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昏き深淵のオフィーリア~婚約破棄の末に処刑された公爵令嬢は、二度目の人生をやり直す~  作者: 物部 妖狐
第一章 青薔薇は死に戻る

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第23話 届かぬ月に手を伸ばす

 いくら甘い言葉を囁かれたとしても、私の答えは決まっている。


「……嫌よ。私はあなたの物ではないもの」


 とは言うものの、この状況で断るのは危険だ。

 彼のことだから乱暴なことはしないだろうけれど、今の私では……何かされようものなら、抵抗することすらできないだろう。


「オフィーリア、この思いは紛れもなく本物だよ。君を物として見ているわけじゃない。私の考えを理解できて、先を読むことができる君に……一緒にいて欲しいんだ」

「あら、ずいぶんと私に対する評価が高いのね」

「当然だ……それに、一目見た時から、君の容姿に見惚れて……心を奪われてしまった。この気持ちに、私は嘘をつきたくない」


 何も知らなければ、弱っていた私の看病に来てくれて、寄り添いながら思いを伝えてくれる場面だっただろう。

 けれど、レクトールの性格を知ってしまっている以上、この歪な空間が……どこまでも恐ろしい。


(……ここで私が頷くようなことがあったら、あの人生よりも悲惨なものになりそうね)


 私にはレクトールのことを完全に理解することはできない。

 あくまで、首を落とされて今の私になる前の人生で、彼が見せて……私に教えてくれた、盤上を支配する力を知っているから、先が読めているだけだ。


「君が私を信用できないのはわかる。けれど……私が君を必要としているように、君にも……私が必要なはずだ。私たちのような人間は……誰にも理解されないのだから」

「あの、レクトール様。少しばかり、失礼な発言をすることを許して頂けますか?」

「……なんだい?」


 レクトールが私の手を強く握りしめる。


「誰にも理解されないのではなく、レクトール……あなたが、人を理解しようとしていないだけでしょう?」

「理解しようとしていないだなんて、酷いことを言うんだね。私はこんなにも……オフィーリア、君を知ろうとしているのに」

「あなたがしようとしているのは、知ろうとしているのではなくて、自分が欲しいと思った物を欲しがっているだけではなくて?」

「本当に失礼なことを言うね。それではまるで、私が駄々をこねる子供のようじゃないか」


 ここで、彼の言葉を肯定することはいくらでもできる。

 過去にそれを何度も繰り返してきたから、欲しい言葉も……思い浮かぶ。


(けど、それをしてしまったら、あの時と同じことを繰り返してしまうだけだ)


「あら、違うのかしら? 私からしたら……そう見えるわよ?」

「……手厳しいね。けど、そういう物言いも、私は愛おしいと心から……そう思うよ」

「それで? 次はなんて言うつもりかしら。綺麗な言葉をいくら並べたところで、私の気持ちが揺らがないっていうことくらい……盤面の駒を動かすのが得意なあなたなら、わかっているでしょう?」

