界層
『とりあえず、この森は早く抜けた方が良いかも。まだ近くに魔がいる気配がする。』
そう言いながら、アチャラはオレの方を振り返る。
「マジか!?あんなのがまだいるのかよ?・・・って、ここどこなんだ?」
記憶喪失のフリをして、さっきお大師様が教えてくれなかった肝心な所をさりげなく聞いてみる。
アチャラは、後ろ向きに歩きながら目を大きく開いた。
『・・・え!?そこから覚えてないとか、相当ヤバいんじゃね!?!?さっきの力と言い、明斗って一体何者なんだ???』
(———ヤバ。完全に怪しまれてる・・・と、とりあえず会社勤めで学んだ話をスルッと違う方向に変える話術を試してみよう。)
「・・・・いや。それはオレが一番知りたい・・・。ってか、アチャラも波動を感じたとか言ってたけど、普通の人は感じるものなの?」
アチャラは、一瞬考えて頬をポリポリ搔きながら
『・・・う~ん。まぁ、人それぞれじゃね!?』
(———コイツ、絶対何か隠してるな。明らかに動揺してるじゃん。よし、ここは突っ込んでみよう。)
「・・・じゃあ、感じる人もいれば、感じない人もいると。んで、アチャラは感じる人って事なのか。」
(———あ。コイツ急に右上の空とか眺めてやがる。)
『そ・・・そうかもな~。』
(・・・しかし、何で隠したがるんだ?力の事はタブーなのか?)
「へぇ~。んで、何で急に虚空を眺めてるんだ?」
『い・・・いや。べ・・・別に。そ、空がきれいだな~なんて思って。』
(———コイツ、嘘下手かっ!!)
アチャラは、虚空を眺めて誤魔化したあと、少しだけ真面目な顔に戻った。
『……まぁ、隠しても仕方ないか。さっきの話の続きだけどさ。この世界には“祈祷師”って呼ばれる人たちがいるんだ。』
「祈祷師……?」
『あぁ。祈りを仏に届けるのが役目。“願いを届ける専門家”って感じ。』
(……現実の坊さんに近い役割なんだな……)
アチャラは指を組んで、軽く空に向けて掲げた。
『祈祷師は“結び目”の状態を祈りで整えることはできるけど、直接修復したり、さっきみたいな魔と戦ったりはできない。それは“別の役目”の人たちがやるんだ。』
「別の役目……?」
アチャラは指を一本立てた。
『“守護者しゅごしゃ”。祈祷師とは全然違う。』
「守護者……?」
『うん。守護者は“加護”を持って生まれた特別な人たち。胎蔵界たいぞうかいとか金剛界こんごうかいとか……そういう“界”の力を宿してる。』
アチャラは森の奥を指差しながら言った。
『この世界はね、“胎蔵界”と“金剛界”の二つの層でできてるんだ。』
(———は!?‥‥金剛界?胎蔵界??‥‥‥‥なんでいきなりその単語が出てくるんだよ……???でも知らないフリしないと……!)
「……たいぞう……?こんごう……?なんだそれ……?」
アチャラは一瞬だけオレの顔を見たが、すぐに納得したように頷いた。
『あぁ……そっか。記憶ないんだもんな。覚えてなくて当然か。』
(———よし、誤魔化せた……!危ねぇ……我ながらナイスなリアクションっ!!)
アチャラは歩きながら続けた。
『この世界は“胎蔵界”と“金剛界”が重なってできてる。比喩じゃなくて、本当に。』
「…………は???」
(———いやいやいやいや。ここが“界そのもの”ってどういうことだよ……そんなの聞いたことない……いや、聞いたことあるけど言えない……)
アチャラは淡々と続けた。
『君が今立ってる場所は、胎蔵界と金剛界の“間”。界と界が重なり合う領域だよ。』
「…………マジで?」
アチャラは頷いた。
『うん。だから魔が湧くし、結び目が壊れると“ほつれ”が出る。ここはそういう場所なんだ。』
(———オレ、曼荼羅の中にいるのか……???いや、そんな馬鹿な……でも……目の前の光景がそう言ってるし……)
『この世界では、胎蔵界と金剛界は“加護の源”なんだ。守護者は、そのどちらかの加護を持って生まれる。呪力を扱えて、魔を祓えて、ほつれた“理ことわり”を繋ぎ直すことができる者もいるらしい。』
(……胎蔵界・金剛界が“加護”……オレが知ってるのとは、意味が違う……加行けぎょうでは、そんな事教えてもらってないし、さっきのお大師様もそんなこと言ってなかった……)
アチャラは続けた。
『守護者はね、世界の裏側で戦ってる。人数は少ないし、誰でもなれるわけじゃない。さっきも言ったけど、加護を持つ者だけが守護者になれるんだ。』
「加護……」
(……オレ、こっちの人間じゃないし、そもそも加護なんて持ってないはず……でも“発遣”で魔が吹っ飛んだし……あれって……?)
アチャラは明斗の表情を見て、少しだけ笑った。
『まぁ、君は祈祷師じゃないと思うよ。呪力の波動が強すぎるし。でも守護者かどうかは……祈祷師に見てもらわないと分かんないや。』
(……いや、これ絶対バレるだろ……オレ、修復師だの祈祷師だのじゃなくて、ただの会社の社畜師だし……)
アチャラは歩きながら、ふと空を見上げた。
『……本当はね。守護者がもっといれば、こんなに“ほつれ”は広がらなかったんだろうけど……』
「なんで少ないんだ?」
アチャラは一瞬だけ沈黙し、そして言葉を選ぶように答えた。
『……あるお方が、“世界を救うために”結び目を解いたからだよ。そのせいで、加護を持つ者が減った。守護者も……ほとんどいなくなった。』
(……救うために壊す……意味がわからん……)
アチャラはオレの肩を軽く叩いた。
『だからこそ、君みたいに呪力が強い人は貴重なんだよ。守護者かどうかは分からないけど……少なくとも、普通の人じゃないのは確かだし。』
(……いやいや、こちとら普通の会社員なんだけど……でも否定できないのが悔しい……)
アチャラは笑いながら歩き出した。
『街に着いたら、祈祷師に“整えて”もらおう。修復じゃないけど、呪力の流れは安定するだろうから。』
「‥‥そうだな。色々ありがとう。助かるよ。」
オレはそう言ってアチャラの肩をポンッと叩いた。
『まぁ、気にするな。成り行きだから。それに‥‥』
そう言いかけて、アチャラは黙る。
「ん?それに??」
『———いや。何でも無いや。ただ、オレの仕事だし~ってね。』
「‥‥??‥‥仕事‥‥???」
『まぁ、気にすんなって。どうせ、町に着くまでだし。』
(———そっか。アチャラは善意で一緒に町まで付いて来てくれてるだけだもんな。)
「‥‥そっか、分かった。付き合わせてしまって、すまん。」
『ノープロブレムッ!!』
アチャラは親指を立てて笑った。
(……いや。ここの世界観、どうなってんのよ!‥‥ノープロブレムって……英語通じるのかよっ……!!)




