〜The Sparrow Who Lost Her Voice〜4
白い部屋だった。
壁も、机も、椅子も。
すべてが均一で、影が薄い。
時間の感覚が、曖昧になる。
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『もう一度いきましょうか』
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女の声がする。
穏やかで、正確で、温度がない。
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スズメ「はい」
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小さな返事。
マイクの前に座る。
目の前には、カメラ。
赤いランプが点灯している。
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おばあさん「リラックスして。大丈夫」
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“安心させる言葉”としては、完璧だった。
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『じゃあ、さっきの続きから』
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合図。
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スズメ(少し間を置いて) 「……言葉は、本来、誰のものでもなくて——」
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『カット』
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すぐに止まる。
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『なんか、長いのよね』
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スズメは、黙る。
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『最初の三秒が大事なの。そこで離れたら終わりよ』
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タブレットを操作する。
画面には、波形とグラフ。
視聴維持率。
離脱ポイント。
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『ここ、今の入り、0.8秒で落ちてる』
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スズメ「……落ちてる?」
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『人がいなくなるってこと』
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一瞬の沈黙。
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スズメ「……では、私はどうすれば」
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『簡単よ』
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タップ。
別の動画が再生される。
明るい声。短い言葉。強い言い切り。
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『こういうの』
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スズメ「……これは」
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『分かるでしょ?』
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スズメは、少しだけ考える。
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スズメ「はい」
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『じゃあ、やってみましょう』
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再び、カメラの前。
赤いランプ。
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『3、2、1——』
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スズメ 「人は——」
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「カット」
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『違うわ。まだ少し硬い』
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スズメ「……」
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『もっと軽く。明るく。考えさせない』
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スズメ「考えさせない……」
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『そう。感じさせるの』
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その言葉は、どこか歪んでいた。
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『もう一回』
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何度も。
何度も。
言葉が繰り返される。
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スズメ「人は——」
『カット』
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スズメ「言葉は——」
『カット』
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スズメ「……私は——」
『カット』
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そのたびに。
削られる。
短く。
簡単に。
分かりやすく。
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『いい?余計なことは言わなくていいの』
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■■の声。
優しい。
だけど、逃げ場がない。
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『伝わる形にするだけ』
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編集画面。
波形が並ぶ。
不要な部分が、選択される。
カット。
カット。
カット。
音が、消えていく。
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スズメ(かすかに残る音) 「それは……わた——」
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カットされ、無音が続く。
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完成した動画が再生される。
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スズメ(クリアな声) 「人は、シンプルな言葉でしか救われません」
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短く強く分かりやすく。
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『いいじゃない』
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満足そうに頷く。
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スズメ「……」
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スズメは、何も言わない。
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『これは、伸びるわよ〜』
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投稿して、数分後。
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再生数:0 → 8,000 → 32,000
コメントが溢れる。
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「分かりやすすぎて泣いた」
「これは天才だ!」
「神回すぎ」
「これを待ってた」
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数字が跳ね上がる。
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『ほらね』
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満足そうに笑う。
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『正しい形で出せば、ちゃんと届く』
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スズメは、画面を見る。
伸び続ける数字。
流れ続ける言葉。
そして。
再生される、自分の声。
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スズメ「人は、シンプルな言葉でしか救われません」
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その音は、あまりにも綺麗だった。
ノイズが、ない。
揺れも、ない。
迷いも、ない。
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その日の夜。
老人の部屋で、通知が鳴る。
新しい動画がアップされた。
タイトル:『3秒で救われる言葉』
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「……なんだ…これ」
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再生する。
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スズメ(明るい声) 「今日は、簡単に幸せになる方法を教えます!」
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老人の指が、止まる。
画面の中のスズメは。
笑っていた。
だが。
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「……違う」
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小さく、呟く。
何が違うのかは、分からない。
だが、最初に聞いた声ではないことだけは、分かる。
動画は続く。
軽い言葉。
分かりやすい結論。
拍手のようなコメント。
だが。
頭には、心には、何も残らない。
動画が終わる。
老人は、しばらく動かなかった。
そして、そっと、アプリを閉じた。
部屋は、また静かになる。
だが、その静けさは、もう、前とは違っていた。
画面の向こうで。
“スズメ”の声は…
確かに、切り取られていた。




