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昏き深淵のオフィーリア~婚約破棄の末に処刑された公爵令嬢は、二度目の人生をやり直す~  作者: 物部 妖狐
第一章 青薔薇は死に戻る

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第17話 女王は盤上に立つ

 着替え終わった私たちはリゼの実家から、再び街に出た。


 そして——


「……思ったより、目立たないのね」


 庶民の服のおかげか、先ほどとは違い人とすれ違っても、必要以上に目で追われることはない。

 けど……これは、私が貴族生まれなせいだろうか。


「ねぇ、リゼ? 足が出るのは何とかならなかったの?」

「えっと、お嬢様。庶民の服なので、申し訳ないのですが……」


 服の大きさが合わないわけじゃない。

 ただ、足首が出ていることが落ち着かないだけ。


「……リゼット。申し訳ないとは言うけれど、オフィーリアのそれは……どうにかならなかったのかい?」

「レクトールで……あ、レクトールさん。足首が出てしまうのは……しょうがないんです。きぞ……あぁ、はい。高貴な一族の方たちとは違って、私たちはどうしても、畑を耕したりとか、革のなめし作業とかで汚れやすいので……」

「兄上、ここはもう、俺たちの常識が通用する場所じゃないと思うから、リゼットさんの言うとおりにしたほうがいいと思う」

「アルフォンス……私は、あくまでオフィーリアの身を案じているだけだ。言われなくても、それくらいはわかっているつもりだよ」


 穏やかな笑顔を浮かべて、隣を歩く私の手に、レクトールが優しく触れる。

 何も知らなければ、その仕草に思わず胸が躍るだろうけれど、彼の本質を知っている以上、ただただ……不快なだけ。


「あら、私の身を案じる必要なんてないわよ? これも貴重な体験じゃない」

「……だが」

「あら、えらく引き際が悪いのね。私からしたら……今のあなたよりアルフォンスの方が、随分と大人びて見えるわよ?」


 困ったように笑うレクトールの手を振り払い、先頭を歩いているリゼの隣へ、小走りで移動する。


「ねぇリゼ? これから……どこに行くのかしら?」

「えっと……オフィーリアちゃん。これから、レクトールさんとお話していた商人さんのところに行こうと思ってま……思ってるよ?」

「あぁ……あの? そこでお金の使い方の練習をするの?」

「はい、ただ……レクトールさんが言うには、大通りから少しだけ外れた場所にあるって、教えてもらったみたいで、私も……詳しい場所は知らないんですよね」


 ローゼンヴァルトで生まれ育ったリゼが知らないとなると、最近……他領から流れてきたのだろうか。

 とはいえ、以前の人生での経験と、商人の情報を整理してみるけれど、当時……外から人が来たとは屋敷の人間や講師から聞いた記憶はない。


(屋敷の人間は噂が好きだから、新しい商人が近くのローゼンヴァルトに来たらすぐに耳に入るはずなのに……気になるわね)


