〜The Sparrow Who Lost Her Voice〜8
白い部屋は、もう白ではなかった。
照明は強く、色は鮮やかで、
すべてが完成された空間になっている。
だが。
どこにも、自由がなかった。
---
「今日で一区切りにしましょう」
---
おばあさんの声。
穏やかで、整っている。
---
「次の段階に進むために」
---
スズメ「……はい」
---
短い返事。
---
机の上には、台本。
---
分厚い。
---
ページをめくる音だけが、やけに響く。
---
スズメ「……多いですね」
---
正直な言葉。
---
おばあさん「大丈夫。全部やるわけじゃないわ」
---
微笑む。
---
おばあさん「使えるところだけ使うの」
---
カメラがセットされる。
赤いランプ。
---
「いきます」
---
スズメ「本当の自分なんて、存在しません」
---
「カット」
---
「いいわね。次行きましょ」
---
スズメ「人は、他人に合わせることで完成します」
---
「カット」
---
スズメ「苦しみは、個性を持とうとするから生まれます」
---
「カット」
---
言葉が、流れる。
止まらない。
考えない。
ただ、読む。
その途中で。
ふと。
スズメの声が、止まった。
---
おばあさん「……どうしたの?」
---
「……」
---
沈黙。
---
「あの……これは」
---
ゆっくりと、言葉を選ぶ。
---
「……正しいことなんですか?」
---
一瞬。
空気が止まる。
おばあさんは、すぐに笑った。
---
「もちろんよ!」
---
迷いのない声。
---
「数字がそれを証明してるわ」
---
スズメ「……」
---
おばあさん「迷う必要はないの」
---
「あなたは、もう正解を出してるんだから!」
---
「だから、それを繰り返せばいいの」
---
沈黙が続く。
スズメは、台本を見る。
そこに並ぶ言葉。
正しい形。
正しい答え。
ゆっくりと、口を開く。
---
スズメ「……私は」
---
止まる。
---
「カット」
---
即座に入る。
---
おばあさん「台本にないことは言わなくていいの」
---
スズメ「……」
---
おばあさん「それは、今必要のないことだから」
---
その言葉で。
完全に、止まった。
---
おばあさん「次いきましょう」
---
収録が、再開される。
---
スズメ「幸せは、選択の連続です」
「人は、変われます」
「簡単に、救われます」
---
完璧な流れ。
完璧な声。
完璧な何か。
そして。
収録は終わった。
---
「お疲れ様」
---
おばあさんが微笑む。
---
「いい出来よ」
---
スタッフが拍手する。
軽い音。
スズメは、何も言わない。
モニターに、さっきの映像が流れる。
---
スズメ(画面の中) 「人は、変われます」
---
完璧だった。
画面の外側から見れば。
---
「……」
---
スズメは、画面を見つめる。
ゆっくりと、手を伸ばす。
触れる。
冷たい。
---
「……これで終わりですか?」
---
小さく、呟く。
---
おばあさん「いいえ」
---
すぐに返る。
---
「ただ始まっただけよ」
---
その言葉は、どこか遠かった。
---
夜。
老人の部屋。
通知は、来なかった。
一度も。
スマホを、何度も確認する。
既読も、つかない。
---
「……」
---
何かが、引っかかる。
理由はない。
だが、分かる。
---
「……これはまずいな」
---
立ち上がる。
意味もなく、部屋を歩く。
何もできないのに。
スマホを見る。
何もない。
その静けさが。
異様だった。
---
深夜。
ようやく通知が、一つだけ届く。
スズメからだ。
震える指で、開く。
---
「終わりました」
---
それだけ。
画面を見つめる。
何か、違う。
何かが、足りない。
打ち込む。
---
「どうだった?」
---
送信し、既読が付く。
少し間があいて。
そして。
---
「……」
---
メッセージが来る。
---
「分かりません」
---
たったそれだけ。
そして。
もう一つ。
---
「私は……」
---
そこで、止まっていた。
続きは、来なかった。
既読も、つかない。
画面が、静かになる。
老人は、何もできない。
ただ。
その“途切れた言葉”を。
見続けることしか、できなかった。




