第13話 青薔薇の王冠と選ぶ未来
「ねぇ……アルフォンス様。私はさきほど、少ないなら増やせばいいと言ったのを覚えているかしら?」
「覚えてるけど、兄上の未来を増やすのは……やっぱり難しいよ」
「そう? なら……そうね」
ここから先に言うことは、いくら私の専属であるリゼとはいえ……聞かせるのは危険だ。
大切だからこそ、彼女を貴族社会に……まだ、深く巻き込んではいけない。
「リゼット。ごめんなさい……私、これからアルフォンス様と、とても大事な時間を過ごしたいの」
「とても大事な……は、はい! それでしたら少しばかり外で暇をつぶしてきます!」
「ふふ、あなたの考えるようなことはないわよ? けど……そうね。せっかく気を利かせて、時間をつぶしてくれるのなら、一つだけお願いをしてもいいかしら?」
何やら、顔を赤くしてうつむいているけど、リゼはいったい……どこまで想像しているのか。
仮に彼女が想像しているようなことがあったとしても、グランツェルの貴族社会では……まず、ありえないことだ。
「……お願いですか?」
「えぇ、お父様に昨日の件でお話をしたいって、伝えてきてもらってもいいかしら?」
「わかりました! えっと……行く前に、紅茶のおかわりとかはいりますか?」
「ありがとう……でも、大丈夫よ? あなたが戻ってくる頃には、話も終わっているわ」
部屋を出ていくリゼを見送り、静かに考え込んでいるアルフォンスへ視線を移す。
「……オフィーリア」
「あら、どうしたの?」
「兄上の未来を増やせるって……君は本当に思っているの?」
「えぇ、思っているわよ? だって、やるのはあなただもの」
「……俺が?」
なにも知らないアルフォンスが、疑問に思うのも仕方がない。
けど、レクトールのことを本当に心配しているのなら……わかるはず。
(アルフォンスがこの国の王になることで、レクトールの未来を変えることができるかもしれない)
とはいえ、これは……あくまで、私の思惑に過ぎない。
レクトールも人を駒のように扱う時、心は痛んだのだろうか。
それとも、あなたは何も思わなかったのか……今になっては、知る由もないのに、気になってしまう。
「アルフォンス。あなた……グランツェル王国の王太子になろうとは思わない?」
「……オフィーリア? それはいったい何の冗談を言ってるんだ?」
「冗談じゃないわ。考えてみて……レクトール様が王になるしか道がないのなら、あなたが王になればいいのよ。そうすれば、王になるしかなかったお兄様には、別の未来ができると思わない?」
アルフォンスが震える手で、テーブルのティーカップへと指を伸ばす。
けれど、取っ手に触れようとした指先が虚空を撫で、室内に静寂が満ちていく。
「……君は、その言葉の意味をわかっているのか……いや、わかって言ってるんだよね?」
「えぇ、もちろんわかっているわよ? けど……考えてみてちょうだい。あなたが王になることで、大事な人を救えるのなら、私が差し伸べた手をあなたは……掴めるのかしら?」
「俺の質問には、しっかりと答えてくれないんだね」
「答えたら……私の気持ちに、あなたは応えてくれるの?」
レクトールなら、もっとうまく……人を言葉で巧みに操るのだろう。
壁に掛かった鏡に映る。
静かに微笑んで、自身の欲しい答えを待っている私の姿に、彼の姿が重なって見えた気がした。
「怖い人だ。まるで……俺の考えを見透かしているかのような目をするんだね」
「そう? まぁ……あなたからしたら、私は悪役みたいなものらしいし、そうなのかもしれないわね」
「本当に悪役だったらいいのにって……思ったのは、今日が初めてだよ」
「……心外ね。私はこんなにもあなたに手を差し伸べているのに、酷い男は嫌われるわよ?」
冷めたティーカップに沈んだ一滴の嘘を、うつむいたまま何も言わなくなったアルフォンスの代わりに、飲み込んでいく。
今のあなたは、あの時に起きた……私たちの死を知らない。
けど、少しでも心を救ってくれた恩が返せるのなら、いくらでも毒を吐こう。
(あなたが、レクトールに縛られずに王として立てるように、青い毒を言葉に混ぜるの)
アルフォンスが、あの時のあなたじゃないってわかっている。
私を想っていてくれた、あの頃の残影ではないことも、しっかりと……自覚している。
