第19話 地下に響く剣影の誓い
いったいどこに連れて行かれるのか。
長い階段を下りた先で、暗い道をろうそくの火がかすかに照らしていた。
(……手足まで縛るだなんて、ずいぶんと手際がいいわね)
地下道を通っている途中、休憩と称してむき出しの地面の上に降ろされると、縄で手足をきつく縛られてしまった。
「旦那。リューネベルクから出たら、どこに向かうつもりだい?」
「……いや、しばらくはリューネベルクの領内に潜伏する。まぁ……どこかしらで、馬車でも仕入れて行商人のふりでもしてりゃあ、そうそうバレはしないさ」
「げぇ、こんな寒いところで行商かよ。……まぁ、ローゼンヴァルトはさすがに、領主のお膝元なだけあって、いつバレるか冷や冷やしてたから、悪くは……ないかもな」
足音だけが、長い通路にこだまする。
彼らの言葉の中から、少しでも情報を得ようと大人しくしているけれど、どう聞いても……下っ端の会話でしかない。
「……旦那。あの女、うまくやれんのか?」
「ん? まぁ、大丈夫だろ。あれでも俺たちの仲間だぞ? それに……貴族の血を引いてるだけあって、不思議な力を使えるだろ」
「なんだっけ、あぁ……気配を消すあれか。けど、使った後にまるで胃をひっくり返したみてぇに、げぇげぇ吐いてるじゃねぇか」
「それに使えるのは、一分にも満たねぇってきたもんだ。まぁ……それでも、器用な女だ。現に今まで、うまく店員のふりをして、周囲に溶け込んでくれていたおかげで、バレなかったんだからな」
……貴族の血を引いた平民。
それに、気配を消すという……もしかしたら、リューネベルクの毒よりも、使い方次第では、暗殺に特化していそうな魔法。
(……なんだか、嫌な予感がするわね)
グランツェル国内で、該当する魔法を使える貴族を思い出そうとはするけれど、思い当たる一族はいない。
少なくとも、あの頃のレクトールなら……そこまで強力な力を持つ存在が、自身の王国にいるのなら、まずは引き入れようとするだろう。
逆に……言うことを聞かず、敵対するというのなら、私に命令して滅ぼしていたはずだ。
(祖国とも言っていたし、他国の貴族の血が混ざっているのかもしれないわね)
魔法の代償も、僅かな時間しか使えない力というには、あまりにも大きい。
貴族の血が混ざり、不幸なことに魔力を持って生まれてしまったせいで、うまく制御することができずに、自身の身体を壊しているのだろう。
「ならいいけどよぉ。行商人をするにしても……どうすんだ? 商品はほとんどあの店に置いてきちまったじゃねぇか」
「……問題ない。万年雪に覆われたリューネベルクだぞ? 道中で動物でも狩って、皮と肉の代わりに、小さな村から工芸品や日用品を物々交換していきゃ、一週間もすりゃあ、立派な行商人に見えるだろ?」
「動物を狩るって言っても、簡単じゃねぇんだぞ? いくら俺が元猟師だからって、旦那……期待しすぎだって」
「そう言われてもな、こんな辺鄙な場所で売れるのは、それくらいしかないだろ? 現に王都から持って来た商品は、一つも……売れなかったしな」
それにしても、ずいぶんと……緊張感がない。
私を捕らえて逃げている最中だと言うのに、どうして私の前でこんなに無防備でいられるのだろうか。
まさか、本当にあの店員がうまくやってくれるとでも、思っているのか……それとも、現状を理解できないほどに、頭が悪いのか。
「それにしても、だいぶ冷えて来たな……旦那。こんなに寒いのに夏だっていうの、やっぱりおかしくないか?」
「まぁ……おかしいとは思うが、この領地特有の気候だと思えば、何となくは納得できるだろ?」
先ほどとは違って、肌に触れる空気が徐々に冷たくなってきた気がする。
地下だからまだ……辛うじて耐えられるけれど、これがもし……外に出ることになったら、どうなってしまうのだろうか。
(……夏だから、吹雪になることはないでしょうけど、それでもこの格好はまずいわね)
彼らの服装なら問題ないだろうけれど、庶民の服に身を包んだ私は違う。
強烈な寒さにさらされたら、徐々に手足が凍り付いて……二度と使えなくなってしまうかもしれない。
「……それにしても、今回は良い商品が手に入ったと思わないか?」
「だなぁ、まさか……リューネベルク公爵家の令嬢を仕入れることができるなんて、俺は思わなかったよ」
「オフィーリアという名前以外は、誰も姿を見たことのない深窓の令嬢って噂だったからな」
「けど、そんな噂の令嬢がどうして……いや、そもそもなんで、王族なんかと一緒に、ローゼンヴァルトにいたんだ?」
「そんなの、俺がわかるわけねぇだろ」
二人がその場に立ち止まると、声を荒げて言い合いが始まる。
普段なら呆れるところだけれど、今は……助かったと思う。
少しでも時間を稼げれば、私を追ってきているであろうアルフォンスとレクトールが助けに来てくれるかもしれない。
「……って、こんなことしてる場合じゃないな」
「だな。早くエス——」
「バカ野郎! ここであのお方の名前を言うな! なにかあったら、祖国に残してきた家族まで巻き添えになるだろうが!」
「悪い……旦那。ついうっかり……」
「うっかりじゃねぇんだよ。危機感くらい持てってんだ、ばかばかしい」
エス……誰かの名前の一部か、それとも彼らが所属している組織の頭文字だろうか。
もっとしっかりと、話を聞くために耳に意識を集中しようとした……その時だった。
「……見つけたぞ! おまえたち、そこで大人しくしろ!」
私たちが歩いてきた方向から、アルフォンスの声が聞こえると、抜身の剣を手に、こちらへ駆けてくる彼の姿が見えた。
「げぇ、もう来やがった。旦那!」
「うるせぇ、わかってる……って、ただの棒を振るしか能がない王子じゃないか。優秀な兄ちゃんはどうした?」
「……兄上は、おまえらが傷つけたリゼットを手当てしてくれている! だから、そんな挑発には乗らない!」
「店にあった売り物の剣で、ずいぶんとかっこつけるじゃねぇか。いいぞ? そこまで言うならおまえも商品として、連れ帰ってやるよ。……おい! おまえの剣を貸せ!」
「……わかった。けど、旦那。あんたは手加減が苦手なんだから、殺さないでくれよ?」
返事をした男が、私を乱暴に地面の上へと降ろすと、腰に差した剣を旦那と呼ばれた男に投げ渡す。
「バカ野郎! 剣も丁寧に扱えねぇのか!」
男は剣を受け取りざまに引き抜き、獰猛な笑みを浮かべて、アルフォンスへと切っ先を向ける。
「俺はなぁ……こんな商売をする前は、立派な兵士だったんだぜ? 棒振りが趣味な王子様じゃあ相手にもならねぇ。ほら……怪我したくなかったら、大人しくしたほうが身のためだぞ?」
「……それはできない。俺は、たとえ勝てなかったとしても、この命に代えてオフィーリアを守ると、兄上とリゼットに約束したから!」
「愚かな奴だ……おい! おまえは、リューネベルク公爵家の令嬢が逃げないように、しっかりと見張っとけ!」
ろうそくの灯りが、暗い地下道をゆらゆらと照らす。
男の持った剣の影が伸びて、アルフォンスへと重なる。
その瞬間、感情を吐き出すかのように張り上げた声が、地下に響き渡った。




