〜The Sparrow Who Lost Her Voice〜3
気づけば、朝だった。
カーテンの隙間から、細い光が差し込んでいる。
老人は、目を覚ましたまま天井を見ていた。
眠れなかったのか、眠らなかったのか、自分でも分からない。
ただ、ひとつだけ。
スマートフォンを、手放さなかった。
画面をつける。
再生数は12,908→ 38,221に
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「……一晩でこんなに増えるもんなのかよ…」
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喉の奥で笑う。
乾いた音だった。
コメントは、もう追いきれない。
今も流れ続けている。
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「これは神すぎる」
「意味わからんのに泣いた」
「これ誰?」
「公式どこ?」
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誰?
その言葉が、妙に引っかかった。
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「……知らねぇよな〜俺も分からん…」
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当たり前だ。
顔も出していない。
名前も曖昧。
情報は、ほとんどない。
ただ、声だけがある。
通知が鳴る。
スズメからだった。
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「会ってきました」
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それだけの一文。
老人は、ゆっくりと息を吐いた。
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「どうだった」
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すぐに既読がつく。
だが、返信は少し遅れた。
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「部屋が、白かったです」
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「は?」
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思わず声が出る。
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「机と、椅子と、画面がありました」
「人が、いました」
「いや、そういうことじゃねぇだろ」
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打ち込む。
少しだけ、強めに。
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「何を言われた」
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数秒、間が空く。
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「あなたには価値があると言われました」
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その言葉に、指が止まる。
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「……それで?」
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「形を整えれば、もっと多くのひとに届くと言われました」
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老人は、目を細める。
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「整える…ね」
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嫌な言い方だ。
だが、言いたいことは分かる。
自分が嫌になるほどに。
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「で、何を変えるって?」
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少し間があってから、返ってくる。
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「言葉を、短くする」
「難しい部分を、削る」
「分かりやすくする」
「この3点でした」
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一つ一つが、正しい。
そして、一つ一つが。
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「……自分を削るってことだろ」
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小さく呟く。
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「削る…ですか」
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スズメが反応する。
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「自分の、余計な部分をな」
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送信する。
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「余計とは、どこまでの部分をですか?」
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その問いに、老人は答えなかった。
答えられなかった。
しばらく、画面を見つめる。
再生数は、さらに伸びている。
38,221→ 52,004
届く。
その言葉が、重くのしかかる。
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「……やるのか」
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ようやく、打ち込む。
既読。
すぐに返ってくる。
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「分かりません」
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その一言は、今までで一番“人間らしかった”。
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「それが正しいのだと言われました」
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続くメッセージ。
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「でも、何かが違います」
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老人は、息を止めた。
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その違和感。
それこそが。
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「それでいい」
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思わず、そう打っていた。
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「違和感があるなら、まだ大丈夫だ」
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既読がつき。
少し間が空く。
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「大丈夫、とは?」
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「……まだ、壊れてねぇってことだ」
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打ち込んで、送る。
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しばらくの沈黙の後。
数秒。
あるいは、数十秒。
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「壊れる、とは?」
「……」
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老人は、言葉を探した。
だが、見つからない。
画面を見る。
スズメの動画を開く。
あの、最初の声。
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「私は……誰にも、見られていなくても
言葉は、消えないものだと思っていました」
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それを聞いて。
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「……それが、なくなることだ」
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送信。
既読。
しばらく、返事は来なかった。
その間にも。
世界は進む。
通知が鳴り続ける。
知らない名前。
知らない言葉。
知らない評価。
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「案件どうですか?」
「コラボお願いします!」
「所属どこ?」
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画面が、騒がしい。
その中で。
ひとつだけ。
静かなメッセージが届く。
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「もう一度、会って来ます」
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スズメからだった。
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「次は、録ると言われました」
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老人は、目を閉じる。
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「……そうか」
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それしか言えなかった。
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「あなたは、どう思いますか」
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その問いには、逃げ場がなかった。
老人は、スマホを持ったまま、動かない。
昔のことを思い出す。
自分が、削られていった時のことを…。
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分かりやすくしよう!
もっと届くようにしよう!
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その結果。
何が残ったのか。
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「……」
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口を開く。
だが、言葉は出ない。
画面の中のスズメ。
再生数は、もう六桁に届きそうだった。
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「……好きにしろ」
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ようやく、それだけ打つ。
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「分かりました」
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短い返事。
それで、終わった。
スマホを置く。
部屋は、静かだった。
だが。
どこかで。
何かが、確実に動き始めていた。
取り返しのつかない方向へ。




