第11話 綺麗な言葉と薄っぺらな嘘
「……もう一度聞こうか。リゼット、どういう意味だい?」
レクトールの二度目の問いに、リゼが表情を引き締める。
「どういう意味って、レクトール殿下。そのままの意味ですよ?」
「……オフィーリア。君の専属はどうやら、貴族や王族に対する礼儀を知らないようだね」
「あら、それがどうしたのかしら? リゼットは私の気持ちを代弁してくれただけよ?」
「……そうか。アルフォンス、どうやら私たちはリューネベルクにとって、招かれざる客だったようだ」
「俺は……」
ここでアルフォンスに声を掛けるのは、さすがに……やることが汚い。
いくら表面上は穏やかな笑みを浮かべていても、不快感を隠す気がないことくらい、丸分かりだ。
「レクトール殿下? いくら子供だからって、弟に無理やり言うことを聞かせるのは、誇れるお兄さんじゃないです」
「……そうか。それは、申し訳ないことをしたね」
「謝るのは私にじゃなくて、アルフォンス殿下に……ですよ?」
「私の弟には、これで伝わっているさ」
本来ならば、平民のリゼが私たちに無礼を働いてしまった時点で、重い処罰を受けてもおかしくはない。
けど、私が「私の気持ちを代弁した」と明言したおかげで……辛うじて、首の皮が繋がっている状態だ。
「……うん、リゼットさん。俺は大丈夫。兄上の気持ちは伝わってるから……でも、ありがとう」
「いえ、これくらいは年長者として当然ですよ」
リゼの言葉に、アルフォンスが少しだけ照れたように笑う。
「はは、リゼットさんは本当に使用人らしくないね。オフィーリアとも仲が良いみたいだし、うらやましいな」
「そうですか? なら……このお屋敷にいる間は、たぁっくさんお世話しちゃいますね」
「ふふ、レクトール様も、私への失礼を謝罪してくださるなら、リゼットにお世話してもらえるわよ?」
「……謝罪と言われてもね。私のどこが失礼なのかわからないのに、頭を下げられるわけがないだろう?」
実のところ……レクトールのどこが失礼だったのか。
私にも、はっきりとはわかっていない。愛を囁かれたことなら、貴族間ではお互いの家のために、子供のうちに婚約をするのはよくあることだ。
けど、なぜだか……リゼの言葉が、今は正しく感じる。
「レクトール殿下。本当に……わからないんですか?」
「あぁ、だから……リゼット。教えてくれないかな。私にはわからない、君が失礼だと感じた何かを」
「しょうがないですね。でしたら、このリゼットお姉ちゃんが、レクトール殿下に教えてあげますから、よぉく聞いてくださいね?」
リゼの言葉に、レクトールの笑顔が……消えた。
けど、その姿に気付いていないかのように、人差し指を立てると、誇らしげに笑った。
「まずは一つ。出会って間もないのに、人の容姿を上から目線で褒めるのは……下心が丸見えで、女の子に対して失礼です」
「……なるほど」
「次に、二つ目。相手のことをよく知りもしないのに、わかったふりをして……決めつけちゃダメです!」
リゼも、私の容姿をお人形さんみたいってこの前褒めてたような気がするけど、それは……今は言わない方がいいだろう。
「さらに、これが最後。相手が何を好きで、どういうことで笑ってくれるのか。一緒にいて……安心できるって、大好きだって感じたこともないのに、プロポーズだなんて、オフィーリアお嬢様の気持ちをないがしろにしすぎです! これが、一番やっちゃダメだと思います!」
「……そうか」
「はい! それにレクトール殿下。優しい言葉は……かけてもらえると嬉しいですけど、綺麗な言葉の裏に、薄っぺらな嘘は混ぜちゃダメですよ? そんなことばかりしていると、自分が何を大事にしていたのかすら、わからなくなっちゃいます」
リゼの言葉で、私を偽物に置き換えたレクトールの姿が、脳裏に浮かび上がる。
あの時の彼は、いったい何を考えていたのだろうか。
隣にいた女のことを、私は本当に知らないのだろうか……偽物になるということは、少なからずどこかで会ったことがあってもおかしくはない。
「薄っぺらな嘘とは心外だね。私のこれは本心だよ」
「けど、私のことは嫌い……ですよね?」
「……リゼット。君がそう思うなら、そうなのだろうね」
先ほどよりも薄い笑顔を浮かべたレクトールは、椅子から立ち上がると、心配げに彼の顔を見るアルフォンスを置いて、扉の前へと歩いていく。
「オフィーリア、今日はこれで失礼させてもらうよ」
「あらそう? せっかく楽しくお話をしていたのに、とても……残念ね」
「あぁ、私も残念だよ。けど……そうだね。婚約の申し出に関しては確かに、失礼だったかもしれない。だから今度は、しっかりと公式の場で申し入れるよ」
そして、私の返事を待たずに……出て行ってしまった。
「……えっと、オフィーリア、リゼットさん。兄上が……失礼なことをしたみたいで、ごめん」
「別に構わないわ。けど……アルフォンス様は、レクトール様を追わないでいいのかしら?」
「うん。あぁなった兄上は、一人にしておいた方がいいと思うから……俺が、近くにいない方がいいよ」
……驚いた。
まだ子供のアルフォンスが、ここまで相手の気持ちを考えられるだなんて。
(……もしかして、本当に人の気持ちに聡いのは、レクトールではなくて、アルフォンスだったのかもしれないわね)
行いはともかく、人を導く王としては、レクトールの方が正しいのかもしれない。
けど、人間らしさで言えば、アルフォンスの方が……魅力がある。
「まるで、磨かれる前の原石ね」
「……オフィーリア?」
「あら……ふふ、なんでもないわ」
思わず、心の声が口に出てしまったけれど、構わない。
アルフォンスが、あの頃のように真っ直ぐに成長してくれれば、自然と周囲に人が集まるようになる。
そして、私が滅ぼしてしまった家門に、彼を繋げることさえできれば……孤独な王を頂きに据えるより、この国はきっと強くなるはずだ。
「アルフォンス殿下って、レクトール殿下とはまた違って……いいですよねぇ。なんていうか、一生懸命なところや、相手を気遣ってくれるところに、安心感があって素敵だと思います」
「いや……リゼットさん。俺は兄上みたいに頭が良くないし、話も上手くない。むしろ、頑丈な身体を分けてあげられればいいのにって、いつも思ってるくらいだよ」
「あら? レクトール様って、あまりお身体が強くないのかしら?」
「あ……いや、ごめん。今のは聞かなかったことにして……ほしいかな」
レクトールの身体が弱いだなんて、あの頃も含めて聞いたことがない。
いつも自信ありげで、余裕を崩さない姿を頼もしく思ってはいたけど、長く一緒にいたのに、どうして気付けなかったのだろうか。
「……ねぇ、アルフォンス?」
「オ、オフィー……リア?」
けど、一度でも興味を持ってしまったのなら、知らないままでいるだなんて……私には無理だ。
アルフォンスの顔に手を添え、微笑むと……逃がさないように、そのまま視線を合わせる。
「私は将来、レクトール様かあなたと婚約するかもしれない女よ? 隠しごとなんて……しないわよね?」
「お、俺は……」
やり方が卑怯なのはわかっている。
けど、ここはリューネベルク公爵領で、私は公爵令嬢だ。
王都で許されないことであっても、ここでは私たちの言葉が正しさに変わる。
「……わ、わかった」
たとえそれが、この国の王族であったとしても、太陽と月は、立場こそ違えど隣り合わせなのだから。




