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昏き深淵のオフィーリア~婚約破棄の末に処刑された公爵令嬢は、二度目の人生をやり直す~  作者: 物部 妖狐
第一章 青薔薇は死に戻る

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第21話 盤上の駒は己をも動かす

 長い地下道を抜け、店内に戻ると……ソファーの上に寝かせられたリゼの姿があった。


「……兄上?」


 脇腹が痛むのか、片手で押さえながら灯りの消えた薄暗い店内をアルフォンスが歩く。

 レクトールを探しているのだろうけれど、彼の姿が……見当たらない。


「……いないわね」


 とはいえ、リゼの手当てはしっかりとしてくれていたようで、ところどころ不格好ながらも、薬が塗られた跡があり、腕を固定するためか、包帯もきつく巻かれている。


「これは……血の痕?」


 その場にしゃがんだアルフォンスが、何かに気づいたように、扉の奥へと続く血の痕を視線でなぞる。


「……なんだか、嫌な予感がするわね」

「オフィーリア、こんな時に……そんなことを言うのは、いや、兄上なら大丈夫だ」


 アルフォンスが商品として並べられている革のベルトを手に取ると、腰に巻いて手に持っていた剣を差す。

 柄に手をかけて鞘から引き抜くと、切っ先を下げたまま、慎重に扉の奥へと歩いていく。

 けれど、その動きは先ほどよりも鈍く、息をするたびに肩がわずかに震えていた。


「あ、兄上! オフィーリア! こっちに来て!」


 扉の奥から、アルフォンスの声が響いた。


「……アルフォンス?」


 今はリゼのことが気になるけれど、痛む身体に鞭を打って、彼の元へと足を急がせる。


(これは、ずいぶんと……痛めつけられたようね)


 開けられたままの扉を通ると、レクトールの片腕が……服の上からでもわかるほどに、酷く腫れ上がっていた。


「……兄上、何があったのですか?」

「傷に響くから、大声を出さないでくれ」

「あら、大怪我をしているわりには、余裕があるのね」

「こんな時まで、手厳しいね……オフィーリア。私は私なりにできることをしたつもり……なんだけどね」


 とは言うけれど、傷の割には……そこまで顔色は悪くない。

 もちろん、室内が暗いからわからないだけかもしれないけれど、どこか……違和感を覚える。


「……ねぇ、レクトール。あなた、あの商人たちについて、何か知っているのではなくて?」

「オフィーリア、今は……そんなことを聞いてる場合じゃないだろ。兄上の手当てが先だよ」

「もちろん、手当ては……やり方がわかればするわ。けど、この状況とあの隊長さんの行動が噛み合ってないのよ」


 余程の理由がなければ、目撃者や痕跡を残して、店内から去るようなことはしないはず。

 地下道で話していたように、レクトールの策とお父様を警戒して逃げることを選んだのなら……わからなくはない。


(……レクトール。あなた、取引をしたわね?)


 店内に入った時の彼の様子からして、それまでは彼らのことを本物の商人だと思っていたのだろう。

 けれど、その後は違う……誘拐された私を助けるために、アルフォンスを向かわせたこと。手当ての仕方も知らないのに、一人だけ店内に残ったこと。


「……オフィーリア、君の考えている通りだよ。私はあの女性と取引をした」

「あ、兄上?」

「……しょうがなかったんだ。オフィーリアやリゼットを守るためには、しょうがない取引だ。アルフォンス……おまえなら、その意味がわかるだろ?」

「それは……」


 いつもの、余裕そうな笑みが消えたレクトールが、悔しげに表情を歪ませる。


「あの女性には、王家の紋章が刻まれた短剣を渡した。これがあれば……この国のどこにだっていける」

「……レクトール。あなた、自分が何をしたのかわかっているの?」

「もちろん、君に言われなくてもわかっているさ。私がやったことは、この国にとって、とんでもないことだってことも。けどね……オフィーリア、私は……君の命と国を天秤にかけてしまったんだよ」


 王家の紋章が刻まれた短剣……それは、王族の命を受けた者である証。

 それを渡したというけれど、あの隊長が使うとは思えない。

 むしろ……自分は今ここにいると、グランツェル中に知らせて回るようなものだ。


「……私は、何もできない自分が悔しいよ。アルフォンスのように剣の才に秀でているわけでもない。得意なことと言えば、盤上の駒を動かすだけ……いくら綺麗な言葉を並べても、力がなければ意味がない」


 けど、そこにレクトールなりの意図があったら?

