〜The Sparrow Who Lost Her Voice〜5
数字は、止まらなかった。
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32,000→ 120,000→ 480,000
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「……はは」
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老人は、乾いた笑いを漏らした。
もう理解の外だった。
ここまで来ると、“良い”とか“悪い”じゃない。
ただの現象だ。
スマートフォンの画面。
スズメの新しい動画が、次々と並ぶ。
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『3秒で救われる言葉』
『人生を変える一言』
『知らないと損する思考』
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どれも似ている。
短くて、強くて、分かりやすい。
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再生する。
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スズメ(明るく、迷いのない声) 「悩みは、考えすぎるから生まれるんです」
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コメントが流れる。
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「確かにw」
「これは刺さるw」
「救われた」
「この子ほんとにすごい」
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老人は、無言で画面を見ていた。
動画が終わる。
やっぱり…何も、残らない。
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「……すげぇな」
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皮肉とも、本音ともつかない声。
指が、次の動画を押す。
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スズメ 「幸せは、探すものじゃなくて、気づくものです」
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また、同じだ。
言ってることは正しい。
綺麗で、無駄がない。
そして…。
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「……軽い」
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呟く。
言葉が軽すぎる。
指に引っかからない。
頭に残らない。
やっぱりあの声じゃない。
スマホを置く。
部屋は静かだ。
だが、画面の中では。
世界が騒いでいる。
通知が鳴る。
スズメからだった。
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「数字が増えています」
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短いメッセージ。
老人は、少し考える。
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「見りゃ分かる」
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送信し、既読が付くまで、少し間があく。
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「これは、正しいことですか?」
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その問いに、老人はすぐに答えなかった。
画面を見る。
フォロワー:780,000
増え続けている。
誰もが、求めている。
それでも。
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「……分からん」
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打ち込み送信する。
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「多分な、誰も分かってない」
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続けて送る。
既読は付くが、しばらく何も来ない。
やがて。
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「では、なぜ増えるのですか」
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「欲しいからだろ」
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すぐに返す。
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「欲しい?」
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「簡単な答えを…だ」
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送信。
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「考えなくていい言葉を」
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もう一つ送る。
既読が付く。
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「……それは、良いことですか」
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老人は、少しだけ笑った。
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「さっきと同じこと聞くなw」
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送信。
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「違いは、何ですか?」
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指が止まる。
違い…か。
画面を開く。
一番最初の動画。
再生回数:1,204,883
桁が、変わっていた。
再生する。
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スズメ(ノイズ混じり) 「私は……誰にも、見られていなくても言葉は、消えないものだと思っていました」
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その声は、まだそこにあった。
揺れている。
不安定で。
だからこそ、残る。
動画を閉じる。
新しい動画を開く。
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スズメ(完璧な音) 「人は、簡単な言葉でしか変われません」
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同じ“言葉”でも。
まるで、違う。
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「……重さ…だな」
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呟き、打ち込む。
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「前は、重かった」
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送信。
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「今は?」
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すぐに返ってくる。
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老人は、少しだけ迷う。
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そして。
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「かなり軽い」
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送信する
そしてすぐ既読が付く。
沈黙。
長い、沈黙が続く。
やがて。
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「軽い方が、届いています」
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その一文に、何も返せなかった。
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確かにそれは正しい。
完全に、正しい。
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「……そうだな」
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それだけ送る。
既読は付くが、その後、返信は来なかった。
夜。
老人は、また動画を見ていた。
同じような内容。
同じような反応。
同じような数字。
繰り返し。
繰り返し。
繰り返し見る。
ふと。
コメント欄に、目が止まる。
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「最初の頃の方が好きだった」
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その一行だけ。
すぐに流れていく。
埋もれていく。
見えなくなる。
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「……いるんだな、少しはこういう人が」
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小さく呟く。
だが、その声は。
どこにも届かない。
スマホを置く。
天井を見る。
何もない。
ただ。
一つだけ。
確かにあったはずのナニカが。
少しずつ、薄れていく感覚だけが残っていた。
画面の向こうで。
スズメは、まだ喋っている。
だが。
その言葉は、もう、どこにも引っかかることはなかった。