「ねぇ、アルフォンス。私があなたを選ぶわ……だから、あなたも私を選んでほしいの」
「俺には……」
「大丈夫よ。私たちならきっとうまくできるわ。だって……私、人を気遣えるあなたのそういう優しさが、好きだもの」
「……オフィーリア」
ティーカップの底に溜まった、甘ったるい蜜の言葉を静かに囁く。
私の知っている……心優しいあなたなら、この誘惑には抗えない。
「ごめん。俺……王太子には、いや、王にはなれないよ」
「……え?」
「俺の行動で兄上の未来が増えるなら、王を支える騎士として隣に立っていたいんだ」
あなたさえ望めば、太陽に照らされた道ではなく、
夜空に浮かぶ青い薔薇の王冠が手に入るのに。
「それに……オフィーリアはやっぱり、俺なんかじゃなくて、兄上の隣にいたほうがいいよ」
「……けど、私はあなたを選びたいって思っているのよ?」
「気持ちはすごいうれしいよ……双子じゃなかったら、思いを受け入れるか悩んだと思う。けど、俺は兄上のできないことを代わりにやろうって決めたんだ。だから……ごめん」
見誤っていた。
無意識にあの頃の彼と重ねてしまっていた。
(……アルフォンス)
私に想いを寄せて、最後まで味方でいようとしてくれた……あの頃の残影に、いつの間にか心を奪われていた。
「……ねぇ、アルフォンス様?」
今度は私の伸ばした手が、手探りに空虚に触れる。
(もしかして、あなたはただ……レクトールの隣にいたかっただけなの?)
「……リゼの言っていたこと、覚えてる?」
「リゼ? あ……うん。リゼットさんの言っていたこと?」
「えぇ。謝らせてほしいの。あなたを決めつけてしまったこと……そして、気持ちをないがしろにして、大事なことを忘れてしまったことを」
あの頃の私が、リゼットを側に置いていれば……もしかしたら、アルフォンスの命を救えたかもしれない。
今のようにお父様の気持ちを理解できていれば、あんな悲劇が起きなかったのかもしれない。
全て、あり得たかもしれない未来で、もう過ぎ去ってしまった過去。
「……アルフォンス様。あなたに王になってほしいとは言わないわ……だから」
「オ、オフィーリア?」
目の前にいるアルフォンスの手を強く握りしめる。
「私にあなたを教えてほしいの。何が好きで、どんなことで笑うのか……。そして、いつかでいいから、私の側にいたいと思ってくれたら……自分の未来を自分で選べるように、手伝わせて? 今度こそ、間違えないから」
「……今度こそって、オフィーリア。君はいったいなにを?」
「ご、ごめんなさい……私」
「はは、なんだか……オフィーリアって、もっとすごい女の子だと思ってたけど、意外と——」
アルフォンスが頬を赤らめて、何かを言葉にしようとした瞬間。
扉の向こう側から覗く視線に気づいて、言葉が止まってしまう。
「あ、どうぞ。お嬢様……私のことは気にせず、続けてください」
「リ、リゼ!?」
静かに中に入ってきたリゼが、テーブルの椅子に腰かけると、にやにやとした表情で私たちを見る。
「あ、あなた……お父様への言伝はどうしたの?」
「えっと、実は……伝えに行ったのですけれど、領内の視察でお屋敷にいなかったので、執事長に伝言の伝言を頼んできちゃいました」
「……そう、それはしょうがないわね」
「はい。……けど、驚きましたよ? 戻ってきたら、アルフォンス殿下の手を握っているんですから。しかも、何が好きで、どんなことで笑うのか教えてほしい、なんて……なんだか、すごくいい雰囲気で! 思わず……覗いちゃいました」
もっと早くリゼが戻ってきていたら、恥ずかしいところを見られないで済んだのかもしれない。
いや……そもそも、主人の部屋を覗き込む方が悪い。
けど、見られた事実になぜだか……恥ずかしさが込み上げてきて、リゼとアルフォンス様の前で思わず両手で顔を隠してしまう。
「オ、オフィーリア!?」
「お、お嬢様!?」
「も、もう放っといてちょうだい! リゼも今日は部屋から出ていって、アルフォンスも!」
その後……私の機嫌が直るまで、アルフォンスが優しく声をかけてくれたり、リゼが厨房から甘いお菓子を無断で持ってきたりして、二人に甘やかされているうちに日が暮れていくのだった。




