19話 時にはヒステリックも大事ですわ
禍々しい。
そう表現するのがぴったりの魔道具だった。
漆黒の丸い水晶なのだが、中には血脈のようなものが何本も走り、怪しく赤光を放つ。
特徴をグレイに伝えると、すぐに返答がくる。
『他国では禁忌に分類されている物かもしれないね。一応、どんな物が尋ねてみて』
私は魔道具には触れず、セリアに質問する。
「こちらは、どんな魔道具なのでしょう?」
「万能の黒石といって、魔法の才がない者でも、魔法が使えるようになります。それも多くの属性を一度に扱えますのよ」
「まぁ、多くの属性を……」
私は驚く。
嘘がないから。
魔道具作りの天才であるグレイも、似たような物を作っていた。
けれど、あちらは炎を出すなど、あくまで限定的。
それに対して、こちらは風魔法や水魔法も使えるというのだ。
驚きのシーンは口元を隠せるので、怪しまれずにグレイと連絡が取れる。
「あなたの意見は?」
『あり得ない、かな』
「でも嘘は言ってないわ」
『それなら代償があるはず。きっと酷いものだよ』
私は小さく頷き、セリアを真っ直ぐに見据える。
そして彼女のチャートを分析する。
セリア・バートリ
【総合値】-464
【憎悪】100(-)
【欺瞞】 98(-)
【独善】 95(-)
【害意】 93(-)
【焦燥】 78(-)
彼女の原動力は、まずジークを奪われた恨み。そして自分がジークを助け出すという独りよがりな思考だろう。
ただ、害意が高いのには注意かな。
命までは取らないが、私に明確な不利益やダメージを与えたいと考えている。
さすがに、殺意まではない。
公爵令嬢を自宅で殺してしまったら、彼女どころか侯爵家ごと没落するものね。
私は深呼吸をして、セリアに言う。
「すごい魔道具をお持ちですのね。でも理を曲げるのですから、代償はあるのでしょう?」
「もちろん、多少はあります。でも使い過ぎなければ軽い頭痛、倦怠感など自然に回復する程度のものです」
【Gap95%】
いまの話しぶりは自然だった。
嘘が結構上手なのね。
Gapがどこに反応しているかは判然。
症状の程度に嘘がある。
使い過ぎなくても、深刻なダメージが入るのでしょう。
ただ、なにか引っかかる……。
Gapの数字、大きすぎない?
程度を誤魔化したとはいえ、一応は代償があると正直に伝えている。
それなのに、ほぼ100に近い。
これは、他にも代償があるってこと?
「代償はそれだけですの? 別の種類のものがあったりなど」
「ふふ、そう焦らずに。どうぞ、お座りになって。紅茶もケーキも最高ですから」
はぐらかされた。
これだと嘘を検知できないのよね。
諦めてひとまず席に座る。
それからテーブルの紅茶とケーキに目をやる。
ここで、安易にこれを食べるわけにはいかない。
上手い言い回しで、なにが入っているか探ろう……と思ったら、レオンが久しぶりに口を開く。
「一つ、提案があります」
「あらレオン様、なんでも仰ってください」
「紅茶とケーキを、こちらとそちらで交換しませんか?」
予想外の提案にセリアは固まり、他の三人の令嬢は目を泳がす。
正直、私も心臓が跳ね上がった。
レオンも同じ事を考えていたのかしら?
「それは、どのような理由でしょうか」
「フォルナー家は、代々王家に仕える騎士一家です。相手との親睦を深める際、敢えてお互いの食事を交換して口に入れます。そうすることで信頼の絆が生まれます」
すごいレオン……。
セリアより嘘が上手いんじゃないかしら。 以前に比べると、色んな意味でだいぶ成長している。
さて、肝心のセリアはどう出るか。
取り巻き令嬢の様子をみるに、断ってきそうではある。
ただその場合、やましいものを混ぜているという疑惑は拭えない。
それを根拠に、私とレオンは紅茶を拒否しよう。
「……レオン様、今回はソラリス様とわたくしのお茶会です。さらにここはバートリ家。そこにフォルナー家の儀式を持ち込むのであれば、こちらのやり方も一つ受け入れてください」
「もちろんです」
その返事を待っていたのか、セリアは笑みを作ると、メイドたちを呼び寄せた。
「お客様の紅茶とケーキを、こちらの物と交換してちょうだい」
すぐにメイドたちが動く。
私たちの目の前で行われているし、妙な動きもしていない。
本当に全部交換してきた。
さらにセリアは先陣切って紅茶を一飲みすると、次はケーキを食べて見せる。
他の三人の令嬢もまた、美味しそうに紅茶とケーキを口に運んだ。
なにも入っていなかったの!?
