〜The Sparrow Who Lost Her Voice〜2
再生数は、増えていた。
23→ 47→ 112
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「……増えてるな〜」
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老人は、ぼそりと呟いた。
たったそれだけだ。
たった、それだけ。
だが、その“わずかな変化”を、彼は知っている。
それが簡単には起きないことを。
もう一度、動画を開く。
ノイズ混じりの声。
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「私にとって言葉は、誰かに届いた瞬間に
少しだけ形を変えるのだと思います」
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コメントが増えていた。
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「なんか好き」
「これって深いの?」
「寝る前にちょうどいいかも」
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どれも、曖昧だった。
理解しているのか、していないのか分からない。
だが、それでも。
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「……誰かには、引っかかってるんだな」
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老人は画面を閉じる。
少し考えて、また開く。
共有ボタンを押す。
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「……もう一回くらい、いいだろ」
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短く、それだけ添える。
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「見てみろ」
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数時間後。
再生数は、さらに伸びていた。
112→ 489→ 1,203
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「……おいおい」
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思わず、声が漏れる。
こんなことは、もう何年もなかった。
自分の投稿ではない。
自分の作品でもない。
それでも。
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「……なんでだよ」
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分かっている。
これは、分かる人には分かるタイプのものだ。
だが、それだってここまで伸びる理由にはならない。
世界にはもっと、分かりやすくて、刺激的で、速いものが溢れている。
それでも…。
通知が鳴る。
ピロンピロン鳴り続ける
スズメからだった。
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「何故か再生数が増えています」
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それだけのメッセージ。
老人は、少しだけ笑った。
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「見りゃ分かるだろ」
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送信する。
すぐに既読がつく。
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「これは、良いことですか?」
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指が止まる。
考える。
少しだけ、長く。
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「……普通はな」
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送る。
また、すぐに返ってくる。
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「普通とは、どこまでを指すんですか?」
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「めんどくせぇな……」
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小さく呟く。
だが、その“めんどくささ”は嫌いではなかった。
むしろ、少し懐かしさすら感じる。
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「多くの人が喜ぶなら、良いことって扱いになるんだ」
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送信。
数秒。
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「では、私は良い状態というですか」
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その問いに、すぐには答えられなかった。
画面を見つめる。
再生数は、今も増え続けている。
コメントも増えている。
誰かが評価している。
数字が、それを証明している。
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だが、動画を、もう一度再生する。
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「私は……誰にも、見られていなくても
言葉は、消えないものだと思っていました」
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最初に聞いた、その声。
その感覚。
それと、今の“数字”が。
どうしても、繋がらなかった。
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「……分からん」
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正直に、打ち込む。
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「まだな」
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送信するが、しばらく、返事は来なかった。
夜になる。
部屋は相変わらず暗い。
だが、画面の光だけは、やけに明るく感じた。
再生数は、さらに伸びていた。
1,203→ 5,442→ 12,908
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「……は?」
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思わず声が出る。
一日で、ここまで行くのは異常だ。
何かがおかしい。
アルゴリズムか。
誰かが拾ったか。
理由は分からない。
だが。
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「……見つかったな〜」
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ぽつりと呟く。
その言葉は、どこか重かった。
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通知が鳴る。
今度は、知らない名前。
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「事務所関係者です。少し、お話できますか?」
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老人は、そのメッセージをしばらく見つめた。
嫌な予感がした。
理由はない。
だが、長くこの世界にいたから分かる。
“こういうとき”は、大抵ろくなことにならない。
画面を閉じる。
無視する。
少なくても、自分には関係のないことだから…。
そう思って、スマホを置いた。
数分後。
また、通知が鳴る。
今度は、スズメからだった。
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「連絡が来ました」
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短い一文。
だが、その裏にある意味は明確だった。
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「どうすればいいですか?」
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老人は、深く息を吐いた。
天井を見る。
何もない。
ただ、古いシミだけが広がっている。
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「……知らねぇよ」
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小さく呟く。
だが、打ち込む言葉は違った。
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「取り敢えず会うだけ会え」
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送信。
すぐに既読がつく。
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「分かりました」
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それだけだった。
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そのやり取りが。
どれだけ大きな分岐になるのか。
この時の二人は、まだ知らない。
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画面の向こうで。
スズメは、少しずつ。
世界に近づいていた。




