第20話 死者の剣は道を刻む
男の振るう剣が、アルフォンスへと迫る。
「はは、身の丈に合わない大きさの武器じゃ、辛いんじゃないか?」
「う、うるさい!」
甲高い金属音が、地下道に響く。
体勢を崩したアルフォンスが、器用にその場で反動を受け流すように回転し、横薙ぎに剣を走らせる。
「おっと! 今のは少しだけ、肝が冷えたな……どぉれ、おじさんが稽古をつけてやろうか」
大袈裟に剣を避けると、前に踏み出した勢いのまま、アルフォンスを蹴り飛ばす。
今度は受け流すことができずに、武器を手にしたまま苦しそうにうずくまる彼の姿に、思わず駆け寄りたくなる。
(せめて、この手足の拘束さえ、どうにかできれば……)
「け、蹴るだなんて卑怯だぞ!」
「さすが棒振りだな、戦場に礼儀作法を持ち込むつもりか? その場にあるものすべてを利用するのが、戦いなんだよっ!」
「……すべてを利用する?」
「坊主は命に代えてとか、妙にかっこつけてたがな。命を賭してでも生きて帰るのが俺の戦い方なんだよ……だから、悪く思うなよ?」
うずくまったまま動けないアルフォンスへと近づき、剣を振り上げる。
「……旦那。殺すなって言ったのに忘れてんな」
そのまま、頭へと振り下ろされようとした瞬間。
地下道に落ちている石を拾ったアルフォンスが、男の顔に向かって投げつけた。
「なっ! 坊主……てめぇっ!」
「すべてを利用しろって言ったのは、あなただ!」
咄嗟に顔をかばった男に向かって、よろよろと立ち上がったアルフォンスが、おぼつかない足取りで剣を突き出す。
「……旦那?」
その切っ先が、男の腹部へと突き刺さる。
(……アルフォンス)
男が口から血を流し、あっけに取られたかのように、無言で刺さった剣に触れた。
そして、刺さった剣を握りしめると、強引に引き抜いてアルフォンスごと、壁に向かって投げ飛ばす。
「……あ、ありえねぇ。この俺が、刺された?」
背中から激突し、苦しげに息を吐くアルフォンスを睨みつけると、血の滴る手で腹部を押さえながら、私のところに戻ってくる。
「おい、商品を連れてさっさとリューネベルク公爵領から出るぞ」
「……旦那? 行商人のふりをするんじゃ? それに、まずは傷の手当てを……」
「うるせぇ! こんな状態で商人の真似事ができるわけねぇだろ。当初の目的は、リューネベルク家に連なる者なら誰でもいいから連れてこい、だ。俺たちは十分に仕事をこなしてんだよ」
「……そうだな。リューネベルク公爵領の領主の娘を確保できたわけだし、欲をかくのはよくないか」
地面に投げ出された私を、男の仲間が荒々しく持ち上げると、地下道の奥へと歩こうとする。
「待て、まだ……俺は生きてる」
「しぶとい奴だな」
声がした方で、アルフォンスが剣を杖代わりに地面へと突き立て、全身で息をしながら立ち上がる。
「……いいぞ、かかってこい! と言ってやりたいところだが、悪いがここまでだ。坊主、おまえはここで、リューネベルク公爵の令嬢を助けられなかった後悔を背負って……凍えて死ね」
「……逃げるな! 剣を抜いたら最後まで戦え! それでも兵士か!」
「バカ野郎、俺は——」
男が何かを言おうとした時だった。
彼の首から一本の剣が生えると、音もなく引き抜かれ、その場に崩れ落ちる。
「……バカはあんたよ。どうして目撃者を残して去ろうとするの? それに、おまえも! 主人の名前を途中まで言うだなんて……バカなことをしてくれたわね」
私の目の前に、店内で出会った店員が姿を現す。
そして……苦しげに地下道の壁に手をつくと、嫌な臭いと共に、大量の血を吐き出した。
「旦那を殺すなんて何を考えてんだ! 俺たちの隊長だぞ!」
