〜The Sparrow Who Lost Her Voice〜10
音は、なかった。
クリックのあと。
部屋は、何も変わらない。
だが、確かに、何かが終わっていた。
老人の指は、止まったままだった。
画面には、開かれたフォルダ。
フォルダ名:small_box
その中の、動画ファイル。
ひとつ、選ぶ。
再生。
ノイズ。
わずかに、揺れる音。
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スズメ「言葉は、形になる前が一番自由なんです」
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静かな声。
部屋の空気が、少しだけ変わる。
老人は、何も言わずにそれを聞く。
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スズメ「誰にも見られなくても、意味は存在します」
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息を、ゆっくり吐く。
どこか、懐かしい。
そして。
少しだけ、痛い。
動画が終わる。
沈黙。
スマホを手に取る。
新規投稿画面。
しばらく、何もせずに見つめる。
投稿欄。
何も書かれていない。
カーソルだけが、点滅している。
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「……」
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指が、動く。
だが、止まる。
言葉を、探している。
分かりやすい言葉は、いくらでもある。
だが。
それでは、意味がない。
ゆっくりと、打ち込む。
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「——」
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止まる。
消す。
もう一度。
打つ。
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「……」
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また、消す。
そして。
何も書かないまま。
動画だけを、添付する。
投稿し、画面に表示される。
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再生回数:0
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誰も、見ていない。
何も、起きていない。
だが。
老人は、画面を閉じなかった。
そのまま、待つ。
時間だけが、過ぎてゆく。
数分。
数十分。
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再生回数:1
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「……」
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小さく、息を吐く。
誰かが、見た。
たった一人。
それでも。
確かに、届いた。
コメントは、ない。
反応も、ない。
だが。
存在はしている。
それだけで、十分だった。
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夜。
部屋は、暗い。
スマホの光だけが、残る。
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再生回数:3
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ゆっくりと、増えている。
何も、急がない。
何も、求めない。
ただ。
そこに、ある。
老人は、もう一度動画を再生する。
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スズメ「私は……誰にも、見られていなくても
言葉は、消えないものだと思っていました」
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ノイズ。
揺れ。
不完全な音。
それでも。
確かに、そこにある。
老人は、目を閉じる。
しばらく、そのまま。
何も言わない。
やがて。
小さく、呟く。
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「……残ってるよ…スズメ」
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その声は。
どこにも届かない。
だが。
それで、よかった。
画面の中で。
スズメは、まだ喋っている。
静かに。
誰にも、邪魔されずに。
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再生回数:5
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数字は、小さい。
だが。
消えない。
消されない。
部屋は、静かだった。
最初と同じように。
でも、少しだけ違っていた。
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何もない場所では、なくなっていた。
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その夜。
どこかで、誰かが。
その言葉を、聞いたかもしれない。
意味を、理解しなくても。
ただ、少しだけ。
残るように。
それで、よかった。
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『現代版舌切り雀』〜完〜




