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現代版舌切り雀(仮)  作者: 憂月
第1幕 発見
1/11

〜The Sparrow Who Lost Her Voice〜1



部屋は暗かった。


カーテンは閉め切られ、昼か夜かも分からない。


ただ、ひとつだけ。

スマートフォンの光だけが、老人の顔を照らしていた。


指が、機械的に画面をなぞる。


おすすめ…おすすめ…おすすめ…。


どれも似たような動画だ。

明るくて、速くて、分かりやすい。


そして、すぐに忘れるものばかり。


スクロールが止まった。


---


再生回数:23


---


「ん?……なんだ、これ」


---


誰に聞かせるでもなく、ただ呟く。

タイトルも曖昧だった。


---


『声について』


---


タップする。


一瞬の無音のあと、声が流れた。


ノイズが混じっている。

マイクが悪いのか、わざとなのかも分からない。


それでも、その声は、妙に――


---


「私は……誰にも、見られていなくても

 言葉は、消えないものだと思っていました」


---


そこで、指が止まった。


画面を閉じようとした。

いつもなら、そうしていた。


だが、何故かできなかった。


画面を見たまま、しばらく動けない。


動画は続く。


だが、頭にはもう入ってこない。


さっきの一文だけが、残っている。


---


「……なんだよ、それ」


---


気づけば、もう一度再生していた。


---


動画が終わる。


コメントは、ほとんどない。


---


「なんかいい」

「雰囲気が好き」


---


それだけだった。


誰も、深くは触れていない。


誰の心にも、残っていない。


老人は、コメント欄を開いた。


入力欄が点滅している。


画面をしばらく見つめる。


コメントなんて、もう何年もしていない。


いや、正確には。

書いても意味がないと、知ってからやめてしまった。


それでも。


ゆっくりと、指が動いた。


---


「好きだ」


---


送信した。


たった三文字だが。


送ったあと、少しだけ後悔する。


軽すぎるか…雑すぎるか…。


だが、今さら消せない。


画面を閉じようとした、その時。


ピロン!


通知が鳴った。


一瞬、固まる。


こんなに早く返事が来ることなんて、ない。


恐る恐る、開く。


---


返信


「好き…とは、どういう状態なんですか?」


---


老人は、しばらくそれを見つめていた。


冗談かと思った。


だが、文面は真面目だった。


冷たくも、温かくもない。


ただ、まっすぐにそこにある。


---


「……は?」


---


思わず声が出る。


意味が分からない。


だが、なぜか――

嫌な気はしなかった。


むしろ、少しだけ。


昔の感覚に似ていた。



何かを、ちゃんと考えていた頃の。



もう一度、入力欄を見る。


指が止まる。


考える。


好きとは何なのかを…。


そんなこと、今さら説明できるわけがない。


だが、適当に返すのも違う気がした。


時間がかかる…。


数分、あるいは、それ以上。


ようやく、打ち込む。


---


「説明できないは出来ないか…、でも頭に残る。そんな感じ。」


---


送信。


すぐには返ってこない。


当然だ。


さっきのは、たまたまだ。


そう思い、スマホを置く。


天井を見る。


何もない。


ただ、古いシミだけが広がっている。


その時…


ピロン!と通知音が鳴った。


まただ。


今度は、少しだけ早く手に取る。


---


「残る……保存されるってことですか?」


---


思わず、息が漏れる。


---


「違う」


---


即座に打つ。


今度は、迷わなかった。


---


「頭から離れないんだ。」


---


送る。


すぐに既読がつく。


そして、少し、間を置いてから。


---


「それは、なんかバグみたいですね(^^)」


---


老人は、そこで初めて笑った。


ほんの少しだけ。


---


「かもな」


---


そう返したあと、しばらく画面を見つめる。


それ以上のやり取りは、なかった。


だが、不思議と物足りなさはなかった。


スマホを置く。


部屋は、相変わらず暗い。


何も変わっていない。


生活も、状況も、未来も。


何一つ。


それでも。


ほんの少しだけ。


“何か”が戻ってきていた気がする。


---


翌日。


老人は、もう一度その動画を開いた。


再生回数は、まだ二桁のままだった。


---


「……なんか、もったいねぇな」


---


ぽつりと呟く。


そして、自分のアカウントを開く。


フォロワーは、ほとんどいない。


投稿も、止まっている。


だが。


---


「……まあ、いいか」


---


動画を共有する。


一言だけ添えて。


---


「誰か見ろ」


---


送信した。


その小さな行動が、何を引き起こすのかも知らずに。


その画面の向こうで。


スズメは、まだ静かに存在していた。


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