「そうだね。けれど……手を伸ばしても届かない月だからこそ、恋焦がれてしまうのかもしれない」


 とはいえ、ここまで求められると、あの時のように心に迷いが生じそうになる。

 もし……私が、今のように強くあれたのなら、偽物に居場所を奪われずに隣にいられたのだろうか。

 私が、レクトールの良き理解者として、彼が道を踏み外さないようにすることができたら、あのような悲劇は起きなかったのではないか。

 過ぎ去った過去が、昏い深淵の底から腕を伸ばして首に手を掛ける。


「安心して欲しい、オフィーリア。……今はアルフォンスのように誰かを守れるような力はないが、必ず君を守る。決して君を不幸にはしない」

「……そう」

「だから、私と共に来てくれないか?」

「ねぇ、レクトール様? 仮に私があなたを選んだとして、将来……あなたと袂を分かったり、求める理想とは違ったらどうするのかしら?」


 私の手を握り締めていたレクトールの指先が、ゆっくりと離れていく。

 そして、愛おしげに私の頬に触れ、微笑みを浮かべる。


「大丈夫、そんなことは起きないし、君にそんな思いをさせはしない。私の隣を歩いてくれるのなら、何があってもこの手を離しはしないさ」

「ずいぶんと、覚悟ができているのね。けれど……あなた、自分が言っていることがわかっているのかしら?」

「……それはどういうことだい?」

「隣を共に歩けなくなってしまったら、私は……あなたに捨てられるのね」


 現に、あの頃の私は……偽物を用意されて、首を落とされた。

 彼がなぜあのような選択をしたのか、今となっては何もわからないし、何よりも……同じような状況になったら、彼はまた、私ではない誰かを選ぶだろう。


(あの時、自ら決断して選んだのは、レクトール。あなたなのだから……)


「そんなことはしないさ。けど……どうやらまだ、私の思いを受け止めるには準備ができていないようだね。それなら、もっと時間をかけるとしようか。まずはそうだね、あの短剣の話をしよう」

「あら、あの時は話してくれなかったのに、今日は話してくれるの?」

「……当然さ。私と君は同類だからね。……今さら隠し事はいらないだろう? 私があの女性に渡した短剣、あれは何もしなくても私の元に返ってくる」

「それはずいぶんと都合がいいわね」


 王家の紋章が刻まれた短剣が、レクトールの元に返ってくるのは……言われなくてもわかっている。


「そんな都合がいいものではないさ。私はね……オフィーリア、あの女性の裏にいる人物と接触するつもりだ、そのために取引もした。君ならその意味が、わかるよね?」

「……わかりたくもないわね。誰が好き好んで、リューネベルク公爵領に潜伏していた間者の黒幕に会おうとするあなたの気持ちを理解しなければいけないの?」

「おや、つれないね。これは……君を守るためでもあるんだよ? 私では武力でオフィーリアの力になれないからね。たとえやり方を間違えていたとしても、綺麗な手段だけでは大切なものを守れはしないからね」


 確かに今のレクトールは、「私のため」という言葉に嘘はないのかもしれない。

 けれど、それとは別に、黒幕と接触することで、今よりも自身の立場を強固なものにしたいという意図があることもわかっている。


(……お父様を味方につけるには、十分な駒になる)


 リューネベルク公爵領の弱点を抱え込むことで、私とお父様をレクトール側に引き入れることができれば、今はまだ王子という立場であっても、王太子の座を確実なものにできるだろう。


「私は、手を汚したあなたに救われたいとは思わないわ」

「……それはどういうことだい?」

「簡単よ。私はあなたの手を取らない……もし、救いを求めるのなら、泥臭くてもいい。不器用ながらも人の前に立って、誰かのために傷つく勇気がある人がいいわ」


 レクトールの表情が消えた。

 そして、ゆっくりと私から離れると、扉の前へと歩いていく。


「どうやら君の中には、アルフォンスの姿があるようだね」

「……あら、意外かしら?」

「いや? ただ、私は、私が本当に欲しいものを手に入れることができる愚弟のことが、心の底から……理解できないだけだよ」

「愚弟……ね。そうやって、人を見下している間は理解できないと思うわよ?」

「見下してはいないさ。私はしっかりと、君やアルフォンスのことを見ているからね……ただ、今は君の心にアレがいるのだとしても、オフィーリアの隣にいるのは私だ」


 そう言い残すと、扉を開けてレクトールが部屋から出ていく。


「……レクトール。あなたが欲しがるものは手に入らないわ」


 静寂を取り戻した室内で、ベッドに身体を倒す。

 緊張が解けたせいか、身体が重い……何も考えられないほどに、思考にモヤがかかったように感じる。

 そのまま目を閉じると、リゼが屋敷に戻ってくるまで深い眠りにつくのだった。

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