〜The Sparrow Who Lost Her Voice〜 ifルート
これは……本編では描かれないもう一つのお話
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もし、あの時——
クリックしたのが。
small_box ではなく。
big_box だったなら。
ーーー
音は、すぐに鳴った。
動画ではない。
通知音が連続して鳴る。
音が止まらない。
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「……なんだ、これ」
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老人は、画面を見る。
開かれたデータ。
そこにあるのは。
求めていた答えだった。
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「視聴維持率を上げる構造」
「感情誘導の最適化」
「離脱を防ぐ言葉の配置」
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すべてが、整理されていて、無駄がない。
迷いがない。
この上なく完成された形だ。
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「……これがあれば…。」
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小さく、呟く。
動画を作る。
短い言葉。
強い断定。
テンポ。
すべてを、その通りに。
投稿してから数分後。
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0 → 12,000 → 86,000 → 310,000
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「……ははw」
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笑う。
笑ってしまう。
簡単すぎた。
次。
また次。
またまた次!
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310,000 → 1,200,000 → 3,800,000
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止まらない。
コメントが溢れる。
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「神ってるw」
「この人すごい!」
「これに救われたわ!」
「これが一番刺さる気がする!」
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名前が、つく。
【スズメ】
誰かが、そう呼ぶ。
それが、定着する。
老人は、否定しなかった。
否定する理由が、なかった。
だって…求められているんだから。
ーーー
スタジオ。
あの白い部屋と、よく似ている。
だが、違うところがある。
人が多い。
機材が多い。
声が多い。
ノイズが多い。
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「次の企画なんですけど!」
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「スポンサーが——」
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「コラボの件で——」
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騒がしい。
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「はいはい、分かった分かった」
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老人は、軽く手を振る。
慣れていた。
全部、慣れた。
カメラの前に立つ。
マイク。
照明。
完璧な環境。
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「3、2、1——」
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スズメ(クリアな声) 「人は、簡単な言葉で救われます」
ーーー
拍手。
スタッフの笑顔。
数字の報告。
すべてが、順調だった。
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夜。
部屋は、広くなっていた。
以前の面影は、ない。
スマホを開く。
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フォロワー:12,804,221
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「……すげぇな〜」
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呟く。
だが、その声は軽い。
何も、乗っていない。
ふと。
古いデータを開く。
残っていた。
【フォルダ名:small_box】
一瞬、手が止まる。
だが。
閉じる。
必要ない。
もう、関係ない。
新しい動画を再生する。
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スズメ「自分を捨てることで、人は自由になれます」
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完璧な声。
完璧な言葉。
完璧な“正しさ”。
コメントが流れる。
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「なんか分かる」
「これが真理か…」
「この人がいればいいや!」
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この人。
それが、誰なのか。
もう、誰も気にしていない。
画面を見つめる。
再生される声。
その声は…。
あまりにも、綺麗だった。
ノイズがない。
揺れがない。
迷いもない。
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「……」
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何も、感じない。
音量を上げる。
さらに、上げる。
最大にする。
ーーー
スズメ「人は誰だって、変わることが出来ます!」
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スズメ「幸せは、選べるんです!」
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スズメ「あなたは、いつだって正しい」
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そう…すべてが、正しい。
だからこそ。
何も、残らない。
ふと、思い出す。
ノイズ混じりのあの声。
不安定な懐かしい声。
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「私は……誰にも、見られていなくても
言葉は、消えないものだと思っていました」
ーーー
一瞬だけ。
音が、遠くなる。
だが、すぐにかき消される。
通知が来る。
また、新しい依頼。
また、新しい企画。
また、新しい言葉。
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「……次、何だっけ?」
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誰にともなく、呟く。
誰かが答える。
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「次はもっと、刺さるやつです!」
ーーー
「……ああ、そうだったね」
ーーー
コクリと頷く。
カメラの前に立つ。
光。
音。
人。
すべてが、揃っている。
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「いきます!」
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スズメ(完璧な声) 「あなたは、もう十分頑張っています!これ以上は無理しないでください!」
ーーー
拍手。
歓声。
数字。
すべてが、満たされている。
その中で。
たった一つだけ。
何もない場所があった。
それは………。
ーーー
画面の中で。
スズメは、よく喋る。
止まらない。
求められる限り。
いくらでも。
だが。
その言葉はもう。
どこにも残らなかった。
〜if 終〜




