第10話 囁かれた愛
昨晩、リゼが私を呼びに来たけれど、返事がなかったことを不審に思って室内を覗き……私が眠っているのを見て、何故か起こさなかったらしい。
「……起こしてくれてもよかったのに」
「だ、だって……お嬢様を起こすのは悪いかなぁって……思いまして」
「次からは、その気遣いはいらないわ。青薔薇の毒に対する耐性が落ちたら大変だもの」
「は……はい。次からはそう、します」
リゼの気持ちは嬉しいけど、私のために青薔薇の毒耐性を落とすわけにはいかない。
一度の遅れで変わるようなことはない。けれど……あと少しで、二枚目の花弁に届くというのに、少しでも遅れてしまったら……私の記憶と未来が大きくずれてしまうかもしれない。
(そうなったら、今の私では……何もできないわ)
だから……それだけは避けたかった。
「あ、そういえばお嬢様? 本日……朝食の後なのですが、レクトール殿下から、二人きりでお話がしたいと、言伝を預かりましたけど、どうします?」
「どうって……リゼ。断れると思っているの?」
「えぇっと、あ……はい。お嬢様はその……レクトール殿下が苦手? みたいだから、断るのかなぁって思いまして」
「別に……苦手じゃないわ。けど……そうね、リゼにはそう見えたの?」
「……はい。それに私、思ったのですけど……レクトール殿下ってお優しいですけど、なんだか私のこと、嫌いなのかなぁって。だから、そのせいで……余計にそう見えているのかもって思います」
まさかリゼが、レクトールの違和感に気づけるなんて思わなかった。
「……お嬢様?」
「な、なんでもないわ。……そうね。レクトール様は別に、リゼのことが嫌いというわけではないと思うわよ? ただ、貴族や王家に対する礼節が欠けていることが気になっただけじゃないかしら」
「なら、もっと言葉遣いの勉強をしないと……ですね。だって、私はオフィーリアお嬢様の専属ですから!」
「ふふ、頑張ってちょうだい」
リゼ……いや、リゼットを私の専属に選んだのは、正解だったのかもしれない。
(……純粋な子みたいだから、ちょっとしたことで気づいたりするのかしらね)
「……ねぇ、リゼ? レクトール様に伝えてほしいことがあるのだけれど、いいかしら?」
「は、はい!」
「……青薔薇の庭園ではなくて、私の部屋でお話しましょう。私の専属のリゼと三人でって、伝えてちょうだい」
「わ、私がいても……いいの、ですか?」
「えぇ、それに……言葉遣いの勉強は、実践の方が覚えるのが早いと思うわよ?」
リゼは嬉しそうに笑みを浮かべる。
本当は……レクトールと二人きりになりたくないから、あなたも一緒にいてほしい。
そんな考えを伝えたら、この笑顔が曇ってしまいそうで、なんだか心苦しく感じてしまう。
「わかりました! すぐに伝えてきます!」
ぺこりと頭を下げて、小走りで部屋を出て行く。
(レクトールの考えは、なんとなくわかるけど……そうね。アルフォンスのことを考えたら、あまりいじめ過ぎないようにしないと)
とは思っていたけど、朝食を終えて、しばらくした頃。
「……どうして、アルフォンス様まで?」
「もしかして、邪魔……だった?」
「そんなことはないわ。私の部屋に男性が二人も来るだなんて思わなかったから、少しだけ……驚いてしまったの」
レクトールへの言伝を頼んだはずなのに、どうして……アルフォンスがここにいるのだろうか。
せっかく、心の準備をしたのに……気が抜けてしまいそうだ。
「……オフィーリア。それなら、今からでも庭園に移動した方がいいとは思うけど、どうかな?」
「レクトール様……気を遣わなくてもいいのよ? リゼット、少しだけ大変だと思うけど、いいかしら」
「はい! お嬢様の専属として、立派にレクトール殿下とアルフォンス殿下をもてなしてみせます!」
「ありがとう、リゼットさん。けど……俺たちのためにがんばり過ぎて、無理はしないでほしいかな」
「無理だなんて、アルフォンス殿下。これが私の仕事ですから大丈夫ですよ? で、でも、ありがとうございます!」
頬を赤く染めて、照れ笑いを浮かべるリゼを見て、レクトールの笑みが一瞬だけ崩れたように見えた。
「それにしても、リゼット。君はオフィーリアの専属だったのだね……まだ、若いのに立派じゃないか」
「へへ、立派だなんて……照れちゃいます」
「照れなくていいよ。君が頑張った証なのだから、むしろ誇るべきさ」
「あ、ありがとう……ございます。それに、お嬢様の専属になったおかげで、お給金も上がるって言われましたし、これで弟や妹たちに送れるお金も増やせて、すごい嬉しいんです!」
「……仕送りか。君は立派なお姉さんなんだね。君を見ていると、私も弟のアルフォンスに誇れる兄であれるよう頑張りたいと思うよ。オフィーリアも、良い専属を選べて、嬉しいんじゃないかな」
アルフォンスから主導権を奪おうとしているみたいだけど、相手が悪い。
言葉の意味をそのまま受け取ってしまうリゼだから、いくら内側に入り込もうとしても、彼の思い通りにはならない。
(……だからって、私に助けを求められてもね)
「私も誇らしいわ。だって……リゼットは、私の自慢だもの」
「お嬢様……私、とっても嬉しいです!」
「えぇ、私の期待を裏切らないでね」
「もちろんです。お嬢様が必要としてくださるなら、いつまでもお世話いたしますよ!」
何も言わずに、笑顔を浮かべているレクトールが、何を考えているかはわからない。
けど、今はそれでいい。私は彼の味方ではないのだから。
「そういえば、オフィーリア。父上からの手紙について、リューネベルク公爵から聞いていないかな?」
「聞いておりますけど、レクトール様。何を聞きたいのかしら?」
「……オフィーリア、はぐらかさずに聞いてほしい。君を好ましく思っている……正式な場ではないとはわかっているつもりだ。それでも、私と婚約をしてもらえないだろうか」
「あ、兄上……いや、レクトール兄さん?」
「アルフォンス、止めないでくれ……。君の陶器のように美しい肌、宝石のような薔薇色の瞳、月光を宿したような銀の髪、それだけじゃない。リューネベルクの公爵令嬢として気高いあり方、その全てが……愛おしい。どうか、私の思いを受け取ってほしいんだ」
まさか……青薔薇の庭園で、二人きりになった時に囁かれた愛の言葉を、自分の部屋で聞くことになるとは思わなかった。
困惑した表情で、私とレクトールを交互に見るアルフォンスをよそに、室内には静寂が満ちる。
「……レクトール殿下。さすがにこれは、オフィーリアお嬢様に対して失礼じゃないですか?」
「リゼット、それはどういうことかな?」
そんな静寂を切り裂いたのは、私たちのために紅茶の準備をしていたリゼットだった。




