第12話 王家と貴族の魔法――太陽と月
室内に緊張感が満ちる。
ここから先、アルフォンスから聞くことは、私の知らない事実。
「けど、話す前にオフィーリア。リゼットさんに……君は聞かせたい?」
「聞かせたいもなにも、リゼットは私の専属で、これから先……ずっと隣にいる子よ? 私が抱える秘密は、彼女も知らなければいけないわ」
私の言葉に、リゼが小さく息を呑む。
アルフォンスは少しだけ迷ったあと、静かに頷いた。
「……兄上は、王家の魔法に身体が追いついていないんだ」
「魔法……ですか?」
「うん。リゼットさんは、魔法について……どれくらい知ってる?」
「あぁ、えっと、お貴族様が使う、不思議な力……ですかね」
魔法は、王家と貴族の血に宿る力。
リゼットの言うような、ただの不思議な力ではなく……この国の身分を支える根の一つだ。
隣国のように、魔法を持たない国もあるけれど、基本的に貴族は、その血に魔力を宿す。
「まぁ、そうだよね。けど……王家の使う魔法は、不思議な力というには格が違うんだ」
「あら、リューネベルクの毒も、そうではなくて?」
「多分……そうなんだろうけど、俺たちはリューネベルクの毒と魔法について、まだ深く知ろうとするなって、父上から禁じられてる。だから……ごめん、わからないよ」
「そう……それは残念ね」
リューネベルクの宿す魔法は月と毒。
それは誇りであり、特権であり……身体を蝕む呪い。
月の出ている夜にその性質はより濃くなり、自身の血を媒介に、青薔薇の毒を精製する。
「……ごめん。王都に帰ったら父上に、リューネベルク公爵家の魔法について、もう少し教えてもらえないか聞いてみるよ」
「禁じられているのだから、無理に知ろうとしないでいいのよ? 知らないことを知ろうとするのは立派だけれど、今はまだ……知らないほうがいいことってあるもの」
「ありがとう。……でも、オフィーリアは兄上の秘密を知ろうとするんだね」
「私はいいのよ? だって……ここはリューネベルク公爵領だもの」
「はは、まるで……物語に出てくる悪役みたいだね」
悪役と言われると、少しだけ……心が痛む。
あの時、愛していた人が最後まで私に隠し通してきた秘密を、今の私は無理やりにでも知ろうとしているのだから。
「なら……アルフォンス様は悪役に抗う、王子様かしら?」
「そんな勇気はないよ。だって、未来の義姉になるかもしれない人だから……隠しごとはしたくないんだ」
「あら、もしかしたら……あなたと婚約するかもしれませんわよ?」
「オフィーリア……冗談はやめてほしいな。俺と君とじゃ……釣り合わないよ」
釣り合わない、という言葉に胸がざわつく。
自己評価が低いのは別にいい。
けど……どうして、最初から自分を選択肢の外に置いてしまうのか。
「……オ、オフィーリア? もしかして、君を怒らせちゃったかな」
「いえ、別に怒ってないわ。……それで? レクトール様が魔法に身体が追いついていないってどういうことなの?」
「え、あ……うん。兄上は生まれつき、身体があまり強くなくてさ。今でこそ、普通に生活する分には問題ないんだけど……」
「……代償に耐えられないのね」
「うん。王家の魔法は……太陽と生命に近いものなんだ。これだけじゃ、何ができるのかはわからないと思うけど、代償がすごく重いんだ」
魔法は……力が強ければ強いほど、血に刻まれた代償も重くなる。
リューネベルクは青薔薇の毒にその身を侵し、血を媒介に青薔薇の毒を精製する。
その代償として、毒が濃くなればなるほど、身体は少しずつ……死に近づいていく。
「……たとえばさ、使えば使うほど、自分の未来が少しずつ削られるって言われたら、オフィーリアはどう思う?」
「どう思うって言われても、ずいぶんと曖昧ね。未来なんて自分で作るものでしょう?」
「はは、それはそうだね。けど……中には、選べる未来が少ない人もいるんだ」
「少ないなら……増やせばいいのではなくて?」
アルフォンスが、驚いたような表情で私を見る。
まるで、そんなことを考えたこともなかったみたいに。
「増やせって……無理だよ」
「あら、自分で限界を決めるのはよくないと思わないかしら? リゼもそう思うわよね?」
「え、えぇっと、私はなんていうか。貴族って大変なんだなぁって感じでして、ちょっと、いえ……すごい難しいです」
困ったように笑うリゼが、ふと……何かに気づいたかのように、ハッとした顔をする。
「あの……未来が削られるって、もしかして、寿命が短くなるってことですか?」
「寿命だけなら、まだ分かりやすい代償だと思う……けど」
「あら、それ以外もあるってこと?」
「……うん。選べたはずの道が、いつの間にか消えている。出会えたはずの何かに出会えなくなる。そんなふうに、未来そのものが少しずつ痩せていくんだって」
「えっと、アルフォンス殿下? 未来のことなんて誰もわからないのに、そんなことを言われても、よく……わからない、です」
なんとなく、レクトールが王家の魔法を使わない理由がわかった気がする。
(レクトールには、多分……王になる以外の未来がない)
他に選べる道がないから、選ばなかったものを見なくなる。
けど……今の彼なら、戻ることはできるのだと思う。
それでも、あの時に偽物を選んだのはレクトールだ。
「兄上は、生まれた時から……王になる人だって言われてきたから、選べる未来があまりないんだと思う」
「それと、レクトール様が王家の魔法に耐えられないことに、何のつながりがあるのかしら?」
「それは……」
「あ、わかりました! ほら……お嬢様、あれです。お買い物をする時に銅貨や銀貨を使うじゃないですか。払えなかったら……どうなるかって思えば、なんとなくだけどわかった気がします!」
「ねぇリゼ? わかったのか、なんとなくなのか……どっちなの?」
銅貨や銀貨と言われても、私は……生まれてこの方、死ぬ前も含めて自分でお金を使ったことがない。
「はは……リゼットさん。王家や貴族となると、屋敷の者に任せることが多いからね。俺も価値は知っているけど、使ったことはないし、オフィーリアもわからないかもよ?」
「失礼ね。お金くらい……わ、わかる、わよ」
「……オフィーリア。意地を張らないほうがいいよ」
「い、意地なんて張ってないわ。けど、そうね……リゼ、今度一緒に買い物に行きましょう。あなたがどうお金を使うのか、見せてちょうだい」
なんとなくだけど……レクトールの身体が弱い理由はわかった。
幼いころは、未来が一つしかなかったから、内に秘める王家の魔法が毒になったけれど、成長と共に増えたのかもしれない。
「ふふ、はい! その時はアルフォンス殿下とレクトール殿下ともご一緒して、皆で庶民体験しましょう!」
「そうだね。兄上もいい気分転換になると思うし、オフィーリア……いいかな」
「……別にかまわないわ。けど、今日みたいな騒ぎは勘弁してほしいわね」
「はは、大丈夫。だって……俺の兄上だから」
誇らしげに笑うアルフォンスを見て、気持ちを落ち着かせるためにリゼの淹れてくれた紅茶を口に含む。
今は問題なくても、私がレクトールの隣にいたら……同じことを繰り返す。
なら、私にできることは一つ。
(私は……私が選ぶ未来のために)
あなたが、あの時に選んだ未来を……絶対に選ばせない。
今度こそ私は、自分の人生を生きるのだから。




