第24話 青薔薇と再会の約束
リゼが部屋に戻ってきた後、レクトールがここへ来たことを言うことができなかった。
本来なら……伝えたほうがいいのだろうけれど、あの状態の彼の元に向かわせるのはあまりにも危険だと思ったから——
「あの……お嬢様。やっぱり……しばらくは青薔薇の毒は控えた方が」
「リゼ、問題ないわ。それに……この状況のほうが、私には利点があるの」
あれから、何度か陽が上っては沈み、月が夜を渡る時間を繰り返した。
その間にわかったことがある。
魔力を封じる首輪をつけている間、予想以上に青薔薇の毒に身体が慣れるのが早い。
(……魔力と上手く調和できない分、直接体内に取り込まれるおかげかしら)
とはいえ、少しでも調整を間違えて意識を失えば、いつ目を覚ますことができるのかわからない。
このめまいや……酷い頭痛も、しばらくすれば治まるとはいえ、魔力が使えない今の状態では、リゼが止めるのも当然だ。
「けど、お嬢様……心配する人がいるってことを忘れないでくださいね?」
「無理はしないから安心してちょうだい。あなたや、アルフォンスを傷つけたくないもの」
「わかっているのならいいのですけど、それにしてもアルフォンス殿下のお名前を出すだなんて、よっぽど……気になってるんですね」
リゼが嬉しそうに笑みを浮かべる。
そして、薔薇の花弁が残ったカップを片付けると、対面に座った。
「そうですよねぇ。誘拐されたお嬢様を助けるために、武器を手に王子様が追いかけてきてくれたってなると、女の子なら誰でも好きになっちゃいますよね」
「……別にそんなのじゃないわ」
「もう、そんな照れなくていいんですよ? 私はまるっと全部お見通しですからね!」
別に照れているわけじゃない。
ただ……あの時のアルフォンスの姿を思い出すと、なぜだか胸の奥が熱くなるだけ。
貴族の令嬢なら誰しもが、白馬に乗った王子様を夢見るものだけれど、そんな理想を抱くほど、私の心はもう……幼くない。
「……そうね。普通は恋に落ちるものなのかもしれないわね」
「え、もしかして……違うのですか? あっれぇ、んー……おかしいなぁ」
「ただ、好ましく思っているのは本当よ? 恋をしていなくても、アルフォンスがこの国の王になる姿を見たいって思えたもの」
「……お嬢様」
とはいえ、今のアルフォンスでは……王になるのは無理だ。
レクトールのように非情な決断ができるわけでもなく、盤上を支配する能力もまだ足りない。
だからこそ、私だけではなく、グランツェル王国を支える五大貴族を味方につける必要がある。
「それってやっぱり! アルフォンス殿下のことが好きってことじゃないですか!」
「……だから違うわよ」
「じゃあ、レクトール殿下には……そんな気持ちになったりするんですか? お嬢様を助けるために、あんな取引までしてくれたじゃないですか」
「それは……ないわね」
「そうですか? 私はちょっとだけ……レクトール殿下のことを見直しちゃいましたよ? 表面を綺麗につくろってるだけじゃなくて、ちゃんとお嬢様のことを思ってるんだなぁって」
あの時のことを知らなければ、リゼがそう思うのも当然だ。
「そういえばリゼ? お父様は……本当に今日、帰ってくるのよね?」
「あぁ……はい。執事長さんが教えてくれたので、間違いないと思いますよ?」
「そう、なら……やっとこれが外せるのね」
そう言葉にしながら、首輪に手を伸ばす。
お父様が屋敷に帰ってきたら、職人に作ってもらった鍵で、首輪を外すことになっている。
「それにしても……お嬢様のお母さんも心配性ですよね。首輪を外すだけなのに、何かあったら怖いから、領主様の帰りを待って立ち会ってもらえだなんて……」
「私のお母様はそういう人なのよ」
「過保護なんですねぇ。けど、ちょっと憧れちゃいますね……うちはほら、下の子たちが多かったので、お母さんにあんまり甘えたり、心配してもらったりできなかったからなぁ」
「あら、うらやましいのなら交換でもしてみる? ついでに庶民体験もできるから、私は大歓迎よ?」
「んー……やめときます。だって、私に貴族の生活は無理そうですからねぇ」
リゼが椅子から立ち上がると、カーテンを引いて窓を開ける。
室内の温かい空気が逃げるように、冷たい風が入り込んで、充満していた青い薔薇の香りを外へと連れ去っていく……。
「……あれ? お嬢様、外にレクトール殿下とアルフォンス殿下が、いらっしゃいますよ?」
「まぁ……いるでしょうね」
「えっと、それは……どういうことですか?」
「……帰るのよ。リゼ、考えてみてちょうだい。誘拐事件の後で、いつまでもリューネベルクにいるわけにはいかないでしょう?」
リゼの隣に立って、窓から外の景色を見る。
すると……こちらに気がついたアルフォンスが、私たちに向かって笑顔で手を振り始める。
「本来ならもっと早く王都に戻るべきだけれど、王家とはいえ、領主に挨拶もせずに客人が無断で帰るわけにはいかないもの」
「けど、避暑地としてここに来ているのに、夏が終わる前に帰っちゃったら、国王様……アルフォンス殿下とレクトール殿下のお父さんに、疑われちゃいそうですね」
「……まぁ、レクトールが国王には伝えないって言っていた以上、ちゃんと考えてはいるはずよ? それに、私の知っている彼なら盤面が整っていない状況では、動かないはずだもの」
窓越しに、アルフォンスに対して手を振り返す。
(あの剣はたしか、あの時の……)
屋敷に戻ってからというもの、彼がずっと一人で受け継いだ剣を振っているとは聞いていた。よほど大事にしているのか、今もその剣は腰に差されている。
「オフィーリア! 俺たち予定よりも早く帰っちゃうけど、楽しかった!」
かなり距離があるというのに、大声で話しかけてくれるアルフォンスとは違って、レクトールは遠くから近づいてくる馬車を静かに見つめている。
「次はいつ会えるかわからないけど! 俺たち、今よりもずっと強くなるから! 今度は君たちを守れるように! だから……また会えたら、庶民体験の続きをしよう!」
けれど、馬車が門前へ近づいたところで、レクトールもこちらへ顔を向け、アルフォンスに何事か耳打ちした。
「あ、えぇっと……うん、わかった。次は王都で会おう! あと数年もすれば、私たちは王都の貴族学校へ通うことになる……それまでに君を迎え入れる準備を済ませておく! って、兄上が伝えてくれって!」
門が開かれ、馬車が敷地の中へと入っていく。
やがてアルフォンスたちの前で止まると、中から降りてきたお父様に向かって、笑みを浮かべたレクトールが手を差し出すのだった。




