわかっているの?」
「もちろん、わかってるっすよ? けど、お父様に言われてるんすよ。その意味まではわからないんすけど、貴族学校で親しい友に出会えるから大事にしろって」
「……言っている意味がわからないわね」
サフィーラの言っていることが事実だとしたら、ソルライト辺境伯は……何らかの理由で、私と彼女を会わせようとしていたことになる。
(……まさか、レクトールが迎えに来たのは、私とサフィーラを会わせないため?)
いや、さすがにそれは考え過ぎな気がする。
いくら盤上の駒を操るのが得意な彼でも、こんな偶然まで読み切ることは不可能なはず。
「やっぱり意味がわからないっすよねぇ。この裏通りを同じ時間に歩けって言われて、こうやって歩いてるんすよ。ほんっと迷惑って、感じ」
「それってまるで、お嬢様とサフィーラ様が会えるように、ソルライト辺境伯家のご当主様が気を使ってくれたんだと思いますよ? ほら、新しい環境でお友達ができないと孤立しやすいっていいますから」
「そうなんすかねぇ。あぁ……でも、おかげでこうやって出会えたんすから、たしかにお友達が二人もできちゃったっすね」
サフィーラが嬉しそうに両腕を広げると、そのまま私たちを力強く抱きしめる。
「ちょ、ちょっとあなた、いったい何をしているの!?」
「何をって、スキンシップっすよ。これくらい辺境じゃ当たり前っすからね」
「ここは辺境じゃなくて、王都よ! あなた……もう、私の友達になりたいなら、そういうところ直したらどうなの!?」
「……わ、わたしが、お貴族とお友達? え、えぇ!?」
これではもう、お忍びの意味がない。
それに友達という言葉の中に、リゼが含まれていることに驚きながらも、思わず……人通りのない屋敷の裏通りで、声を荒げてしまうのだった。