「ご覧のように、毒など盛っておりませんのよ。どうぞ、お二方もお召し上がりになってくださいな」
私はレオンと目配せしてから、それらに手をつける。
毒が盛られてないのは確実なので、そこに不安はない。
しかも、本当に美味しいじゃない……。
紅茶もケーキも逸品で、セリアの物じゃなければリピートしたいくらい。
セリアはニコニコとご機嫌そうな表情でこちらの咀嚼が終わるのを待つ。
次は自分のターンだものね……。
こっちが後手に回ったのは否めない。
「実はバートリ家ではお茶会の間、お互いの大切な物を交換して、相手の側に置いておく流儀がありますのよ」
「大切な物か……」
「ええ、大抵は装飾品や武器です。さすがにソラリス様に、そのような失礼はできませんから今回は適用しませんでした。ただ、レオン様からの申し出なので、預からせていただきますわね」
これは非常に良くない。
いくらレオンでも武器を奪われたら戦力は大きく下がる。
万が一、暴力的に出られたら為す術がなくなる。
エルバスが剣鞘を取り上げようとするが、レオンがそれを拒否する。
「待ってください。装飾品でもいいと言っていましたね」
「どうしても、というのなら、わたくしは構いませんことよ」
情けをかけてやるみたいな口ぶりでセリアは話した。
レオンは薬指につけていた指輪を外す。
「こちらの指輪は、腕力を高める魔道具です」
「許可してあげましょう。エルバス、指輪を持ってきて」
エルバスは指輪を受け取ると、セリアに持っていく。
嘘じゃなく、本当に魔道具だ。
レオンの力を底上げするものだった。
「では代わりに、こちらの万能の黒石をお渡しして」
エルバスがキャスター付きの台をレオンのすぐ横まで移動させる。
それから彼は、一歩下がった。
大きめの歩幅で。
「どうぞ、お受け取りください」
「あ、ああ、それでは……」
気になることは三つ。
まず黒石の代償について。
さっきのセリアの言動から、隠されたなにかがある。
二つ目は、エルバスだ。
彼は手袋をしているし、レオンに手渡ししてもいいのでは?
レオンに触らせるのであれば、接触禁止というわけでもないはず。
それなのに自分は触れようとしないばかりか、なぜか一歩下がった。
石からなるべく距離を取りたい心理の表れだろう。
三つ。
確認できたセリアの表情は極めて普通。
目つきも口元もおかしなところはない。
でも内面は違う。
【嘲弄】100(-)
【高揚】100(-)
チャートが入れ替わり、いまはこの二つがトップに躍り出た。
私やレオンを間抜けと見下し、同時に勝利したと確信もしているのでしょうね。
つまり、石に触ることで罠が完了するということ。
「お待ちください!」
私は咄嗟に動き出し、レオンの伸びた手を掴んだ。
「ソ、ソラリス!?」
「さすがのレオン様でも、それは失礼に当たりますわ! そしてそれは、セリア様もです!」
喉が破壊されるかと思うくらいの大声をまき散らす。
それこそソラリスお得意のヒステリック的なアレだ。
私以外、全員動揺している。
畳みかけるように、私は早口かつ甲高い声で告げる。
「この魔道具は私に贈呈するものではなくて!? それを私以外の誰かに預けるとはどういう了見ですの! 私を馬鹿にしているから、こういうことをするのですね!」
「……落ち着いてくださいませ、ソラリス様。わたくしは、そのようなつもりは」
「ではどのようなつもりですの? そもそも私を差し置いて、フォルナー家とバートリ家で絆を結ぶ? ノルディ家はお茶会に参加していないみたいですわねッ!」
メンヘラよろしく叫びまくる。
本来、私のキャラじゃないので上手くできているかはわからない。
でもセリアの焦りっぷりを見れば、有効打であるのは間違いないかな。
怒る道理も一応は筋が通っている。
招かれたメインの客なのに、それを差し置いて別の二人で儀式だなんだと始めれば、主催であるセリアの配慮足らずだ。
レオンは本当に良い働きをしてくれた。
「わかった。俺は絶対に触らないから、まずは落ち着いてくれ」
「そうですわ! それなら、ソラリス様に黒石をお預けになるのは如何でしょうッ」
なるほど、触るのは私でもレオンでも良かったと。
でも彼がこんなことを言い出すことは想定外だったはず。
そう考えると、元々違う方法で私に触らせるつもりだったのだ。
魔力を試し撃ちしてみましょう。
そんな感じに誘導する予定だったのかもしれない。
「結構ですわ! そんなお情けみたいなこと、私はしたくありませんもの!」
これでいい。
もう私とレオンが黒石に触ることはない。 確実に、セリアの罠を一つ潰した。
口元が少し緩みそうになった――時のことだ。
「──ギュガアアアアッ!」
外から猛獣のような雄叫びが響いた。