 とはいえ……昔から領内にいて、最近独立したのなら、私が知らないのも無理はない。

 それか、商人の組合が新たに始めた事業だったのだとしたら……いや、その場合はお父様の耳に確実に入っているはずだから、私が気にしすぎているだけかもしれない。


「あの、レクトールさん。場所はこのあたりであってますか?」

「そのはずだよ。目印は青い看板だって言っていたからね……ほら、あれじゃないかな」


 レクトールが指し示した先、人の通りが少ない通りの奥に、こじんまりとした建物が見えた。


「あ、ほんとですね! んー……でも、この前里帰りした時は、ここって空き家だったはずなのに、最近できたのかな」

「どうだろう……リゼットさん。とりあえず中に入ってみたらわかるんじゃないかな」

「ア、アルフォンスくん……確かにそうかも? じゃあ……オフィーリアちゃん、中に入る?」

「……そうね」


 扉を開けて中に入ると、外の雰囲気とは違い、落ち着いた店内に、見たことのない調度品の並んだ棚が目に入る。


「あら、思ったより普通……? と言いたいけれど、お店に入ったことが今までないから、よくわからないわね」

「オフィーリアちゃん。えっと……うん。結構おしゃれでいいところだと思うよ?」


 店内を見渡したリゼが、私の手を握って答えてくれる。


「これは……王家御用達の商人の店と比べても、遜色がないね。リューネベルクにもこのような場所があるだなんて、驚きだよ」

「兄上……それは、でも……たしかに、そうかもね。父上からはもっと娯楽の少ない場所だって聞いてたから、意外かもしれない」

「あら、二人がそこまで言うということは、随分と……ここはいいお店なのかしら?」

「それは……どうだろうね」


 店内を見渡しながら歩いていたレクトールが、棚に並べられた遊戯盤に手を伸ばす。


「これは、王都で流行っている卓上遊戯だね。互いに駒を動かして、最後に王を落とす。実際の城攻めを想定して作られた奥が深いものだよ」

「兄上が一番好きな遊戯だよね。俺も何度か付き合ったことがあるけど……全然、勝てなくてさ」

「……勝てないんじゃない。アルフォンス、おまえの取る戦略があまりにも正直すぎて、先が読みやすいだけだよ」


 私たちの様子を見ている店員の視線を他所に、レクトールが遊戯盤を手に取ると、店の奥に置かれたテーブルの上へと運んでいく。


「すまない、お嬢さん。ここにテーブルがあるということは、試遊をしてもいいということでいいのかな?」

「え、あ……はい。ですが、たいへん貴重なものなので、取り扱いには……」

「扱いはわかっているから問題ないさ。それに……そうだね。もし店主が戻っているのなら、レクトールが来たと伝えてもらえないかな?」

「わ、わかりました……」


 店内の奥へと消えていく店員を見送ると、ゆっくりと椅子を引いて、レクトールが私に視線を向ける。


「……オフィーリア。よかったらルールを教えるから、一手お付き合いできないだろうか」

「あら、別に構わないけれど……あなた、私に勝てると思っているの?」

「ずいぶんな自信だね。もしや、遊んだことがあるのかい?」

「……ないわよ? ただ、やるなら簡単には負けたくないだけよ」


 もちろん、この遊戯に関しては……以前の人生で、何度かレクトールと二人きりの時に、一緒に遊んだことがあるから知っている。

 彼の取る手段も、そして……相手に合わせて変える打ち方も全てわかっている。


(けど、ここで私がレクトールの手を全て潰していたら……聡い彼のことだもの。余計なことまで考え始めるでしょうね)


 楽しそうに駒の役割を語りながら、盤面と動かし方について説明するレクトールを見る。

 こういうところだけは、あの頃も今も……子供のように笑うのは、どうやら変わらないらしい。


「兄上とオフィーリアの対戦……どうなるのかな」

「わかりません……でも、絶対にオフィーリアちゃんが勝つに決まってます!」


 アルフォンスとリゼには悪いけれど、今回は勝つつもりはない。

 悩んでいるように演出しながら、最後にはレクトールに勝ちを譲るつもりだ。

 とはいえ……。


(この遊戯は、手加減をするのが難しい)


 そう思いながらレクトールの対面に座ると、綺麗に並べられた駒に手を伸ばす。


「おや、練習もせずに……さっそく勝負するのかい?」

「……えぇ、あなたの教え方がうまいおかげで、大体のことはわかったもの。つまり、ここでこの駒を前に出せばいいのでしょう?」

「まさか……最初から兵士ではなく、女王を動かすだなんて、ずいぶん大胆なことをするんだね」

「大胆も何も、あなたからしたら……私は女王でしょう? 残念だけど、あなたの読みとは違って、私は前に出て自ら動くのよ?」


 本来であれば、女王と王の前に兵士が立っているから、動かすことはできない。

 けれど……私のことを初心者だと思っている今の彼なら、多少のルール破りくらいは許してくれるはず。


「オフィーリア。今回は許すけど、この遊戯はまず、兵士を動かして盤面を整えるんだ。次からは、最初から女王を動かすのはなしだよ」

「あら……そうなの? ありがとう。なら次からはそうさせてもらうわ」

「強気だね。けど、たとえ君が私の女王だとしても、勝負で負けてあげる気はないよ」


 静かな店内で、互いに駒を動かす音だけがこだまする。

 そして――。


「……はじめてにしては、予想以上に強いね。けど、これで終わりだよ」

「あら、褒めてもらえるだなんて嬉しいわ。あなたって強いのね」

「はは、たまたまだよ」


 盤上で、レクトールの操る騎士が、王の首を切り落とした。

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