「隊長? 誰が……この小隊の隊長だっていうの? あれはただ、自分が戦場を知っているからって、粋がっていただけじゃない」
ろうそくの灯り越しでもわかるほどに、顔を土気色に染めた女が私へと近づく。
そして、血に濡れた剣を動揺している男に向かって突き刺す。
「……誰が、本物の隊長かわからない無能はいらないのよ。私以外は数合わせでしかないんだから」
「や、やめろ……俺はまだ死にたく……ない。まだ、小さいガキと、妻がいるんだ、だから……」
「なら、もっと誠実に仕事をするべきだったわね」
男が膝から崩れ落ちると、再び地面に投げ出される。
全身を襲う痛みと共に、この現実からかけ離れた状況に思わず、
(……今日はよく投げ捨てられる日ね)
と心の中で悪態をついてしまうけれど、この状況が変わるわけではない。
「さて……本当なら今ここで、あなたたちを連れていくか、そのまま逃げるべきなんでしょうけど、見ての通り……私はこのありさまなの」
手にした剣を重そうに投げ捨てると、まるで降伏するかのように両手を上げる。
「だから取引をしましょう。私は一人でリューネベルク公爵領を出るくらいはできる。けれど……やろうと思えば、あなたたちを殺して逃げられるわ」
「……なら、そうすればいいじゃないか」
「いやよ、そうしたら棒振り王子は必死に抵抗するでしょ? その後、策謀に長けたレクトール王子を出し抜けられる自信はないし……仮に逃げられても、骸公爵の手からは逃れられないもの」
女は両手を上げたまま、私たちから視線を外さずに地下道の奥へと、後ろ向きに下がっていく。
「その状態で外に出たら、どっちにしろあなたは……」
アルフォンスの言葉に、女は呆れたように薄く笑みを浮かべる。
「その心配は無用よ……最後まで敵に気を遣うだなんて、ずいぶんとお優しいことね」
「敵とはいえ、あなたも一人の人だから……」
「……そう、ならその気持ちだけ受け取ってあげる」
そして、ろうそくの灯りが届かない地下道の奥へと消えると、足音だけが遠のいていった。
「……ふぅ」
私たち以外の気配が消えた地下道で、アルフォンスが小さく息を吐き、首を貫かれた男へと近づいていく。
「名前を知らないけど、あなたの強さや覚悟から、たくさんのことを学ぶことができました。ご指導……ありがとうございます」
自身の手が血で汚れるのを気にせずに、男の顔に触れると、見開かれたままの目を閉ざす。
「……一時とはいえ、あなたから教えを頂いた戦士の一人として、敬意と共にこの剣を受け取らせていただきます」
男の手から剣を受け取ると、地面に投げ捨てられていた鞘に納める。
そして、その重みに耐えるように鞘先で地面に一つの道を作りながら、私の前まで来て、その剣で拘束を切ってくれた。
「……オフィーリア、大丈夫? いや、遅くなってごめん……立てる?」
「無理ね。何度も投げ捨てられたせいで、身体が痛いわ」
「あぁ……えっと、そうだよね。どうしよう」
「……冗談よ。これくらい、別に痛くもなんともないわ」
痛くないはずがない……けれど、ここで素直に痛いと言えば、彼は本気で困ってしまうだろう。
それに、私よりもアルフォンスの方が、初めての死闘を経験して疲れているはずだ。
(……こんな状況で、アルフォンスに無理をさせたくないもの)
彼の手を握って立ち上がると、お店の方へ向かって二人で歩き出す。
レクトールに問い詰めたいことがあるけれど、今はそれ以上に……リゼットの容態が気になる。
それでも今は、無事に生き残れた幸運を感じながら、一歩、また一歩と道を作り、お店へと続く暗い地下道の奥へ消えた。




