第22話 毒よりも甘い言葉
屋敷に戻った後、庶民の服を着て首輪をつけられた私を見た執事長は、領内を視察中だったお父様に連絡を入れた。
そして……レクトールとアルフォンスは、襲われたことを理由にすぐに部屋へ戻された。
「……リゼ、もう大丈夫なの?」
「はい、今日から少しずつ仕事復帰ですよ! お嬢様!」
あれから、数日が過ぎた。
お父様はまだ、視察から戻ってきてはいないけれど、私たちは必要な時以外は、それぞれの部屋から出られない生活を送っている。
「あんまり無理はしちゃだめよ?」
「はい。でも、私は……組み伏せられた時に腕を痛めたくらいで、お嬢様や殿下たちと比べたら、軽傷なので大丈夫ですよ?」
彼女の言葉を聞きながら、花弁が二枚浮かんだ紅茶に口をつける。
「……二枚はまだ、身体に負担が大きいわね」
室内に籠っている間に、青薔薇の毒に対する耐性がついて、二枚目にも手が届くようになった。
けれど、取り込むと、身体が氷のように冷え切っていく感覚に襲われて、暖かい室内だというのに、悪寒が治まらない。
「あの……お嬢様も、あまり無理をしない方がいいですよ?」
「私は大丈夫よ? それに、青薔薇の毒が苦しいのは……今だけだもの」
本来であれば、ここまで酷い症状は現れはしない。
ただ……魔力を封じる首輪のせいで、上手く魔力と混ぜて調和することができないのがもどかしい。
(……まさか、鍵がないと外せないだなんて思わなかったわ)
あの首輪は、外部からの強い衝撃や、封じられている魔力を無理に使おうとすると、拘束が強まり、首を締めつけるものだった。
そのせいで、今も外すことができずにいるけれど、幸いなことに……鍵穴に蝋を流し込んで形を取ることはできたから、職人に鍵を作らせれば、あとは時間の問題だ。
「……寒いわね」
「お嬢様、本当に大丈夫ですか?」
「ごめんなさい。リゼ、少しだけ横になりたいわ……だから、その、おぶってもらってもいいかしら?」
「はい、あとで身体が温まるスープを用意してもらうので、それまで安静にしててくださいね?」
椅子から私を背負ったリゼが、ベッドの上に優しく降ろしてくれる。
「ふふ、そのときは食べさせてね? 今の私は……なにもできないもの」
「はい! リゼットお姉ちゃんがしっかりとお世話しちゃいますよ? オフィーリアちゃん」
「あら……今の私は庶民体験中じゃないわよ?」
「けど、お嬢様が甘えたいときは、私は専属で……お姉ちゃんですからね!」
「まぁ……ずいぶんと強引なお姉様ですこと。でも……そう、悪くはないわね」
青薔薇の毒で、氷のように冷え切った私の手を包むように触れるリゼの手が、温かく感じる。
それが……何故だか、とても心地よくて、自然とまぶたが重くなっていく。
「……あれ、寝ちゃいました? お嬢様もこうしてみると、本当に可愛くて……綺麗だよねぇ」
遠くなっていく意識の中で、リゼの声が……かすかに聞こえた気がした。
「……?」
どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
室内に……人の気配がする。
まどろみの中で、重いまぶたを、ゆっくりと開く。
「……あなた、何をしているの?」
窓から差し込む陽の光を反射して、輝く金の髪。
そして……人を惹きつける琥珀色の瞳をした彼が、椅子に座って私を見ていた。
「何をしているのと言われてもね。私は……ただ、君の様子を見に来ただけだよ」
「あら、それで……無断で勝手に入ってくるだなんて、グランツェルの双子の太陽の片割れだというのに、ずいぶんと躾がなってないのね」
「おや、今この室内に……私と君しかいないのに、強気じゃないか」
椅子から立ち上がったレクトールが、ベッドの上で身を起こした私へと近づいてくる。
「……ダメじゃないか。こんなにも顔色が悪いのに、無理はするものじゃないよ」
そして、私の頬に触れると、愛おしげに微笑んだ。
「まさか、まだ日が出ているのに夜這いにでも来たのかしら?」
「夜這いだなんて、私にそんな勇気はないよ」
「……なら、何の用なのかしら? 私は見ての通り体調が悪いの。用がないなら出て行ってくださらない?」
それにしても……なぜ、レクトールが私の部屋にいるのか。
屋敷の使用人は、彼がここに来るのを見て、何も思わなかったのだろうか……考えれば考えるほど、疑問だけが脳裏に浮かぶ。
「伝えたいことを伝えたら、部屋に戻るから……どうか、私の話を聞いてはくれないか?」
「……なら、その前にどうやって、ここまで来たのか教えてくださらないかしら?」
「あぁ、それは単純だよ。私の護衛に、屋敷の使用人へ用事を言づけてもらったんだ」
「用事? それで、屋敷の使用人がいなくなるとでも?」
「本来なら無理だろうね。けど、それが……あの地下道での調査だとしたらどうだい? リューネベルクの領主が戻る前に、犯人の情報を詳しく得るため、協力してほしいと私の護衛に言われたら?」
いくらリューネベルクの使用人とはいえ、王子の護衛……それも、王家に仕える精鋭たちに頭を下げられたら、断れるわけがない。
(失礼な態度をとってしまったら、それこそ……お父様の顔に泥を塗ることになってしまうもの)
それにしても……うまく、盤上の駒を動かしたものだ。
ここ数日、食事の時以外は会話すらしていなかったとはいえ、レクトールからしたら策を練るには十分な時間があったのだろう。
「ねぇ、リゼットはどうしたの?」
「彼女の実家に置いたままだった、私たちの服を取りに行ってもらったよ。まぁ……はじめは、地下道に行かせるつもりだったけれど、自分の主人を守れなかった傷口を広げる必要はないと思ってね」
「あら……あなたにしては、ずいぶんと優しいのね」
「当然さ。君の大切な専属なのだから、大事にするべきだろう?」
ここまで周到に計画を練られてしまったら、私に打てる手は……もう一つもない。
辛うじて詰んではいないけれど、主導権を握ろうとすれば、上から潰されてしまうだろう。
「……それで? 伝えたいことってなんなのかしら?」
なら、彼に言いたいことを言わせて、さっさと部屋に返してしまった方がいい。
主導権を取られてしまった以上、盤面にはもう……太陽と月しかいないのだから。
「簡単なことだよ。オフィーリア……私は、君が欲しい。どうか、私のこの思いを受け入れてはもらえないだろうか」
逃げ場のない室内で、青薔薇の紅茶の残り香と共に、毒よりも甘い言葉が囁かれた。




