〜The Sparrow Who Lost Her Voice〜6
光が、強すぎた。
スタジオは、前よりも広くなっていた。
照明が増え、カメラも増え、スタッフも増えた。
白い部屋は、もう白ではなかった。
色がついている。
だが、どこか“現実感”が薄い。
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「はい、じゃあ次いきまーす」
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軽い声。
空気は明るい。
すべてが、順調だった。
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スズメ 「……」
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マイクの前に座る。
カメラの赤いランプが点灯する。
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「3、2、1——」
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スズメ(少し遅れて) 「人は——」
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「カット」
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すぐに止まる。
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おばあさん「間が長い」
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「……すみません」
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「テンポ良く!今は流れが大事なんだから」
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タブレットにグラフが映る。
右肩上がりの数字。
成功の証明。
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「あなたは、もう個人じゃないの」
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少しだけ、声のトーンが変わる。
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「一つのコンテンツなの」
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沈黙の後…。
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「……はい」と短い返事をし。
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「もう一回」
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撮影は続く。
だが。
どこか、ずれていた。
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スズメ 「幸せは——」
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「カット」
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「人は——」
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「カット」
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「……」
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「カット」
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「どうしたの?」
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おばあさんの声。
柔らかい。
だが、逃げ場がない。
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「……分かりません」
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正直な言葉。
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「何が?」
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「言葉が……出てきません」
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一瞬の沈黙の後。
スタッフの空気が、わずかに変わる。
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おばあさんは、すぐに笑った。
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「大丈夫よ」
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優しい声。
完璧なタイミング。
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「考えなくていいの」
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「……」
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おばあさん「もう、用意してあるから」
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タブレットを差し出す。
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そこには、台本。
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短い言葉。
強い言い切り。
伸びる形。
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スズメ「これは……?」
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おばあさん「あなたの言葉になるものよ」
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即答だった。
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おばあさん「読むだけでいいの」
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スズメは、画面を見る。
そこに並ぶ言葉。
それは、どれも、正しく。
どれも、強い。
そしてどれも、分かりやすい。
だが。
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スズメ「……私の、ではない」
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小さく呟く。
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おばあさん「同じよ」
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即座に返る。
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「伝われば、同じ」
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沈黙。
カメラは、まだ回っている。
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「ほら」
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促される。
スズメは、ゆっくりと口を開く。
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スズメ(台本を読む) 「人は、悩みを深く考えすぎるから苦しみます」
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完璧な音。
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おばあさん「いいじゃない」
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満足そうに頷く。
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「もう一ついきましょう」
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その繰り返し。
言葉が、生まれない。
ただ、流れる。
用意された形で。
用意された声で。
夜。
老人の部屋。
動画を再生する。
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スズメ 「人は、自分を責める必要はありません」
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また、同じだ…。
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「……」
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何も言わず、閉じる。
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通知が鳴る。
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スズメからだった。
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「言葉が、出てきません」
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短い一文。
老人は、すぐには返さなかった。
天井を見る。
昔のことを思い出す。
言葉が、出なくなった日。
何を言っても、違うと否定された日。
削って、削って、削って。
最後に残ったのが。
“何もない言葉”だった日。
スマホを見る。
もう一度、メッセージ。
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「でも、再生数は増えています」
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続けて送られていた。
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「これは、正しいですか?」
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同じ問い。
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何度も、何度も。
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老人は、目を閉じる。
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そして。
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ゆっくりと、打ち込む。
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「……間違ってない」
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送信。
既読が付く。
すぐに返ってくる。
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「では、なぜ」
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続く言葉。
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「心が空っぽなんですか」
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指が、止まる。
画面を見つめる。
何も言えない。
言葉が、見つからない。
しばらくして。
ようやく、打つ。
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「……削りすぎたんだろ」
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送信。
既読。
沈黙。
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スタジオ。
スズメは、一人で座っていた。
モニターに、自分の動画が流れている。
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スズメ(画面の中) 「幸せは、気づくものです」
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完璧な笑顔。
完璧な声。
完璧な形。
だが。
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「……」
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何も、感じない。
画面に手を伸ばす。
触れる。
冷たい。
小さく、呟く。
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スズメ「私は……」
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その先が、出てこない。
沈黙。
かつては、自然に続いていた言葉。
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「私は……誰にも、見られていなくても
言葉は、消えないものだと思っていました」
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その続きが。
もう、思い出せなかった。
画面の中で。
スズメは、喋り続けている。
だが。
現実のスズメは、何も、言えなかった。
その静寂は。
切り取られた後に残る。
空白だった。




