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婚約者を奪った聖女と、修道院行きの馬車で相席になりました ~同じ王子に二人とも捨てられたので、悪評と名声を半分こして途中下車します~  作者: kanane


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第1話 修道院行きの馬車には、婚約者を奪った聖女が乗っていた

 修道院へ向かう馬車に乗って、三十分。


 クラリッサ・ヴァレンティアは、向かいの少女を見ていた。


 白い修道服。

 金色の髪。

 胸元には聖女の証。


 昨日、王宮の大広間で自分の婚約者の隣に立っていた少女だった。


「……ロッティ様?」


「はい」


「あなたも、修道院へ?」


「はい」


 少しの沈黙。


 馬車が大きく揺れた。


 ガタン、と車輪が跳ねる。


 ロッティは慌てて座席を押さえ、それからクラリッサを見た。


「クラリッサ様も……ですよね?」


「ええ」


「よかったです」


「何がですか?」


「一人じゃなくて」


 クラリッサは目を瞬いた。


 普通なら、自分の婚約者を奪った相手と二人きりになれば、もっと気まずいものではないだろうか。


 まして、自分は今、その女をいじめた悪女として修道院へ送られている。


 ――身に覚えはないが。


「ロッティ様」


「はい?」


「一つ、確認してもよろしいですか」


「どうぞ」


「私があなたをいじめたという話は、本当ですか?」


「いいえ」


「では、あなたが私から殿下を奪ったという話は?」


「それも違います」


「……そうですか」


 クラリッサは腕を組んだ。


「では、殿下は昨日、一人で何人と婚約を破棄なさったのでしょう」


「二人です」


「二人?」


「私もです」


「…………」


 ロッティが小さく手を挙げる。


「つまり私たち、同じ日に、同じ殿下に捨てられました」


「そのようですね」


「変ですよね」


「ええ」


 クラリッサは即答した。


「かなり」


 昨日のことを思い出す。


 第二王子アルベルトは、大勢の貴族が見守る前で言った。


『クラリッサ。君は聖女ロッティを妬み、陰湿な嫌がらせを繰り返していたそうだな』


 靴を隠した。

 食事に毒を盛った。

 聖女の評判を落とそうとした。


 もちろん、全部嘘だ。


 反論はした。


 証拠もないこと。

 証言に不自然な点があること。

 そもそも王宮の警備記録と時刻が合わないこと。


 けれど、アルベルトは聞かなかった。


 最後に言ったのは、こんな言葉だった。


『君は何でも計画しすぎる。私はもっと自由に生きたい』


 だから私は、婚約指輪を外し、最後に


『承知しました』


 それだけ言った。


 泣かなかった。


 怒鳴りもしなかった。


 ただ、一つだけ頼まれたことがあった。


『明日の公務はどうすれば……』


 侍従が青い顔で尋ねてきたのだ。


 クラリッサは答えた。


『もう私には関係ありません』


 当然だ。


 三年間、アルベルトの予定を組んでいたのはクラリッサだった。


 会議の日程。

 諸侯との面会。

 隣国への訪問。

 晩餐会。

 予算案の確認。

 側近たちとの調整。


 王子本人が知らない予定まで、クラリッサは把握していた。


 婚約者なのだから。


 王子妃になるのだから。


 それが当然だと思っていた。


 ――昨日までは。


「クラリッサ様」


 ロッティの声で現実に戻る。


「なんでしょう」


「お腹、空きませんか?」


「空きました」


「よかった」


「なぜですか?」


「私、昨日のお昼から何も食べてないんです」


「……どうして?」


「婚約破棄のあと、そのまま馬車に詰め込まれました」


「それは大変でしたね」


「クラリッサ様も?」


「私もです」


 二人は顔を見合わせた。


「では」


 クラリッサは膝に置いた鞄から手帳を取り出した。


「昼食にしましょう」


「修道院へ向かう途中ですよ?」


「構いません」


 手帳を開く。


 街道沿いの町が三つ。


 宿泊予定――二つ目の町。


 名物料理――。


「ありました」


「何がです?」


「一つ目の町に、蜂蜜焼き菓子の店があります」


「行きましょう」


 即答だった。


「まだ食べると決めてません」


「私は決めました」


「聖女って、もっと慎ましいものでは?」


「昨日でやめました」


「……何を?」


「慎ましいの」


 ロッティがにっこり笑う。


「どうせ悪女なんでしょう? だったら、一緒に美味しいものを食べましょう」


 クラリッサは、思わず吹き出した。


「ふふっ」


 久しぶりに笑った気がした。


 そのときだった。


「止まります」


 御者台から、低い声が飛んできた。


 馬車がゆっくりと減速する。


 窓から外を見ると、小さな町の入口が見えた。


 ちょうど店の前に、大きな看板が出ている。


『焼きたて蜂蜜菓子 本日半額』


「…………」


「…………」


 二人の視線が重なる。


「降りましょう」


「はい」


 ロッティが立ち上がる。


 扉に手をかけた、その瞬間。


「お二人とも」


 御者役の騎士、コンラートが言った。


「勝手に降りるつもりですか」


 クラリッサは振り返る。


「はい」


「そうですか」


「止めるのでは?」


「止めても降りるでしょう」


「ええ」


 コンラートはため息をついた。


「では、私も行きます」


「……なぜ?」


「殿下から、お二人を修道院まで無事に送るよう命じられています」


「それなら――」


「ですが、途中で食事をするなとは命じられていません」


 ロッティが小さく笑った。


「この人、案外いい人ですよ」


「聞こえています」


 三人で馬車を降りる。


 クラリッサは手帳を開いた。


『修道院到着』


 その文字を、ゆっくり二重線で消した。


 代わりに書く。


『昼食――蜂蜜焼き菓子』


 ロッティが覗き込む。


「次は?」


「宿です」


「修道院は?」


「後回しです」


「最高です」


 その頃、王宮では。


「殿下。本日のご予定ですが」


 侍従が予定表を抱えて立っていた。


「クラリッサに確認しろ」


「……それが、できません」


「なぜだ?」


「クラリッサ様は、既に王宮におられませんから」


 アルベルトが眉をひそめる。


「なら、予定表を出せ」


「ございます」


「なら問題ないではないか」


「……白紙です」


「…………何?」


 侍従は震える手で紙を差し出した。


 予定がない。


 会議もない。

 面会もない。

 訪問予定もない。


 理由は単純だった。


 三年間。


 アルベルトの予定表を作っていたのは、アルベルト自身ではない。


 クラリッサだった。


 そして今、そのクラリッサは――。


「蜂蜜菓子、美味しいですね!」


「ええ」


「次はどこに行きます?」


「南へ向かいましょう。川魚が名物の町があります」


「行きましょう!」


 聖女と悪女は、修道院とは反対方向へ歩き始めていた。


 その三歩後ろを。


 騎士コンラートだけが、無言でついていく。


「……殿下は、何も分かっていない」


 小さな呟きは、二人には届かなかった。

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