 もし、リューネベルク公爵家の血縁を誘拐しようとしていた人物と接触を図るためなら……どうだろうか。


「それで、どのような取引をしたのかしら?」

「……まぁ、単純なことだよ。短剣を渡す代わりに、彼女が安全にこの国を出られるよう、道を用意してあげただけさ」

「そう、あなたにしてはずいぶんと優しいのね。それで? どうやって、あの駒を動かすつもりなの?」

「はは、さすがにこれに関しては、いくら愛しのオフィーリアだとしても、教えてあげるわけにはいかないな」


 どうやら、素直に取引の内容を言葉にするつもりはないらしい。

 けれど……おかげで、私の疑念がしっかりと形になった。

 レクトールは、今回の黒幕と接触するつもりだ……彼のことだから、お父様の目をかいくぐって、リューネベルク公爵領に潜伏した小隊に興味があるのだろう。


(……たとえそれが、この国に危険を招くものだったとしても)


「……オフィーリア。私は、今回の出来事を父上に報告するつもりはない」

「あ、兄上? それはどういうことですか?」

「アルフォンス、考えてもみろ。我が国の月であるリューネベルクで、このようなことがあったと、父上に伝えて……国内に知れ渡るようなことがあったら……政治に疎いおまえでも、どうなるかわかるだろう?」


 正直、レクトールの言っていることは正しい。

 グランツェルの内外を問わず、骸公爵として恐れられているお父様の治める領内に、他国の間者が潜伏していたと知られたら、それこそ……弱点になる。


「わかるよ。でも、それとこれとは……」

「アルフォンス、大局を見据えるためには、小さいことは切り捨てろ。私だって……この行いが正しいわけではないとわかっている。けれど、きれいごとだけでは、どうにもならないことがある……おまえも、王子としてわかっているはずだ」

「……わかった」


 レクトールの行いには、確かに問題がある。

 けれど、黒幕と接触するための糸口を作った彼に、悔しいけれど……リューネベルクは、借りを作ってしまったことになる。


「……あなたの気遣いには感謝するわ。けど、それはともかくとして、レクトール、その腕は、大丈夫なのかしら?」

「問題ないよ。折れてはいないし、腫れているのは……あの女性に、毒が塗られた短剣で切られただけ、だからね」

「あら、毒という割には……ずいぶんと余裕そうね」

「取引をする以上、私が生きていないと意味がないだろう? 解毒剤をもらったのさ。まぁ……この通り、しばらくは動けそうにないけどね」


 ずいぶんと都合の良い毒だ。

 そう思うのは、私がリューネベルクの人間だからだろうか……それとも、レクトールよりも、あの隊長の方が一枚上手だったからか。


(……その可能性は低いわね。少なくとも、レクトールが意図に気付かないわけがないもの)


 となると、お互いの利益のために、あえて隊長の刃を受け入れたのだろう。

 無傷の状態で、王家の紋章が刻まれた短剣を渡したとなれば、いくら盤上の策を練っていたとしても、言い分に穴が開いてしまう。

 なら、レクトール自身も抵抗したうえでの名誉の負傷と、独自に黒幕へと近づくための糸口を、その場で作り上げたことになる。


「……そうね」


 そうなれば、もう……誰も彼を責められない。

 心のどこかで、レクトールはまだ、今の私と同じ子供だから……いくら聡くても、そこまでの行動ができるとは思ってもいなかった。

 けれど、違う……彼は、自分のことすら盤上の駒にして、上手く動かして見せた。


「……兄上、俺はどうすれば? 今の俺にできることはないかな」

「それなら……いつまでも、店内にいるわけにもいかないからね。アルフォンス、馬車を動かすことはできるか?」

「馬車を? 馬の扱いは……教えてもらっているから、たぶんできると思う」

「それでかまわない。なら……アルフォンス、おまえは周囲に気取られないよう、先にリゼットを馬車に運んでくれ」

「……わかった」


 アルフォンスが剣を鞘に納め、身体の痛みにわずかに顔をしかめながら、ソファーで横になっているリゼを背負う。


「……じゃあ、先に行くよ。兄上、オフィーリアも気を付けて」

「あぁ、話しているうちにだいぶ楽になってきたから、ゆっくりと行かせてもらうよ。オフィーリア、悪いけれど、転ばないように手を貸してもらっても、いいかな?」

「……しょうがないわね」


 先に店内を出たアルフォンスの背中を追うように、レクトールの手を取り、ゆっくりとした足取りで外に向かう。

 そして……リューネベルクの馬車には似合わない、庶民の服を着た私たちは、馬車の扱いに苦戦するアルフォンスに揺られながら、どうにか屋敷へと戻ったのだった。

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