威圧
二人が歩き続けてしばらくした頃だった。
森の奥から、ズズ……ッ
と、地面を這うような低い音が響いた。
「……なぁ、今の音……」
『———来たな。』
アチャラの声が、さっきまでの軽さを失っていた。
木々の間から、黒い靄のような魔が、ぬるりと姿を現す。
(———うわ、また出たよ……!さっきのよりは小さいけど……小さいけど、普通に怖いんですけど!?)
「アチャラ、逃げ——」
『———動くな。』
アチャラの声が低く響いた。
その瞬間、魔がビクリと震え、動きを止めた。
アチャラはゆっくりと魔と相対し、片目だけを細める。
その眼は、さっきまでの優しい光とは違う、
底の見えない深い闇を宿していた。
『……戻れ。』
ただ一言。
それだけで、魔はまるで叱られた犬のように震え、ズズズ……と後退し、
綻びの裂け目へ吸い込まれるように消えていった。
「…………え?」
(———え?何今の?祓ったんじゃなくて……
“追い返した”?‥‥てか、魔ってあんな素直に帰るの……?
今度、オレもやってみるかな‥‥。)
アチャラは何事もなかったかのように振り返った。
『よし、行こう。』
「いやいやいやいや!今の何!?なんで魔がビビって帰ってったんだよ!?」
アチャラは肩をすくめた。
『あぁ、あれ?ただの“威圧”だよ。魔ってさ、強い波動に弱いんだよね。』
「……威圧で帰るのかよ……?」
『帰るよ。“格”の差があるとね。』
(‥‥格??‥‥つまり、アチャラはあの魔よりもかなり格上だと言う事‥‥?)
アチャラは軽く笑ったが、その笑顔の奥に、さっきの“闇”がまだ残っている気がした。
(……いや、絶対ただの威圧じゃないだろ……あれは……なんかもっと……
根本的に“支配”してる感じだったぞ……?)
アチャラは歩き出しながら、ぽつりと呟いた。
『……あいつら、最近は勝手に出てきすぎなんだよ。本来なら、呼ばない限り動かないはずなのに……』
————ヒュウウゥゥ————
風が吹き抜け、アチャラの声の一部をさらっていく。
「え?今なんて?」
『‥‥ん?いや、独り言〜。気にすんな。』
(———何か、今さりげに凄い事言ってたような気がするが、風のせいで聞き取れなかった。)
アチャラは明斗の方を振り返り、いつもの軽い笑顔を見せた。
『ほら、行くぞ。町はもうすぐだ。』
明斗はその背中を見つめながら、胸の奥に不安と興味が入り混じった感情を抱いていた。
(……アチャラ……お前、何者なんだよ……)
大きな門と壁がぐるりと周囲を囲い、門には、衛兵?のような槍を持った人が2人。
ここまで来る大通りには、ガス灯のような明かりが等間隔てついていて、人はまばらだが歩いている。そして、時より馬車が往来している。
(・・・・・文明で言うと、現代ではないな。ガス灯・・・。馬車・・・。明治・大正辺りか・・・。)
『よ~し。着いたな。』
アチャラは、そう言ってふうっと息を吐いた。オレを守りながら来るのは相当な負担だったに違いない。
「ありがとう。本当に助かった。」
『なに、問題ないよ。オレは、ここまでにしておこうかな。』
「アチャラは街には行かないのか?」
『・・・まぁ、ちょっとな。あそこに立ってる衛兵に、祈祷師の場所を聞くといい。それと、お前文無しだろ?これで、祈祷師と宿代にするといい。』
そう言って、アチャラは袋に入った通貨を渡してくれた。
「・・・・いやいや。さすがに、ここまでは貰えないよ。案内までしてくれたのに。それに、アチャラの旅の資金も無いだろ!?」
オレは、袋をアチャラに突き返す。
『何言ってんだ!お前、記憶も無い上にお金も無ければどうしようも無いだろ??オレが助けてやったんだから、野垂れ死にだけは勘弁してくれよな。後味悪くなるし。まぁ、今度どこかで会った時に返してくれれば良いからさ。だから、ちゃんと働けよ~!』
アチャラは、ニコッと笑って袋をオレの手に渡し、そっと手を重ねた。
「・・・アチャラ・・・。ありがとう・・・。必ず返すから。受け取らせてもらう。」
『・・・おうよ!あ。利息忘れんなよ!倍返しで頼むわ。』
(・・・・・コイツ・・・・せっかく、感動的な展開だったのに・・・・)
————その時だった。
刺さるような視線なのか、冷気なのかがオレ達に向けられたのが分かった。
——————ゾクッッッッ!!!!!—————
一瞬で汗が噴き出す。
「・・・何だ!?」
アチャラを見ると、アチャラも額に玉のような汗をかいている。
『・・・おっと。そろそろ、お暇しなきゃいけないな。明斗、またいつかな。倍返し忘れるなよ!』
そう言って、アチャラはピョンと跳ねた。
「・・・・・・って、跳ねたと思ったら大ジャンプじゃん!!!」
そう。アチャラは、軽く跳ねたと思ったら、アチャラの姿が豆粒位に大きさになるまでの距離まで飛んでいた。
「・・・・アイツの身体能力どうなってんのよ・・・化け物なの!?」
ポカンとしてると、後頭部に強い衝撃があり、視界がブラックアウトした。
(・・・・・・・え!?・・・・手刀・・・!?)
人生で初めてくらった手刀だった。・・・手刀で落ちるって本当なのね・・・。




